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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第三部序章 前編】 バトル・ドラゴンズ
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第23話 勇者祭り


 すっげぇぇぇぇぇーッ!


 それはまるで大空を舞う航空ショーであるかのように。

 疾風を連れて、街の屋根スレスレを滑空していく大型翼竜ドラゴンを見て、俺は興奮に拳を握りしめて叫んだ。


 本物だ! 本物のドラゴンだ!


 恐竜に翼が生えた感じの、まさにゲームに出てくるイメージそのままの勇ましいドラゴンの姿がそこにはあった。

 その迫力は模型でも3Dでも生み出せないような、まさに実感のあるリアルさ。

 体長二十メートルほどはあろうか。

 太陽を覆い隠さんばかりの大きな影と、肌を叩くような風を連れて。

 まるで海を泳ぐクジラであるかのように、そのドラゴンは低空飛行で俺たちの頭上を滑空した後、再び大空へと羽ばたいていった。


 その姿を目で追うようにして、俺はフードを取って大空を見上げる。

 澄み切った青天に強い日差し。

 あまりの眩しさに思わず手を翳して影を作る。

 手の隙間から見える竜の影が、俺の記憶に強く残った。


 あーぁ。父さんのスマカメ(3Dスマートカメラ)持ってきたかったなぁ。


 俺の隣でおっちゃんが鼻で笑う。


『そりゃ残念だったな』


 残念ってことは、持ち込めるのか? 向こうの世界の物がこっちの世界に。


『さてどうだろうな。試したことは無いが』


 よし。今度試そう。


『プッ』


 オイ、おっちゃん。今笑ったか?


『気のせいだ。そんなことより前を見ろ。もう一頭来るぞ』


 すると前方から一頭のドラゴンが疾風を連れて俺の頭上を過ぎ去っていった。

 興奮冷めやらぬ声で俺はそれを目で追い、また叫ぶ。


 おおおおッ! ブルー・ドラゴンじゃねぇーか!


 青だけじゃない。何十頭とカラフルな色をしたドラゴンが次々と俺の頭上を飛び去っていく。

 風で乱れた頭髪をそのままに、俺は目をキラキラと輝かせていった。

 暑さで浮かぶ額の汗さえも今では心地よい。

 興奮を抑えきれずに俺はおっちゃんの胸倉を掴み、空を指差し叫ぶ。


 おっちゃん、人だ! ドラゴンに人が乗っている!


 低いテンションでおっちゃんが答える。


『あぁそうだな』


 なぁおっちゃん! 俺、あれに乗りたい!


『ガキか、お前は』


 ガキでもなんでもいい! 俺、絶対あれに乗りたい! 乗るまで向こうの世界に帰りたくない!


『帰りたくないを今ここで言うか?』


 言う! 俺はあれに乗りたいんだ!


『お前には無理だ』


 なんでだよ!


 おっちゃんが頬を引きつらせてドン引く。


『なんでって……。お前は何をそんなに興奮しているんだ? あんなモンただの雑魚ドラゴンだろうが。お前の使い魔の方がよっぽど』


 違う。あれ、ただの犬。


『犬じゃない白狼竜ホワイト・ドラゴン──フェンリルだ』


 俺は認めない。あれは絶対、犬の分類だ。


『お前は最強と雑魚の区別もつかんのか?

 いいか、この世界で最強のドラゴンといったら白狼竜だ。白狼竜はこの世で最も強いドラゴンの象徴的存在なんだぞ』


 俺のイメージする最強のドラゴンはあんな犬っコロなんかじゃない。もっとこう、でっかくて、恐竜みたいにゴツゴツしたティラノサウルスみたいな姿で、火をガーって吐いて、ダンジョンに住んでいて、宝もいっぱい隠し持っていて


『あんなトカゲみたいな雑魚ドラゴンのどこがいい?』


 見た目がカッコイイ。


『それだけか?』


 それだけだ。


『強さは白狼竜が上なんだぞ』


 強さなんてどうでもいい。ファンタジーゲームといったら恐竜型のドラゴンが定番だ。


 おっちゃんが苦い顔で笑う。


『お前、あれだな。性能よりも見た目重視な──』


 なぁおっちゃん。俺、あれに乗りたい。


『無理だっつってんだろ。諦めろ』


 頼むよ、おっちゃん!


 冷たく突き放すように言うおっちゃんに、俺は両手を合わせて頭を下げ、必死に頼み込んだ。


 一生のお願いだ。ドラゴンの乗り方を教えてくれ。


『駄目だ』


 あれに乗るのが俺の夢なんだよ。


『夢は大切に持つものだ』


 尚も突き放すように言うおっちゃんに、俺はすがりつくようにして頼み込む。


 頼むよ、おっちゃん。マジで。俺、あれに乗りたいんだ。


『言っておくがドラゴンは素人が遊びで乗るものじゃない』


 じゃぁ何なんだよ。


『ドラゴンに乗るというのはとても危険で命がけだ。お前の世界で例えるなら、安全ベルトの無い絶叫遊具ジェットコースターに乗るようなものだ。

 ドラゴン騎手ライダーにとって最も危険だと言われているのは飛行の際の急降下と急上昇。降下速度については時速三百キロを超える。

 ドラゴンを上手く操れなければ即死亡。玄人ですら落ちて死亡した例も多々聞く。落竜すれば頭から地面に叩きつけられて生存率はゼロだ。

 長年相当な訓練を積んで乗らないと──』


 おっちゃんが最後とどめの一言で刺す。


『……お前、落ちて死ぬぞ』


 打ち砕くなよ! 今ので木っ端微塵に粉砕したよ、俺の大事な夢!


『それが現実だ』


 最低だよ、おっちゃん! 最低な大人だ!


 フッと俺の言葉を鼻で笑ってから、おっちゃんは言葉を続ける。


『まぁそれを覚悟で乗るのが勇者だからな。だからこそ、この祭りは盛り上がる』


 色んな意味でレベル高ぇーだろ、勇者。


『そんなに高くはないさ。ドラゴンに乗るだけならな。

 参加する勇者は今回の祭りだけでも十数人はいる。この祭りで最も重要視されるのは、勇者としての優れた才能だ』


 勇者としての……才能?


 俺は首を傾げた。

 おっちゃんが頷く。


『そうだ。勇者祭りとは言わば勇者の選抜試験のようなものだ。レースで問われるのは勇者としての知力、戦略、戦闘レベル、そしてそれに見合うだけの扇動力。

 優勝する者はどれが欠けてもいけない。

 このレースで優勝した勇者には王様から声をかけてもらえる。そこからが勇者としての職務になるわけだ。

 勇者になればこの先、村や街を襲う黒騎士どもや獰猛な魔物どもを相手に軍を率いて戦っていかなければならない。

 自軍を統率する能力に加え、最低限度に被害を抑える緻密な戦略、そしてより多くの民間人の命を守り、どんな死線をも大軍を進めて戦っていけるような勢いが無ければ当然無理な職業だ。

 その為には最低でも覇気のあるドラゴンを駆使し、兵士を指揮できるほどの実力がなければ話にならん』


 どこのハイパー勇者だよ。職業の域を完全に超えているだろ。それに仲間が軍隊ってなんだよ。


『そのぐらいの数でやらないと戦場ですぐに叩き潰される』


 叩き潰される?


『そうだ。黒騎士も強いが、特に厄介なのが奴らの引き連れてくる魔物の数だ。その数は相当な大軍だ。魔物は一度群れると土地を真っ黒に埋め尽くすほどの莫大な数で襲ってくる。

 どんなに精鋭な少数隊を組んだとしても大規模に攻められたら打つ手がなくなるからな』


 まるで戦争みたいだな。


『みたいじゃなく戦争だ。勇者が出陣した時点でその戦いは戦争になる』


 ……。


 おっちゃんがさりげなく俺の頭にフードを被せてきた。


『お前にとって、勇者とはなんだ?』


 え?


 顔を上げて俺はおっちゃんに問い返す。

 おっちゃんが真顔で言葉を続ける。


『お前のイメージする勇者はどんな勇者だ? 魔王を倒す為に頑張る勇者か? それとも王様の命令だからと頑張る勇者か?』


 ……。


『この世界の勇者がどんなものか、それをお前は見定める必要がある』


 俺が勇者を見定める?


『戦争が嫌いなんだろう? だったら勇者がどんなものか、どういう時にどう対処し、どう動けば戦争は防げるのか。そして、どうすればクトゥルクを使わずに済むのか。

 ──それを目で見て体で覚えろ』


 だから俺をこの祭りに呼んだのか?


『そういうことだ』


 なぁおっちゃん。


『なんだ?』


 この祭りって……殺し合いじゃないよな?


『お前はライバルを殺しまくって最終的に生き残った奴を勇者と呼びたいか?』


 呼びたくない。


『それが普通だ』


 普通……?


『環境は違えど、この世界も向こうの世界も共通して考えることはみんな同じだ。誰だって戦争は嫌いで戦いたくはない。だが戦わなければならないんだ』


 無言で。

 おっちゃんが無骨な手で俺の頭をくしゃりとした。

 そして空を見上げる。


『どうやらドラゴンが引き上げたようだな。下見所パドックは終わりか。……と、なると。そろそろ受付開始だな。

 ──よし、闘技場に行ってみるか?』


 気持ちを切り替え、俺は上機嫌に頷く。


 うん、行く。


『じゃぁ早速レッツらゴーだ。行くぞ、坊主』


 言って。おっちゃんは俺の背を軽く前へと押した。



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