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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第三部序章 前編】 バトル・ドラゴンズ
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第24話 これで入れよ


 ──人混みあふれる巨大円形闘技場コロッセオの前で。

 俺は入場口から少し離れた場所にぽつんと立って、一人でおっちゃんの帰りを待っていた。

 すると、


『すまん。待たせたな』


 帰ってくるなり、おっちゃんが俺に一枚の布きれを手渡してくる。

 俺はそれを興味無さそうに両の二つ指で掴んで広げ、観察した。


 ん? ……ぉぉおおおっ!


 見た瞬間、俺は大きく目を開いて興奮する。


 すげぇ! これドラゴンの紋章じゃねぇか! カッコイイな!


 おっちゃんが呆れるような目で俺を見て、言ってくる。


『それが入場チケットだ。なくすなよ』


 入場チケットなのか、これ!?


『そうだ』


 マジかよ。こんなんマジ興奮する。


 呟き、俺は入場チケットを後生大事に胸に抱く。


 なぁおっちゃん。


『ん?』


 このチケット、入場口で渡した後に返してもらえるんだよな? 家に持って帰って部屋に飾りたいんだけど。


『土産用のペナントがあるからそれを買え。ただし、向こうの世界に持って帰られたらの話だが』


 よし。またあの時みたいにポケットに入れて持って帰ろう。


『次は成功するかな?』


 え?


『いや、なんでもない。こっちのことだ』


 言って。おっちゃんは白々しく口笛を吹きながら惚けた。

 その言動にはイラッとするものがあったが、口で言い合ったところでどうせ勝てないことは分かっている。

 ここは俺が大人になろう。

 俺は話を変えて、おっちゃんに尋ねる。


 なぁおっちゃん。そういえばバトル・レースって、一体どんなことをするんだ?


『どんなって……決まってんだろ。ンなもん、ただドラゴンに乗ってバトルしながらコースを一周するだけだ』


 あーうん。それはわかってる。──で? 具体的にはどんな感じなんだ?


『レースは二日掛かりで行われる長めのコースだ。勝敗が分かるのは、たぶん明日だろうな』


 ふーん。で? 具体的にはどんなバトルをするんだ?


『知らん』


 ……。


『……』


 え? バトル・レースって言ったよな?


『バトル・レースだ』


 ドラゴンに乗って勇者が戦うんだよな?


『そうだ』


 もしかして、見られないのか?


『運が良ければスタート地点でバトルしてもらえるが、安全面を考えると外でやってもらいたいのが正直な感想だ。

 俺は戦場を見てきたからわかるが、あんなのに巻き込まれたら地上の人間はひとたまりもない。大抵は安全面を考慮して遠くに飛んでいってバトルしているらしいけどな』


 らしい、けどな……?


『ドラゴンでバトル・レースだからな。生で見に行くなんて死に行くようなもんだ』


 テレビ中継とかは?


『無い』


 無いって……。途中経過とか、レースがどんな接戦したとか、もっとこう──ここの世界の人たちは誰も気になったりしないのか?


『知りたければ情報屋から話を聞けばいいだけだ』


 話を聞く、だけ?


『それだけで充分だろ』


 不充分すぎるだろ。


『ドラゴンでコースを一周させるだけでも相当なもんだからな。

 ドラゴンは機械じゃない、気性の荒い生き物だ。それをいかに操り、ライバルを退けて完走できるかがこのレースの醍醐味になる。

 番狂わせなんてザラだ。誰が一位でゴールしてくるか最後まで分からないんだぞ? それを一位でゴールしてくるということは相当腕の立つ実力者だ。それをみんな分かっているからな』


 俺は・バトルを・生で・見たい。


『じゃぁわかった。こうしよう。とにかくスタート地点を俺と一緒に見ろ。見ればこのレースがどんなものかが大抵わかる。傍でバトルされたらどんなに危険なのかも同時にな』


 あーうん。とりあえずスタートは見るよ。見てから考える。


『スタートを見れば全てが分かる』


 自信満々だな、おっちゃん。


 俺のその言葉に、おっちゃんが胸を張って強気で言ってくる。


『まぁそれだけ何度も見ているってことなんだけどな』


 ふーん。でも、もっと具体的に──


『とにかく見ればわかる』


 言いながら、おっちゃんは俺を入場口へと案内した。




 ※




 入場口に溢れるかなりの長蛇の列に並び、俺とおっちゃんは入る順番を待っていた。

 列から顔をのぞかせ、俺は言う。


 けっこう人が多いんだな。


『世界中からわざわざこの祭りを見に来るほどだからな』


 世界中から?


『そうだ』


 そんなに珍しい祭りなのか? これ。


『まぁな。国際オリンピックみたいなもんだ。要はドラゴンをバトルさせられるだけの広大な土地と環境、それに国民の許容だな。この国は最もそれに適している。それに──』


 ドラゴンって世界中にいるんじゃないのか?


『居るには居る。だが、ドラゴンってのは元々討伐の対象とされる猛獣であり魔獣だ。

 家畜を喰らうだけのドラゴンもいれば、人間を喰らう危険なドラゴンもいる。

 そんな危険なモンが国に入ってくるってだけでも民の怒りを買って暴動が起きるくらいなのに、「さぁバトル・レースをやりましょう」ってわけにはいかないだろう。

 このバトル・レースを開催できるのはこの国だけだ。竜人の国っていうのもあるし、何より客が集えば商売が儲かる。竜人は守銭奴だからな』


 本当に大丈夫なのか? このレースのドラゴン。途中で本能むき出しにいきなり襲ってくることはないよな?


『野生のドラゴンは危険だが、レースに出場するドラゴンはちゃんと卵から人工飼育して調教しているから安全だ』


 人工飼育って可能なのか?


『まぁな。ただ、一頭育てるだけでもエサ代やら世話代やら調教指導代やら被害金やら何やらで、大貴族が破綻するほども莫大な金が必要とされるらしいけどな』


 そんなに大変なのか?


『軍騎にしても十数頭見るのがせいぜいだ。戦争で使われるのは大抵別の生物で代用される。今ではドラゴン騎士階級を所有する貴族が希少な存在になってきているが』


 へぇ……。


『レースに出場するのも大抵がドラゴン自前の金持ちの坊ちゃんだ。つまり、それが勇者だ』


 勇者って金持ちがなるものなのか?


『そうとも限らん』


 ふーん……。


『ん? どうした、急に。興味がなくなったか?』


 俺、戦争の話は嫌いだから。


 その言葉におっちゃんが、俺の頭をフードの上からくしゃりと撫でた。

 素直に謝ってくる。


『そうだな。悪かった』


 なぁおっちゃん。


『なんだ?』


 スタートには間に合うのか? 相当列が長いんだけど。中に入るまでに陽が暮れるんじゃないのか?


 おっちゃんがぐいっと俺の頭を前に押す。


『よく見ろ。まだ誰も入れていないだろ』


 入るまでに時間掛かり過ぎだろ。


『王様が見に来る祭りだからな。場内にはドラゴンもいるし、警備の体制がまだ上手くいってないんだろう』


 王様が見に来るのか?


『当然だろう。誰が勇者に職与えると思ってんだ?』


 王様だろ?


『だろ? って、お前あっさりと"王様"って言葉を口にするが、王様がどんなものかわかっているのか?』


 え?


 問われ、俺は目を瞬かせて首を傾げた。お手上げする。


 さぁ……。俺、この世界の王様ってまだ見たことないし。それに、貴族とか王様とか言われても、中世っぽいっていうか、外国っぽいっていうか、なんかこうファンタジーって感じのイメージがして、いまいちピンとこないんだよなぁ。


『そうか。ちなみにどんなイメージを抱いている?』


 ゲームの中の王様っぽいイメージしか俺には思い浮かばない。


『豪奢な室内で玉座に腰掛け、赤いマントと金の冠、白いひげを生やした温厚そうな小太りのお爺さんってか?』


 あーそうそう、そんな感じ。


『ふーん』


 いや、「ふーん」って……どっちなんだよ。イメージのままなのか? それとも──


『その夢、大事にしろよ』


 夢じゃねぇよ。なんで大事にしなければならないんだ? 意味わかんねぇ。


『――お? 見ろ。前が歩き出したぞ』


 話を逸らすなよ。


 愚痴りながらも俺は列の先頭へと目を向けた。

 一度進み出した人の波は意外にも早く、入場口へと吸い込まれるようにしてぞくぞくと入っていく。

 俺もおっちゃんもその波についていくようにして歩き出した。

 しばらく進めば、やがて入場口が見えてきて。

 入場口ではチケットを回収する係員の人が──


 って、回収されるじゃねぇかよ! このチケット!


『ペナントを買えっつっただろ、ペナントを』


 もちろんそれ、おっちゃんが買ってくれるんだよな?


 俺は空っぽのポケットに手を入れて笑顔で問いた。


『いや、買わない』


 ……。


 俺は静かに拳を固める。


『そう怒るな。とりあえずチケットは入場口で大人しく係員に手渡そうな。絶対に地面に寝転がって駄々こねて泣くんじゃないぞ。

 ちゃんと良い子にしていれば(たぶん)ペナントを買ってやる(かもしれない)からな。おっちゃんとの約束だ』


 幼稚園児か、俺は。もういい。自分で金集めてどうにか買う。


『そうか。がんばれよ』


 カチンときた俺は、無言でおっちゃんの足に蹴りを入れた。

 すぐにおっちゃんが蹴り返してくる。

 だから俺はまた蹴り返してやった。

 それをまた蹴り返される。

 最後には取っ組み合いの喧嘩になった。


 痛てッ! やり返してくんなよ!


『仕掛けたのはお前だろうが!』


 うるせぇ! 全部おっちゃんが悪いんだからな!


『全部俺のせいにしてくんなクソガキが、この!』


 痛ッ! 卑怯だろ、この! あ、逃げやが――汚ねぇぞ! やり返してくるとかマジありえねー! 腹立つ!


『へっへーんだ。お前の攻撃は全然当たってましぇーん、残念でしたー』


 マジ腹立つ!


 しばらくおっちゃんと蹴り合っている間にどんどんと順番を追い越されていき、気付けば俺たちの周囲から人がいなくなっていた。

 俺たちはすぐに蹴り合いを止め、人の波を追いかけるようにして入場口へと急いで走った。




 ※




「このガキ! 偽造チケットか!」

「つまみ出せ!」


 十歳ほどの庶民の格好した少年が係員に突き飛ばされて入場口付近の路上に倒れる。

 倒れた少年はすぐに起き上がって、係員にすがりつく。


「おいら、どうしてもこれを見たくて遠くウルセイラ村から──」

「そんなに見たければ正規のチケットで入るんだな」

「お願いです! おいら、どうしても」

「帰れ。これ以上騒ぐようなら警邏隊を呼ぶぞ」

「お願いです! どうしても会いたい人がいるんです! あの人に会ってあの時のお礼を言いたいんです! 一目だけでも勇者に会わせてください!」

「ダメだ、帰れ。例外は認められない。正規のチケットを買うんだ」

「どうかお願いです! 一目だけでも会わせてください!」


 ……。


 一息置いて、俺はさきほど手渡したチケットを係員に返してもらった。

 その足で少年のところへと歩いていく。

 呆然と見上げてくる少年に、俺はチケットを差し出す。


 これで入れよ。


「え?」


 少年は驚いた顔で俺を見てくる。


「これを……おいらにくださるのですか?」


 俺は頷き、少年の手にチケットを握らせる。


 会いたい人がいるんだろ? だったらこれで会いに行けよ。


 そして内心で付け加える。

 おっちゃんの分のチケットだけど、と。


『オイ』


 おっちゃんが俺の頭の中で言い返してくる。


『なんで俺のチケットなんだ?』


 俺は「やれやれ」とお手上げして首を横に振った。

 内心で告げる。


 大人げないな、おっちゃん。こういう時は年下優先で行こうや。


『そういう問題じゃないだろ。俺無しに一人で入るとか何考えてんだ?』


 その問いに俺はキリッとした顔で内心にて答えを返す。


 大丈夫。俺、おっちゃんが思っているほど幼稚な子供じゃないんだ。黒騎士には絶対気をつけるから安心してここから見送ってくれ。


『フラグを立てるな、フラグを。捕まる未来しか見えてねぇぞ。そもそも俺と離れてトラブルもなく無事で居たことがあったか?』


 ……えっと。


 俺は眉間に人差し指を当て、懸命に記憶の引き出しを開けまくった。


『素直に認めろ』


 いや、そんなはずはない。


 首を横に振って俺は記憶の中を探し続ける。

 ふいに横から。


「お前たちはこんなに小さな子供からも金を取るのか?」


 どこからか野太い声が聞こえてきて、俺もおっちゃんもその方向へと注目する。

 人混みを掻き分けて係員の前に進み出たのは、山賊の頭領のような風貌をした一人の中年男性だった。




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