第28話 あ。間違えました、人違いです。
開会式も無事に終わり、人々の大移動が始まる。
人の波に押し流れるようにして、俺とおっちゃんは巨大闘技場の場内から外へと出てきた。
出てきてすぐの入場口、受付場所にて──。
またチラチラと、おっちゃんがずっと背後を気にしている。
どうかしたのか?
『いや、なんでもない』
尋ねたが返事は変わらず。
すると急に何を考えてか、いきなりおっちゃんが俺に言づけしてくる。
『ちと所用を思い出した。お前、ちょっとここで待っていろ』
え? 俺一人でか? ずっとここに?
『すぐに戻る』
そう言い残し。
何かに焦るように、おっちゃんは俺をその場に置き去りにしてどこかへ行ってしまった。
別に一人で待てないわけじゃないのだが、いつまでここで待っていればいいんだろうか?
俺の脳裏にあの時のことがよみがえる。
黒虎を借りて、竜人の家に置き去りにされたこと。
もしかして……また?
いや、でも今回は払うものは払っているし、そこまで……いや、でも、うーん。
しばらく考えてはみたが、これといって騙されるような要素は見つからない。
仕方なしに。
俺は人混みの邪魔にならない程度の少し離れたところで、おっちゃんが戻ってくるのをしばし待ち続けた。
──そして。
おっちゃんに待たされてから、もう三十分近くは過ぎたと思う。
……。
正直、今すごく不安である。
あ。言っておくが、俺はけして迷子になったわけではない。
おっちゃんが俺を捜しきれていないだけなのだ。
この歳にもなって迷子とか恥ずかしすぎる。
俺は何も悪くない。
場所もたぶん、ここで合っていると思う。
どこも似たような場所で記憶も曖昧だけれども。
ただちょっとだけ。
ほんのちょっとだけの間、俺はさきほどおっちゃんに似た人を見かけて、その行動があまりにも不審だった為にこっそりと、後をつけてその場を離れた時があった。
時間にして、だいたい五分くらいだったと思う。
俺はけして悪くない。
人違いをしたわけでもない。
これはあれだ。
その人を見た瞬間に何か潜在的直感を覚えたってやつだ。
人間の、何かこう、生理的というか本能的に何というか……あれだ。
──そう。もし俺が探偵だったとしたならば、事件現場で怪しい犯人を見かけたらきっと後を追ってみたくなる。
きっとそんな感じだったんだろう。
※ 十五分前 ※
俺は “おっちゃんに似たそいつ”を何気に追っていた。
バレないように。
尾行は完璧に出来ていたと評価したい。
そいつは人けの無い狭く薄暗い路地裏へと入り、なにやらこそこそと何かを仕掛けているようだった。
そいつを“おっちゃん”だと思い込んでいた俺は、作業しているそいつの背後へと静かに忍び寄り、そして驚かすように背後から声をかけてやった。
これはけして、今までの憂さ晴らしに驚かそうと企んでいたわけではない。
あれだ。幼い子供がお父さんに「そこで何をしてんの?」と尋ねる感覚だ。
結果。そいつに驚かれたのは言うまでもなく、「これを見られたからには生かしてはおけん!」などと刃物を出されて襲ってきた時には正直どうしようかと思った。
今更人違いでしたなんて言える雰囲気じゃなかったし、ごめんなさいで許してもらえる感じでもなかった。
そんな絶対絶命のピンチ。殺されそうになったところを、たまたまそこに通りかかった山賊の頭領っぽい感じの男――この人どこかで見かけた気がする──その人が助けてくれたのだ。
助けられた俺は、その人に頭を下げるとともに心からの礼を言って。
そして今。
俺は再びこの場所へと戻ってきたのだった。
うん。そこまではいい。
危ないところを救ってもらえて良かった。助かった。俺って馬鹿だなぁ。次からは本当に気をつけよう。けど世の中には親切で優しい人がいるんだな。
そこで話は終わるはずだった。それなのに……。
……。
なぜこの人、いつまでも俺の隣に居るんだろう。
あれから俺の後をずっとついてきた挙句、そして現在。
山賊の頭領っぽい感じの男は、俺の隣でガハガハと豪快に笑っている。
「いやなーに。実は我輩も迷子なのだ」
いや、堂々と良い大人が何言っているんですか。
「お前さん、なかなかいい目をしておるな。あの暗殺者を尾行するとは大したモンだ。うむ。まぁ良い。そこまでは良い。
だがいかんせん、お前さんは戦いに対する度胸がなさすぎる。戦闘は初めてか? ん?」
いや、あの
すぐに男は俺の言葉を手で制す。
「いや良い。何も言うな、わかっておる。
民の気持ちも事情も、お前さんのその辛く涙ぐましい人生。分かっておる。語らずとも我輩の心にはちゃんと届いておるぞ。
黒王、黒騎士、魔物、侵略軍に盗賊団。戦いが全てのこの世の中で、涙無しに語る人生などあるものか」
……。
俺は内心で思う。
どうしよう、この人。助けてもらったはいいが、なぜいつまでも俺の隣に居るんだろう? 俺の話も全然聞いてくれていないみたいだし。
しかも、なんだろう。さっきからこの高位的に威圧されるような緊張感。まるで大御所か大企業の会長っぽい感じの人が隣に立っているような気分だ。
見た目はただの山賊っぽいおっちゃんなのに、なんだろう。なんかこう、しゃべり方が独特すぎてどう扱っていいかわからねぇ。
男は喉を鳴らし、軽く咳払いする。
「それはともかく。魔物蔓延るこの世の中で、戦いができぬ男児とは如何なるものぞ。
よし、今日からお前さんを我輩の弟子としよう。この我輩が直々に指導してくれようぞ」
いやあの、結構です。
男の目がギンと鋭くなる。
喝を飛ばすかのごとく勢いある怒声で唾とともに言い放つ。
「何を言う! 男児たる者、魔物と戦わずして何を心得る!」
心得る……。
俺の目が白んだ。
そのまま視線を空へと向ける。
うだるようなこの暑さの中で、なぜこの人はこんなにも暑苦しい台詞を発するんだろう。
男はぐっと拳を握り締めて力弁し始めた。
「勇者とは勇敢なる者を指す。つまりそれが勇者だ。お前さんは勇者になりたくはないのか? 黒騎士や魔物に勝てる力が欲しくはないのか?
お前さんには勇者としての才能がある。その才能を我輩が目覚めさせようと言っておるのだ。
我輩にはわかるぞ。ガンガンと伝わってくる。お前さんの中に眠る、その大いなる才能が。──その才能が、我輩に『目覚めさせよ!』と叫んでいる!」
やべぇー。マジどうしよう、この人。
「お前さんには身内がいないと見受ける」
……。
いきなりのことに、俺は思わず目を点にした。
問い返す。
……は?
「いや良い。隠さずとも良い。我輩にはわかる。わかるぞ、その気持ち。痛いほどに伝わってくる。
魔物の襲撃で親を無くし、頼る身内もおらずに一人で寂しいのであろう?」
いや別に俺──
男が俺の言葉を手で制す。
「いや良い、語るな。わかっておる。お前さんには仲間が必要だ。そして我輩にも仲間が必要だ」
いえ、結構です。仲間はすでに充分居ます。できればこのまま放っておいてくれませんか?
「我輩はもう決めたのだ。これは導かれし運命だ。こう見えても我輩の勘は当たる。お前さんは我輩の傍を離れてはならない宿命なのだ。
どうだ? ここで我輩と一緒に我輩の連れを待たぬか?」
それ、遠まわしに一人で待つのは寂しいから一緒に居てくれって言っているようなもんですよね?
「何を言う。我輩は寂しいのではない。我輩は孤独なのだ」
いやだから、一人でここで待つのは寂しいってことなんですよね?
「……」
男はその言葉に素直に頷いた。




