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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第三部序章 前編】 バトル・ドラゴンズ
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第26話 サインぐらいしてやれよ


「いやぁどこに行っても困るな~、この人だかり。一応変装していたのにすぐにバレるなんて」


 ファサぁと。

 長いストレートの金髪をキメ顔で払う青年。

 その仕草をする度に、周囲の女の子たちからは黄色い声が上がった。

 明らかに勇者なる格好をしたその青年は、なんともわざとらしい言葉で周囲の女の子たちに自己宣伝をしていた。

 ふと。

 距離は少し置いていたものの俺の存在が気になったのか、青年がこちらへ視線を向けてくる。

 そしてチラリと俺を見た後、青年は貧血でも起こすかのように額に手を当て、そのまま外国人っぽいオーバーなリアクションで壁によろめいた。


「Oh~、僕としたことが。僕の人気に嫉妬してライバル勇者の登場だ」


 女の子の視線が一斉にこちらに集中してくる。

 俺は半眼で呻いた。


 それ、俺がこんな格好しているからか?


 青年は問う。


「違うのかい?」


 俺は勇者じゃない。


 ハッキリと。俺がそう答えると、青年は鬱陶しそうに俺に向けて手を払った。


「だったら僕の前から消えてくれないか。僕の頭の中はライバルのことでいっぱいなんだ。

 レース前は気が立っていて誰にでもすぐに噛み付いちゃうからね。僕の悪い癖だとは思っているけど、これが僕なんだ。

 無力な一般市民を傷つけるなんて僕のポリシーに反するよ」


 その言葉に、女の子たちが乙女な仕草でかわいらしく喜び「キャー素敵ね」とか「惚れるわ」とか「カッコイイ」とか言って騒いでいる。


 ……。


 俺は静かに拳を握り締めると内心でおっちゃんを呼んだ。


『なんだ?』


 クトゥルクの力が急にみなぎってきたんだけど。


『その力は気のせいだ』


 絶対気のせいなんかじゃない。今すぐクトゥルクをぶっ放したい気分だ。


『そんな理由でクトゥルク使うな。黒騎士と戦う時がすごく虚しくなるだろうが』


「勇者さま!」


 そんな中、ティムが嬉しそうに叫んでその青年の前に進み出る。


「おいら、【斜の渓谷】を越えた先のウルセイラという村からやってきました。

 覚えていますか? おいらを助けてくれた、あの時のこと。

 あの時魔物に喰われそうになっていたおいらを助けてくだり、その後、何も言わずに立ち去ってしまわれて……

 おいら、ずっとあの時のお礼が言いたくて──勇者さまがこの祭りに参加すると聞いて、急いでここまで駆けつけて来ました。

 あなた様はおいらの命の恩人です。あの勇姿をおいらは一生忘れません。

 おいらもあなた様のような伝説の勇者になりたいです」


 ティムの話を聞いて、女の子たちがその武勇伝に胸をときめかせて酔いしれる。「さすが勇者様ですわ」とか「かっこいい」とか「シビれちゃう」とか。


 その話を聞いて青年は、というと。


「……」


 全く記憶の無いことに、少し戸惑いの表情を見せている。

 当然だった。ティムを助けたのは精神を乗っ取っていたおっちゃんなのだから。


 ──って、オイ。天狗野郎の株がさらに上がったぞ。今すぐ事情を説明してやったらどうだ?


 俺のその言葉におっちゃんが首を横に振る。


『いや、このままにしておこう。その方がいい』


 なんだよそれ。なんか釈然としないな。すげーモヤモヤする。


 すると何を思ってか、急に青年が開き直ったかのように自慢の金髪をかき上げて言う。


「別にいいよ、礼なんて。僕には必要ない。あんなの朝飯前の軽い運動だよ。軽すぎて僕の記憶には無かったようだ。

 気にしないでくれ。僕は勇者として当然のことをしたまでさ」


 おっちゃんが頭の中で俺を呼んでくる。


 ――って、なんだよ。


『前言撤回。今すぐあの野郎にクトゥルクをぶっ放せ。全力でだ』


 本気か、おっちゃん!?


 ティムが青年にサインを求める。


「あの! これにサインしてください!」


 本人にとっては大事な一枚布なのだろう。差し出したその布はお世辞にもきれいな布とは言えなかった。

 それを見て青年が不機嫌に顔を曇らせ、鼻で笑う。


「なんで僕がそれにサインしなければならないんだい?」


 一応周囲へのフォローの為か、青年は女の子たちを見回しながら爽やかに言葉を続ける。


「彼女たちみたいなカワイイ子猫ちゃんの頼みならまだしも、僕は野郎相手にサインはしない主義なんだ。サインなら他の奴にもらってくれ」


「……」


 ティムがショックを受けた顔で呆然とその場に立ち尽くす。

 その様子を見ていた俺は、女の子たちを押し退けてその青年に近づいていった。

そのまま無言で、怒りあらわに青年の胸倉を掴みあげる。

 胸倉を掴まれ、青年の顔が引きつる。


「な、なんだい、君は。無礼だな。僕はレース前の勇者だぞ。怪我したらどうしてくれる?」


 サインぐらいしてやれよ。


「は?」


 サインしてやれって言ってんだよ。


 青年は顔を引きつらせながらも強気に鼻で笑う。


「一般人だろ? 君。僕にこんなことしていいと思っているのか? 僕は勇者になる男だぞ。僕が怪我したら──」


 勇者だ? そんな性格で勇者を名乗ってんじゃねぇよ。


「勇者でも何でもない無能な君からそんなこと言われる筋合いはないね。

 君に勇者の何が分かるっていうんだい? 君こそ勇者を語る資格なんてない。勇者になれないからと僕をひがまないでくれないか? 僕は君ら一般人とは格が違うんだ。

 なんといっても僕はドラゴンに乗れる。それが全ての証さ。君にドラゴンが乗りこなせるのかい?」


 おぅいいぜ。やってやろうじゃねぇか。


『そこまでにしとけ』


 おっちゃんが後ろから俺の背の服と片手を掴み、青年から無理やり引き離す。


 離せよ、おっちゃん!


『いいから落ち着け』


 青年は乱れた衣服を整え、俺を見下すように鼻で笑って言ってきた。


「どうせ強がりなんだろう? 出来もしないくせにそんな大口叩かないでくれないか。

 僕は幼少の頃からドラゴンに乗る教育を受けてきたんだ。大人ですら怖がって乗らないドラゴンを僕は五歳で乗りこなした。

 つまり、僕は生まれた頃から勇者になることを運命付けられた高貴な存在なんだ。

 ドラゴンに乗れることは聖なる勇者の証。口先だけの君にドラゴンが乗りこなせるわけがない。

 なぜなら僕は、クトゥルクに選ばれた勇者だからね」


 はぁ!? クトゥルクは俺ぶむっ──


 おっちゃんが俺の口を慌てて塞ぎ、頭の中で怒鳴ってくる。


『落ち着け! 何を言おうとしているんだ、この馬鹿野郎が!』


 だっておっちゃん、コイツ!


『頭を冷やせ、馬鹿野郎が! 言っていいことと悪いことがあるだろうが!

 ──いいからお前、ちょっとこっちに来い! 話がある!』


 おっちゃんに口を塞がれたまま、俺はもがもがと悪態を吐きながらも引き摺られるようにしてそこから強制退場させられた。




 ※




 青年勇者が居た場所からだいぶ離れた場所まで移動したところで。


 壁際に着くなり。

 おっちゃんは俺の胸倉を荒く掴み、俺の背をドンと壁に押し付けた。

 そのまま怒りをぶちまけんばかりに睨みつけ、俺に人差し指を突きつけると頭の中で警告してくる。


『いいか。絶対に二度と、クトゥルクという言葉を口にするな。わかったな?』


 わかったから離せって!


『分かってねぇだろ、お前。それを口にすることで自分の身がどうなるか、もっと冷静に考えろ。本当に向こうの世界に戻れなくなってもいいのか?』


 説教してくんなよ! わかったって言ってんだろ、離せよ!


 ようやく解放されて。

 俺はすぐさまおっちゃんに喚いた。


 なぁおっちゃん! 今すぐ俺にドラゴンの乗り方を教えてくれ!


 おっちゃんがうんざりとため息を吐き、答えてくる。


『あんなモン安い喧嘩だろうが。煽られたくらいでいちいち乗せられるな』


 ドラゴンってどこにいる? 火山か? どうすれば見つかる?


 顔を片手で覆って、おっちゃんが呆れたようにため息を吐く。


『お前なぁ……。なんでこう安い喧嘩にいちいち──あのなぁ。今回は祭りを見るのが目的だったはずだ。なんで騒ぎを起こそうとするんだ?』


 なッ! それじゃ俺が毎回毎回クトゥルクの力を使って騒動ぶぐ──


 俺の口を慌てて塞いでおっちゃんが頭の中で怒鳴ってくる。


『この馬鹿ッ! さっき言ったばかりだろうが! 本物の馬鹿か、お前は!』


「あ、あの!」


 ふと声が聞こえてきて。

 俺とおっちゃんは声の聞こえてきた方向へと目をやった。

 そこには駆けつけたばかりのティムが息をきらして立っている。

 するとティムが、いきなり俺に向けてぺこりと頭を下げてきた。


「さっきは、おいらの為にありがとうございました」


 無言で。

 おっちゃんが俺から手を離す。

 解放された俺は呆然とティムを見つめた。

 ティムは俺に向けて言葉を続けてくる。


「全部おいらが悪いんです。レース前で勇者様は気が立っているというのに、おいらが図々しくサインなんか求めたりするから」


 ……。


『……』


 俺とおっちゃんはしばし顔を見合わせ。

 そして。

 おっちゃんが無言で俺を見たまま、顎先でくぃっとティムを示した。


 わかっている。


 内心でそう答え、俺はおっちゃんを手で払うとティムの傍へと歩み寄った。

 腰を屈めてティムと同じ視線になり、そして優しい声音で語り掛ける。


 そんなことない。あんな奴のサインなんてもらわなくて正解だ。


「え?」


 ティムが呆然とした顔で俺を見る。

 俺はニッと笑ってティムに言った。


 伝説の勇者、目指すんだろ? だったらお前が誰かにサインしてやるくらいになれ。



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