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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第三部序章 前編】 バトル・ドラゴンズ
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第27話 気になること


 闘技場内の観客席側──その後ろとなる通路を、俺はおっちゃんと一緒に歩いていた。


『……』


 さきほどから、後ろの方をちらちらと。

 おっちゃんがたまに振り返りながら様子を気にしている。

 そのあまりに不可思議な行動に、たまらず俺はおっちゃんに問いかけてみた。


 なぁおっちゃん。


『なんだ?』


 なんかさっきからずっと後ろを気にしてるけど、どうかしたのか?


 おっちゃんはお手上げするようにして肩を竦める。


『いや、別に。何があるわけでもないんだが……。さっきから誰かに後をつけられているような気がしてな』


 怖ぇーこと言うなよ。


 言われて俺も慌てて後ろを振り返る。

 そんな俺の頭を、おっちゃんはガシっと鷲掴みして無理やり前方へと向き戻した。


 ──痛て。首が


『冗談だ。気にするな』


 いや、なんか顔がマジだし、冗談言っているようには聞こえないんだけど。


『気にするなっつってんだろ。俺の気のせいだ。――それよりお前、まだ苛立っているのか? さっきのこと』


 当たり前だろ。なんで教えてくれないんだ? ドラゴンの乗り方。


『お前には無理だっつってんだろ。諦めろ』


 諦めきれるかよ。あんなこと言われて見下バカにされて、思い出しただけでもすっげー腹立ってくる。──なぁおっちゃん。アイツって有名な勇者なのか?


『有名は短命。有名な勇者ほど戦場に赴き、そして黒騎士と戦い命を散らしている』


 散らしているとか言うなよ。


『所詮この世は戦いが全てだからな。有名ならば尚更、こんなレースに出る必要なんてない』


 え? でもこれ勇者を決めるレース


『お。そこの席が空いているな。そこに座るか』


 あ、ほんとだ。うん、そこに座ろう。


 巨大闘技場の観客席――と、いっても俺の世界で見るようなきちんと整った設備ではなく、簡易で雑な原始的の、ただ座って見るだけの石階段──に、おっちゃんと俺は歩み寄った。

 空いた席に腰を下ろす。

 席はどこも自由席らしい。予約席というものはないようだ。


『いや、あることはあるぞ。どこか向こうの──だいたいあの辺りがそうだ』


 ふーん。あるにはあるんだ。


『予約席からだとレースを見るには普通過ぎる。一般的っつーのかな。それじゃつまらんわけだ。

まぁ俺みたいな常連、言わば“通”になると、だいたいここら辺が見ごたえあるってことが分かり出すもんだ』


 ほんと毎回よく来てるんだな、おっちゃん。


『馬鹿、お前。俺にこの祭りを語らせると右に出るものなんて居ないんだぞ』


 あーうん。別に語らなくていいよ。俺もそこまで興味ないし。おっちゃんがこの祭りがすごく好きなんだなってことはだいたい伝わったから。


 素っ気無くおっちゃんとの会話を打ち切って。

 俺は一人静かに闘技場内の様子を見回した。


 ドーム型というよりU字型。おそらくはあの開かれた部分からドラゴンが飛び出して行くんだろう。

 闘技場内には数人の勇者候補とそのドラゴンが数頭、スタンバイを始めている。

 ドラゴンの巨体が入るくらいだ。

 向かいの観客席が双眼鏡無しでは見えないほど遠く離れている。

 見渡す限りの人、人、人。

 街の中にはこんなにも人が居たのかと、俺は驚きでいっぱいだった。


『俺たちが入ってきた所以外にも入場口はまだ数箇所あるしな。それに宿泊部屋がとれなくて当日到着した奴らもいただろうから当然の数だろう』


 なぁおっちゃん。


『なんだ?』


 勇者ってさ、結局なに?


『何ってなんだ? 勇者については説明しただろう?』


 いや、そうじゃなくて。さっきの奴──


『ま、世の中にはあぁいう奴でも心無しに勇者と呼ばれることもある。いちいち気にすることじゃない』


 ……。


 ぼそりと。

 俺は内心でおっちゃんに言う。


 俺に“クトゥルクぶっ放せ”とか言ったくせに。


 頭の中でおっちゃんが言い返してくる。


『最初に“ぶっ放す”とか言い出したのはどこの誰だったか?』


 なぁおっちゃん。


 話を切り替えるようにして、俺は声に出しておっちゃんに問いかける。


『なんだ?』


 いつ始まるんだ? これ。


『王様が椅子に座ってからだ』


 どこに座るんだ?


 おっちゃんがどこか向こう辺りを指差す。


『この向かいの、どこかあの辺り──あーちょうどあの辺だ』


 あの辺ってどこだよ。遠すぎて見えねぇよ。


『あそこに赤旗の鉄柱が立っているだろ。あそこからずーと視線を下ろしていって──ちょうどあの辺りだ』


 だから、あの辺りってどこ指してんだよ。見えねぇよ。


『見えないか?』


 普通見えねぇだろ。おっちゃんって目がいいな。


『魔法で視力を上げているからな』


 なんだよ、それ。俺にも使えるのか?


『使えない。お前が使える魔法は限られている。手を叩いて明かりを付けるのと、賭けのイカサマくらいだ』


 ……。


 俺は無言で拳を固めた。


『冗談だ。そう怒るな』


 もう二度とやらせるなよ。次やらせたら俺、二度とこの世界に来ないからな。


『はいはい、わかったよ。めんどくせぇガキだな、お前』


 はぁ? そんなことおっちゃんに言われたく――ん?


『どうした?』


 ふと、俺は視線を闘技場へと落とす。

 俺たちの座る席の真下となる闘技場の出入り口から、一人の兵士が走って出てくる。

 俺はおっちゃんに問う。


 なぁおっちゃん。


『なんだ?』


 下から誰か出てきたぞ。見た目が勇者って感じじゃないんだが──


『ラッパ隊だ』


 ラッパ隊?


『王様が現れた時とレース開始直前にラッパを鳴らす兵士のことだ』


 へぇ。そんなのがいるのか。


『ラッパが鳴ったら立てよ』


 立つ?


『起立、着席だ。それだけでいい。深く考えるな』


 わかった。


 ラッパのファンファーレが鳴り、観客席にいた全員が一斉に席を立つ。

 そして。

 何があるわけでもない。

 合図も無く、その後は周囲の流れのままに静かに席に座った。

 おっちゃんにそのことを問えば、王様が席に着いたからという流れらしい。

 王様の姿はあまりにも遠すぎてここからでは見ることができなかった。


 あーぁ。見たかったなぁ、王様。

 

 おっちゃんが軽く鼻で笑う。

 ──って、なんで笑うんだよ。


 頭の中で答えてくる。


『いや、別に。クトゥルクを持っている奴が言う台詞じゃねぇなと思ってな』


 言ったら悪いのか?


『クトゥルク持ちってことがバレれれば、世界中の王たちが嫌というほどお前に会いに来るぞ』


 会いに来る?


『前にも話しただろう? 黒騎士以外にも世界中の誰もがお前の力を狙っているってな』


 あー。なんか聞いた気がする。


『だから気軽にクトゥルクという言葉を口にするんじゃない。この世界ではそういうのを口にしていると次の日行方不明になるって昔からよく言われたもんだ』


 なんかそれ、祖母ちゃんの知恵袋みたいな話だな。


『ちなみに実話だ。その翌日には遺体で見つかるらしいけどな』


 い、遺体?


 俺は青ざめた顔でぶるりと身を震わせた。


 それってもしかして……儀式的な何かなのか?


『儀式的な何かだろうな。とある国ではクトゥルクの生き血を吸うと不老不死になれるとかいう伝説がある。

 ――あ。そういえばたしか、この国にもクトゥルクにまつわる変な伝説があったか……。あれは、なんだったか』


 すくっと。

 俺は無言でその場から立ち上がった。

 すかさず、がしっと。

 おっちゃんが俺の片腕を掴んで引き止めてくる。


『どこへ行く?』


 おっちゃん、俺今すぐ元の世界へ帰りたい。


『どうやって帰る気だ?』


 どうやってでもいい。とにかく今すぐ帰りたい。ログアウトさせてくれ。


『まだ無理だ』


 いつ帰れるんだよ。


『さぁな』


 だったら今すぐクトゥルクを別の誰かに譲ってくれ。こんな使いどころの分からない最強の力なんて俺いらないから。


『いらないも何もどうしようもないからな、その力。お前にしか適合しない』


 嘘だ。俺は絶対おっちゃんに騙されている。きっとこの力は誰かに譲れるはずだ。


『無駄な努力だな』


 ぐぬっ……!


 俺は苛立たしく歯を食いしばった。

 そのまま無理やりおっちゃんに腕を引っ張られ、席に着かされる。


『お前が馬鹿をしない限り、ログアウトまでのお前の安全は俺が保障してやる。だから安心してここに大人しく座って祭りを見てろ』


 ……。


 ファンファーレが鳴り響く。

 場内に目を向ければ、ドラゴンが一斉に両翼を広げた。

 張り詰める空気。

 無音なる時間。

 ほんの一瞬の間を置いて。

 

 次々とドラゴンが大空へと飛び立っていった。

 飛び立った際に舞い上がる大量の砂ほこり。

 真っ白の幕に覆われ、向こう側が何も見えなくなる。

 これはあれだ。まるで砂嵐サンド・ストームだ。

 一種の災害レベルである。


 闘技場と観客席との間に透明な結界が張られていたお陰で、目にゴミが入っただの咳が止まらないだの息苦しいだの、その心配はなかったのだが……。


 まぁこの開会式を見て、俺が思ったことは。

 目の前でバトルされても何も見えねぇってことか。



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