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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第三部序章 前編】 バトル・ドラゴンズ
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第20話 本当のこと言えよ


 酒場を出て──。


 俺はおっちゃんと一緒に夜の街を歩き、宿屋へと向かって帰っていた。

 その間、特に会話することなんてない。

 どうせ何聞いても教えてくれないと分かっているせいなのかもしれない。

 しばらく無言のまま歩き続ける。


 ……。


『……』


 歩き続けながら、俺はふと考える。

 酒場で聞いたおっちゃんとディーマンとの会話。

 話を一方的に黙って聞かされ続けて、俺の頭の中は疑問ばかりで溢れていた。

 疑問ばかりを押し込められ、それが解決されないことが何より苛立たしい。


 ……。


 チラリと、俺はおっちゃんの顔を見る。

 別に何考えているわけでも企んでるわけでもなさそうな顔にも見えるが、そうやって俺は何度もおっちゃんに騙されてきたわけだ。

 たしかにどうせ何聞いても教えてくれないかもしれない。

 しかし、このままの状態でいるというのもどうも釈然としないものだ。

 モノは試し。

 ダメもとで訊いてみるか。


 俺はさりげなく、ぽつりとおっちゃんに尋ねる。


 なぁおっちゃん。


『なんだ?』


 ディーマンって、元は人間なのか?


『ん? なぜそう思った?』


 いや、なんとなく。たまに俺たちの前で見せる言動が人間っぽいなって。


『……。気のせいだろう』


 なぁおっちゃん。


『なんだ?』


 さっき酒場にディーマンを迎えに来たあの人のことなんだけど……。


『ん?』


 こう、頭にターバンを巻いて、頬に刀傷をつけたマッチョで怖い感じの大男──


『あぁ』


 あの人、おっちゃんの知り合いなのか?


『……いや、知らんな。なぜだ?』


 初対面って感じじゃなかったから。


『気のせいだろう』


 なぁおっちゃん。


『なんだ?』


 ディーマンってさ、本当にココに仕事で来たのか?


『仕事といえば、たしかに仕事だな』


 ディーマンの仕事って何? どんな仕事をしているんだ?


『今日はやけに質問が多いな』


 気になるんだ。それに色々……知っておきたい。


『……』


 やはりおっちゃんは答えてくれなかった。

 しばし無言になり、沈黙が続く。

 二人の足音だけが夜の街に響いた。

 祭りにも関わらず、夜の街に人通りはあまりない。

 夜の街は物騒だからだろうか? でも変な人とかは居ないみたいな感じだし……。もしかしたら俺が鈍感なだけなのかもしれない。

 時折、過ぎ去る酒場からはまだ賑やかな声が漏れ聞こえてくる。

 獣の声も聞こえない。野良の動物はこの街には居ないようだ。

 もし、物陰から人が飛び出してきたら驚いてしまうかもしれない。

 それぐらい人通りの少ない静かな道だった。


 ……。


『……』


 なぜだろう。さっきからおっちゃんが俺と顔を合わせてこない。

 気になって俺は、ちらりとだけおっちゃんの顔を見た。

 何を考えているのか、表情からでは読むことができない。

 俺は思考を探ろうとしておっちゃんに声をかけてみた。


 なぁ、おっちゃん。


『教えない』


 教えないとかじゃなくてさ、もっとこう、ちゃんと真面目に答えてくれよ。


『教えられることは教える。だが言えないことは言わない』


 なんだよ、それ。なんか決まりごとでもあるのか?


『ないと言えば嘘になる』


 誰が作ったんだ?


『さぁな』


 じゃぁ教えられる範囲でいいから教えてくれ。ディーマンの職業って何? 傭兵を集めるのが仕事なのか? おっちゃんのことも仲間に誘っていたし──


『お前には関係ないことだ。もう気にするな』


 俺には関係なくともおっちゃんには関係があるんだろう?


『まぁな』


 ディーマンって何者なんだよ? 白の騎士団とか、昔の仲間のこととか、戦争のこととか、他にも何か色々言っていたし、それに──


『あの話は聞かなかったことにしとけ』


 なんでだよ?


『……』


 俺は不安を表情に浮かべ、問いかけた。


 なぁおっちゃん。


『なんだ?』


 もしかして……戦争が、始まるのか?


 その言葉におっちゃんが無言で足を止めた。

 俺も足を止める。


『なぜ、そんなことを訊く?』


 俺はここぞとばかりに今までずっと溜め込んでいた疑問を言葉にして一気に吐き出した。


 あの墓参りもなにか意味があるように思えたんだ。わざわざ俺を呼び出してまで──


『お前を誘ったのは黒虎が逃げるからだ。そう言ったはずだ』


 おっちゃんってさ、たまに俺を誘導みたいなことするよな? あの墓参りも俺がやらなければいけないみたいな感じがしたんだ。まるで、おっちゃんの友人じゃなくて俺の友人に会いに行くみたいな、そんな気がして……だから……。


 だんだんと言葉にすればするほど俺の気持ちは沈んでいった。

 語尾も小さくなって萎んでいく。


『……』


 否定、しないんだな。


『全ては偶然だと言えば、お前は信じるのか?』


 信じられるわけないだろ! 何聞いても教えてくれないし、それに今までのことだってある! 最初にこの世界に来た時だって俺を騙してログアウトさせてくれなかったじゃないか!


『あの時はな。だが今は違う』


 違うって、何がどう違うっていうんだよ!


『……』


 なんで黙るんだよ? 黙ってないで何とか言ってくれよ。じゃないと俺……


『……』


 ……。


 いまだ返らぬ言葉に、俺は静かに力抜けるように顔を俯けていった。


 なぁおっちゃん。


『なんだ?』


 もしかして俺、この世界の──


 言いかけて、俺はそこで口を閉じた。

 最後の言葉がどうしても言えなかった。

 肯定されるのが怖かったのかもしれない。


『この世界の、なんだ?』


 首を横に振る。


 ……いや、なんでもない。なぁ、おっちゃん。


『ん?』


 俺は顔を上げて真っ直ぐにおっちゃんを見つめた。


 おっちゃんって何者なんだ? なんでずっと俺に話しかけてきたりするんだ? そろそろ本当のことを話してくれよ。


『本当のこと、か……』


 呟き、おっちゃんは夜空を見上げる。


『なんで俺があの時お前に【ときが来た】と言ったか、わかるか?』


 俺は無言で首を横に振る。


『星が空を巡るように、何もかもが動き出したってことだ』


 ……。


 俺は夜空を見上げた。

 星が空を巡るなんてことはあり得ない。

 理科の授業でそう習った。

 巡っているのは星ではなく、地球なのだと。


 おっちゃんが夜空から視線を落とし、微笑した。

 そのまま俺の背を軽く押して前に進める。

 再び無言で、俺とおっちゃんは道を歩き出した。

 おっちゃんがぽつりと言う。


『安心した』


 え? 何が?


『お前がそんな感じで安心した。あの時の、俺の判断は間違っていなかったようだ』


 あの時っていつ?


『教えない』


 またそれかよ。


 うんざりとする俺の顔を見ておっちゃんが微笑した。

 そして俺の肩に軽くぽんぽんと手を置いて、


『いつかお前にもそれが分かる時が来る。その時までに俺は、今のお前に在りのままのこの世界を伝えたいと思っている』


 在りのままのこの世界? 今の俺に?


『そうだ。今のお前に、だ』


 それ、どういう意味だよ。


『……』


 しばしの沈黙を置いた後、おっちゃんがぽつりと俺に問いかけてくる。


『もし仮に、だ。お前がこの世界の覇者となったら、その時最初に何を望む?』


【そなたはこの世界で何を望む?】


 あの時の長老の言葉がおっちゃんの言葉と重なった。

 誰もが求めるクトゥルクの力。――それを、俺は持っている。

 きっと、この世界を支配しようと思えば簡単にできてしまうんだろう。

 でもそれをすることで何がしたいのかと問われれば、俺はきっと特に何も望まないと思う。


『覇者に興味はないのか?』


 そんなの目立ちたがり屋みたいでダサいし、ダルいし、きっと面倒事ばかりだと思う。面倒事なんて俺、嫌いだから。


『そうか……』


 なぁおっちゃん。


『なんだ?』


 ずっと疑問に思っていたんだが、なんで俺をこの世界に呼ぶんだ? クトゥルクがなければ戦いなんて起きないだろ?


『そう思うか?』


 うん、すごく。俺がこの世界に来ることで誰かが犠牲になったり、面倒事ばかり起こしているような気がして──


 おっちゃんが肩をすくめてお手上げする。


『それはちと考え過ぎだな。クトゥルクがなくても戦いは日常的に起きているし、お前が居なくても面倒事は起きている』


 クトゥルクがなくても?


『そうだ。この世界は向こうの世界と違って毎日が平和じゃない。魔法も存在するし化け物だって常にそこら辺を闊歩かっぽしている。食物連鎖ってわかるか?』


 あーうん。授業で習った。


『俺たちはその中間層に居て、結界の外では常に魔物の襲撃に遭い、生きるか死ぬかの選択を迫られるわけだ。

 この世界では武器や魔法を持たずに結界の外を出歩くなんて考えられない。だからといって結界の外を出歩かなければ良いという問題でもない。

 結界なんて所詮は一時凌ぎの平穏だ。

 戦いこそがこの世の全て。俺たちは生きる為に常に色んなものと戦っていかなければならないわけだ。この世界を生きていく為には、より強い力が求められる』


 強い力、か……。

 そうだよな。クトゥルクがあってもなくても魔物と戦っていくしかないんだよな。


『それに敵は魔物だけとは限らない』


 おっちゃんは人差し指をこめかみに当て、言葉を続ける。


『戦いばかりを強いられていると、やがてここんとこが狂ってくる奴らがでてくる。――それが黒騎士だ。戦いの中で奴らは支配を覚え、魔物よりもさらに強き力を求めて対立し、互いを潰し合うようになった。

 常日頃、自分よりも強い相手を捜し続け、そしてそいつに己の力の強さを証明したくて戦いを仕掛けたくてたまらないわけだ。それを上手く利用しているのが国の王たちだ。

 国の兵力として飼われた黒騎士もいれば、国に属さない流浪の黒騎士もいる。流浪の黒騎士に至っては賊となり村や街を襲ったりする奴と、猛者を捜すプライドの塊だけの奴が居たりする』


 色んな黒騎士がいるってことか。


『そうだ。奴らにとって戦いは生き甲斐だからな。国王の駒に利用され、あちこちで戦争の火種になっている。そんな奴らを黙らせる方法はただ一つ。

 それは圧倒的恐怖を与えてやることだ。

 上には上がいることを体に叩き込んでやるわけだ。それにはより大きな制圧的力が必要となってくる。この世で最も大きな力と言えば一つしかない』


 それがクトゥルク……。だから俺を呼び出すのか?

 

 正解。とばかりに、おっちゃんが俺に人差し指を向けてくる。


『クトゥルクを持っているのはお前だけだからな』


 なぁおっちゃん。


『なんだ?』


 この力って誰かに譲れないのか?


『譲るって誰に譲る気だ? セディスか?』


 いや、できればおっちゃんに。譲るっていうか返したい、この力。


 おっちゃんが顎に手を当て、曖昧に答えてくる。


『さぁどうだろうな? クーリングオフ期間は過ぎたしなぁー』


 なぁおっちゃん。


『なんだ?』


 適当に言って誤魔化したりしてないよな?


『そう思うか?』


 だったら俺と視線を合わせろよ。さっきからなんで俺と目を合わせないんだ?


 視線を合わさず顔を背け、おっちゃんは両頬にそっと手を当てた。

 裏声で言う。


『えーやだ。なにこの感じ。視線を合わせるだけでドキメギしちゃう。なにこれ初恋?』


 図星だろ?


『気のせいだ』


 だったら俺と視線合わせろよ。


 するとおっちゃんが何事もなかったような平然とした顔で、俺と普通に視線を合わせてくる。


『まぁ、あれだ。この世界を何も知らない純粋なお前に嘘言って遊ぶのは楽しいなぁってことだな』


 ……。


 俺は静かに拳を握り締めた。


 なぁおっちゃん。一回試しに全力でおっちゃんに向けてクトゥルクぶっ放してみていいか? 俺、絶対おっちゃんに何か騙されているような気がしてならないんだ。




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