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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第三部序章 前編】 バトル・ドラゴンズ
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第22話 冒険の書1のセーブ・データは消えました


『――記憶にないな』


 翌朝。

 宿屋を出て俺たちは、少し離れた場所にある一軒の食事亭に入った。

 客はまばらで空いており、席には余裕があった。

 適当に席をとってそこに腰を据えて。

 字の読めない俺の代わりにおっちゃんが適当に注文してくれたものは、今ではもう飲み慣れたマズイ木の実の水と、皿に三枚ほど載った干乾びたチーズのようなものだった。

 それはともかく横に置くとして。

 俺はおっちゃんに言い迫る。


 本当に覚えていないのか? 昨日の夜、俺に言ったこと。


『昨日はだいぶ飲んだからな。――おっと。言っておくが、お前と会話しながら宿に帰ったところまでは覚えているぞ』


 その後のことは?


『……。昨日の夜、本当に俺がお前にそう言ったのか?』


 うん、言った。


『そうか。そいつは悪かったな』


 反省の色なく。

 二日酔いにどこか抜けたような顔で、おっちゃんは干乾びたチーズを一つ手に取り、一口かじった。


『前にもそんなことをお前に話した気がするが、あれは俺の気のせいだったか』


 やっぱり俺、こっちの世界の人間なのか? 白狼竜にも言われたから気になるんだ。記憶がないだけだって言われて……。


『で? お前はそう言われてどう思っている?』


 え?


『その言葉を鵜呑みに信じてこっちの世界で暮らしたいならそれでもいい。この世界での生き方が分からないというならば俺が教えてやる。

 お前にはクトゥルクがある。この世界で生きていこうと思えば何の心配もいらないし、何の苦労も、不自由もなく悠々と生きていける。

 城に住んで豪奢な暮らしをしたいと思えば、王様にクトゥルクであることを話せばいい。お前を神様のように崇め奉ってくれるはずだ。そのまま世界を制しようと思えば白狼竜を呼び出して制圧すればいい。誰もお前に逆らえる奴なんていない。

 向こうの世界のように将来を心配されて親から勉強勉強と言われることは一切ないし、もちろんテストも無ければ宿題だってやらなくていい。

 ここはお前にとって毎日が自由に遊んで暮らせる楽しい世界だ。大好きなドラゴンだっているし、魔法だってゲーム感覚で使いたい放題だ』


 いや、別に……。


 なんだかこっちの世界に現実逃避しろと言われているような気がして、俺は込み上げてくる苛立ちを顔に滲ませた。

 ぶっきらに言い返す。


 別に俺、向こうの世界での生活に不満を覚えたことなんて一度もないし、宿題とかもそこまで嫌だと思ってない。

 そりゃ色々自由がなかったりストレスたまったり嫌なことはたくさんあるけれど、それでもこの世界に逃げたいなんて微塵も──


『そうか? 交信を聞いている限り、お前は向こうの世界で【テスト、宿題、勉強】という言葉を非常に多く使ってストレスを溜め込んで──』


 俺の思考、全部筒抜けかよ。


『ラジオ感覚で暇つぶしに聞かせてもらっている』


 やめろよ、そういうの。俺のプライバシーは完全にゼロじゃないか。


『完全じゃない。俺が暇な時に聞いているだけだ』


 ほぼ完全っていうんだよ、そういうの。


『俺がそこまで暇人だとでも?』


 いつも何やってんだよ。


『教えない』


 ほらな。なんで言わないんだよ。


『野郎のプライベートなんて知りたくもないだろ? 俺だってお前のプライベートには興味がない』


 その割にはガンガンと俺の図星を突いてくるよな。


『気のせいだ』


 おっちゃんの弱点って何?


『教えない』


 教えないとかじゃなくて、なんかもう──何でもいいから本当のことを教えてくれよ。なんで教えてくれないんだ? ずっと何かを誤魔化そうとしているだろ?


『そう思うか?』


 思うよ。だってなんか、こう──そもそもなんで隠すんだ? 本当のことをハッキリ言えばいいだろ。俺だっておっちゃんの言うことを否定とか拒絶とかしないし、受け入れられることはちゃんと受け入れるよ。俺は本当のことが知りたいんだ。


『教えない』


 だから、なんで教えてくれないんだよ。


『……』


 無言で。おっちゃんは俺の話を無視するように、一欠けらのチーズを口の中に放り込んだ。

 そのまま二枚のチーズが載った皿を俺に押し勧めてくる。


『そろそろこっちの世界の食いモンにも慣れてきただろ。食ってみるか? うまいぞ』

 

 ……。


 俺は呆れるようにため息を吐いた。


 なぁおっちゃん。


『なんだ?』


 本当のこと、言う気ないだろ?


 肩をすくめておっちゃんは否定する。


『いや、別に』


 もういいかげん俺を振り回すのはやめてくれよ。俺、あれから一睡もできなかったんだぞ。


『見ればわかる。目の下のクマが酷いな』


 ってか、この世界で眠るってなんだよ。アバターだぜ? 俺。眠る必要なんてないはずだ。


『ゲームの主人公が宿屋に入れば画面が勝手に暗くなって音楽が鳴り、ベッドで寝ているのが基本だ』


 どこのファンタジーゲームだよ。だったら言わせてもらうが、ここがゲームの世界だと言うんなら、なんで俺のHPが回復していないんだ? めちゃくちゃ眠いぞ、今。


『疲労ポイント(HP)は蓄積するものだ。そんなことで回復するくらいなら俺の二日酔いも今頃治っているはずだ』


 知るかよ、そんなこと。ってか、何の為の宿屋だ?


『何の為もない。宿屋は寝るだけだろ。他に何がある?』


 ここはゲームの世界だって言ったよな?


『あぁ……そうだったな』


 だったらなんでこんなにリアリティがあるんだよ。


『この世界に入れば誰もが現実味リアリティを覚えてくる。そんな感覚だろ?』


 だろ? って、それを俺が訊いているんだ。疑問形で返してくるなよ。


『俺は元々この世界の住民だ。お前にとってはゲームでも俺にとっては現実だ。訊くだけ無意味なのがわからないのか?』


 もういい。おっちゃんから何聞いても無駄だってことがわかった。


『そうか。そりゃ早めに気付けて良かったな』


 じゃぁ最後の質問だ。これだけは教えてくれ。

 ――俺はいつ、元の世界に戻れるんだ?


『……』


 おっちゃんは無言で木の実の器を掴むとそれを口に運び、一口飲んだ。

 そしてあっけらとした顔で答えてくる。


『それは俺にも分からん』


 はぁ?


 問い返す俺をすぐに手で制して止め、おっちゃんが言い直してくる。


『永遠に戻れないと言っているわけじゃない。いつ戻れるのか分からんと言っているだけだ』


 俺は感情的になって机に拳を叩きつけた。


 ふざけんなよ! いつ戻れるか分からないなんて、まさかこのまま一週間とか一年とか──最悪十年後もこのままとか言わないよな?


『以前、俺が話した【理の呪縛】のこと覚えているか?』


 理の呪縛?


『初めて俺と交信が取れなくなった時があっただろうが』


 ……。


 俺は眉間にシワを刻み、そこに人差し指を当てた。

 記憶を探り、思い出す。


 あれはたしか、ゼルギアに連れてきてもらったギルドで、ようやくおっちゃんの声が聞こえてきて──


『そうだ。その時だ』


 あの時も帰りたいのに帰れなくて、おっちゃんからそんな話を聞いて……ペナルティがどうたらで逃げられないとか


『お前なぁ。俺が話したことを曖昧に覚えてやがるのか?』


 だってまさかこんな頻繁にこっちの世界に来るとは思ってなかったし、それに──


『だから俺が話した大事なことも適当に聞き流していたってわけか』


 いや別に、そういうわけじゃないけど……。


『よしわかった。じゃぁ今度はわかりやすく例え話で説明してやろう』


 例え話?


 おっちゃんが閃くように人差し指を立てる。

 そのまま皿から干乾びたチーズを掴み、俺に見せた。


『このチーズをお前だとする』


 なんで俺がチーズなんだよ。


『いいから黙って聞け。ただの例え話だ。

 このチーズの載った皿を “向こうの世界”だと仮定する。そして木の実の器が“こっちの世界”だ。

 木の実の器には水が入っている。わかるな?』


 うん。見ればわかる。


『この水を魔法の源だとしよう。この水の中でなら自由に魔法が使える、という設定だ』


 設定?


『例え話だからな』


 あーうん。


『そしてこのチーズがお前だ。見た目通りパサパサで水気もクソもない──言わば乾燥した状態だ』


 なんかすげー悪口言われているように聞こえるんだが、気のせいだよな?


『そしてこのチーズをこの器の中に、こう、落とし込む』


 聞き流すなよ、俺の言葉。


 おっちゃんが器の中にチーズをぽちゃんと落とした。

 チーズはぶくぶくと器の底に沈んでいく。


『──さて、ここで問題だ。このあとチーズはどうなると思う?』


 水気を含んだチーズになる。


『チーズだからな』


 あー、うん。


 おっちゃんが器の底に沈んだチーズを手で拾い、取り出す。

 水気を含んだチーズはしっとりとしておいしそうだった。


『つまり、こういうことだ』


 わかんねぇよ。


 おっちゃんはしっとりチーズを皿に置くと、同じく皿にあった乾燥したチーズと比べるように見せ、俺に言ってくる。


『チーズが水を含んだ状態だと元の皿に戻った時、その皿の世界では異常な姿だ。だったら元の姿に戻してやればいい。こうやってな』


 言って。おっちゃんは解説半ばで器を口に運び、一気飲みを始めた。


『――ぷはぁ』


 器を空っぽにして。

 おっちゃんはさきほどのしっとりチーズを、空っぽになった器の中にポトと落とす。


『それがペナルティだ。お前の場合、この世界で魔法を使えば滞在時間がその分だけ長くなり、この世界から出られなくなる』


 だけど俺、前回――


『もちろん無理やり帰還することも可能だ。クトゥルクを暴走させるか、セディスが発明した【リ・ザーネ】の魔法を使えばそれができる。

 ただし、向こうの世界に戻った時。お前の周囲、またはお前自身の体に何らかの異変が起こっているはずだ』


 それでおっちゃんはあの時俺に聞いたのか? 俺の体調のこととか、超常現象が起こってないかとか。


『そうだ。綾原奈々の場合はセディスの魔法で行き来していたからな。向こうの世界には何の影響もなかった。だがお前の場合は別だ。なぜなら──』


 会話を打ち切るようにして。

 街の外で花火の音が連続して鳴り響く。

 俺は思わず外へと視線を向けた。


 ……花火?


『始まったようだな』


 え? 何が?


『勇者祭りだ。今からお前がわくわくするようなものを見せてやる』


 そう言って。

 おっちゃんはガタリと席を立った。


 もう行くのか?


『行かないと終わっちまうだろ』


 急いで行かないと間に合わないものなのか?


『そうだ』


 わかった。じゃぁ行く。


 俺も慌てて席を立つ。

 ふと、おっちゃんが何かに気付いてテーブルを指差す。


『お前、チーズ食わないのか?』


 ……。


 無言で、俺は顔をしかめた。

 おっちゃんが半眼で言ってくる。


『食っとかないと腹減るぞ』


 ……マズイんだろ?


『マズくはないが、ちとパサパサしている』


 俺しっとり派。


『お前は間違いなくサバイバルで飢え死ぬ派だ』


 わかったよ、食うよ。食えばいいんだろ。


『水も飲んどけ。あとで喉が渇いたと言い出しても俺は知らんからな』


 わかったよ、うるさいな。


 苛立たしげに答えを返し、俺は皿の上にある“水濡れたしっとりチーズ”を手に取って、口に詰め込んだ。

 食べてみて分かる。


 あ。なかなかこれウマイ。ベイクドチーズのような味だ。


 意外にもチーズはすごくおいしかった。

 喉が渇いた俺は自然と木の実の器に手を伸ばし、そのまま器の水を立ち飲みする。

 三口ほど飲んで。

 俺は思い出したかのように顔を渋め、器をテーブルに置いた。


 ……やっぱりこの水、まずい。


 後味が最悪だった。

 早く現実世界に帰っておいしい水が飲みたい。


『行くぞ』


 あ、ちょっと待ってくれおっちゃん、あともう一個。


 俺は残り一個の干乾びたチーズを慌てて手に取り、飲み残した水の中にぽちゃんと落とした。

 意外にもおいしいこのしっとりチーズの味が俺の中で忘れられなかったからだ。

 このチーズ、意外とイケる味だ。

 干乾びたチーズは底に沈み、ぷくぷくと気泡を出す。

 早くしっとりにならないかなぁ。


 それをしばし見つめて。

 ふと俺は何かひっかかるものを覚えた。


 何気に視線を、おっちゃんが飲んだ空っぽの器へと移す。

 しばし見つめて。

 再び、視線をチーズの入った水の器へと戻す。


 水が入った器と空っぽの器。

 それを交互に見比べて。


 ん?


 俺はある疑問に顔をしかめた。


【この水を魔法の源だとしよう。この水の中でなら自由に魔法が使える、という設定だ】


 あれ? 待てよ。水の中なら魔法が使えるってことは、水の入った器がこっちの世界なんだよな? それなのにチーズを水から出す?


【だったら元の姿に戻してやればいい。こうやってな】


 乾燥して戻す? 水の無い、空っぽの器の中で?


【それがペナルティだ】


 これだとまるで向こうの世界にいることがペナルティだと言われているみたいで──


『いつまで遊んでいる?』


 ハッと。

 俺はおっちゃんへと目を向けた。


『ただの例え話だ。深く考えるな』


 言って、おっちゃんは水の中に手を入れるとチーズを取り出した。

 それを俺に手渡してくる。

 その後は無視するように俺をその場に置き去りにして、無言で店の外へと出て行った。


 あ! ちょ、待てよ! マジで置いていくなよ!


 手渡されたチーズを口の中に放り、俺は慌てておっちゃんの後を追いかけた。




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