第19話 おいしい食事の裏には何かある。
――これが、ドラゴンの肉?
注文した料理が次々とテーブルを彩る。その中に、ロースト・ビーフのような肉の塊がデンと皿に盛られただけの料理に、俺は目が釘付けになった。
『食ったことあるか?』
あるわけないだろ。ドラゴンなんて居ないよ、俺の世界に。
『そりゃ残念だ。こんなおいしい肉が味わえんとはな』
え? もしかしてうまいのか?
『だからこそお前に食わせてやるんだ。きっと明日になったら「もう向こうの世界には帰りたくないー」と俺に泣きついてくることだろう。そのぐらい美味い』
マジでか!?
俺のテンションが一気に上がる。
『あぁ最高に美味い。肉質はちと硬いが、噛めば噛むほどしっかりとした濃厚な肉の味が出てくる』
噛めば噛むほど? それって肉が硬いってことか?
『まぁな』
答えて。
おっちゃんが肉の塊をナイフで一口サイズの大きさに切り分け始めた。
切りながら言葉を続ける。
『ドラゴンってぇのは牛や豚や鶏と違って、それらの小動物を喰らう捕食生物だ。凶暴かつ獰猛。大きいものになると討伐隊が出たりする。
野を駆け、大空を飛び、全身を使って獲物を捕食する。その為、のんびりと草を食ってぬくぬくと育った家畜の肉とは違い、ドラゴンの肉は脂身が少なく、肉質も硬くしっかりとしている。
そりゃ脂身の多い家畜の方が肉も軟らかいし、それはそれで美味い。だが濃厚な肉汁といえばやっぱりこの、ドラゴンの肉だ。
――まぁ百聞は一見にしかず。とりあえず食ってみろ』
肉を小皿に切り分けてもらい、俺は【刺し串】を手に取った。
この世界の箸の代わりとされる一本串だ。
それを手に持ち、ドラゴンの肉をそれで刺して口へと運ぶ。
口の中で噛む。
たしかに硬い。乾燥した硬さではなく、噛み切れない生肉の硬さだ。
弾力のあるビーフジャーキといった感じか。
何度も何度も強く噛む。
少しずつだがじわじわと、肉から染み出す肉汁が俺の口の中で広がっていった。
たしかに味はマジでうまい。
俺の世界では絶対に味わえない独特で濃厚な肉汁だ。
『うまいだろ?』
たしかにうまい。うまいけど……。顎がすごく疲れる。
おっちゃんが微笑する。
『まぁな。ドラゴンの肉は酒のつまみや保存食としては最高だが、肉質が硬いことからメインディッシュにする奴は少ない。しかしだな、これをもっとおいしく楽しむ裏技がある』
もっとおいしく楽しむ裏技?
尋ねる俺に、おっちゃんは切り取ったドラゴンの肉の小切れを俺に見せながら、
『いいか。この肉をだな、アボデリテと一緒にこのパンに挟んで、そして中にアモネードの果汁をこう、絞って入れ、そして天塩を上からちょいとかけてやる。それを、こうやって、ツイスト状に巻いてだな。
――食ってみろ』
クラフト生地のパンに、蒸し茄子っぽい野菜とドラゴンの肉をのせ、それをツイスター状に巻いたものを、俺はおっちゃんから受け取った。
そのままそれを口に入れて頬張る。
途端に俺は何かにハッとした。
あ……マジでヤバイ、これ。うますぎる。
『どうだ? メインディッシュっぽくなっただろ?』
なんか、なんていうんだろう。このレモンのさっぱりとした酸味な感じと、辛苦くもないしゃりしゃりとした塩の食感が、濃厚なドラゴンの肉の味をさらに引き立てて、それをさらに包み込むようにしてやわらかく蒸した茄子の甘さと、味付けのない素朴で自然なパンの味が後から口の中で合わさって──
『どこの料理評論家だ、お前は』
マジでうまい。
『美味いだろ?』
ほんと、マジ。冗談抜きで。俺の中で一番のうまさだ、これ。毎日食べてもいいレベル。──なぁおっちゃん。おっちゃんが考えたのか? この食べ方。
その問いかけに小猿が口を挟む。
「受け売りじゃよ、小僧っ子」
俺は首を傾げる。
……受け売り?
「戦争に旅立つ最後の晩餐で、ある若者がワシ等にその食べ方を教えてくれたのじゃ。その後そいつは前線へと旅立ち、死んでしまったがな」
おっちゃんが少し苛立たしげにディーマンの名を呼び、会話を止める。
『ディーマン』
小猿は何食わぬ顔で酒をあおり、
「過去の思い出を語って何が悪い?」
『語っていい時と悪い時がある。今は楽しい話をしようじゃないか、ディーマン』
「何を若造が。知れた口を叩きおって……」
ぶちぶちと小猿はふてくされるように、そのまま酒を一気に飲み干した。
よし。と、おっちゃんは手を叩き、すぐさま雰囲気を変える。
『ディーマンの話は気にするな。――じゃぁ次はこの砂エビの蒸し焼きのおいしい食い方を教えてやろう。これは俺が編み出した食い方だ』
言って、おっちゃんは力任せに大きなエビの胴と頭を豪快に折った。
そのエビを見て、俺は思う。
砂エビってオマールエビに似ているんだな。
『オマールエビってなんだ?』
俺の世界にいるんだ。そういうエビが。ってか、砂エビ?
『砂エビは砂エビだ。この街を出てしばらく行くと、そこで色んなモンが見られる』
見られる!?
俺の目がキラリと光る。思わずテーブルから身を乗り出して、
マジで!? どんな感じに!?
『興味津々だな、おい』
当たり前だろ! なんだよそれ、すげー気になる! どんな感じなんだ?
『じゃぁ勇者祭りが終わったら、次はそこに行ってみるか?』
俺はさらに身を乗り出して何度も頷き、おっちゃんに言った。
うん、行く! マジ、絶対行く! ──って、なんだよその顔。
おっちゃんがドン引いた顔で身を引きながら言ってくる。
『……正直、お前がそんなに乗ってくるとは思わなかった』
俺が乗ってきたら悪いのかよ。
『次誘う時はそういうところに連れて行けばいいのか?』
そ、そういうわけじゃないけど……。
身を引くようにして俺はしぶしぶと席に座った。
するとおっちゃんが、さきほどのエビの胴体から一口ほどの身を手に取り、俺に差し出してくる。
『とりあえずは何もつけずに自然の味で食ってみろ』
受け取って。
俺はそれを口に入れた。
引き締まった身の、ぷりっとした弾力感のある新鮮な歯ごたえだった。しかもほんのり薄く塩の味が染み込んでいる。
『じゃぁ次はこのフルーネだ』
フルーネって何?
『フルーネはフルーネだ。そういう木の実がある。まぁこれにつけて食ってみろ』
俺は砂エビの身を受け取り、小皿にあったフルーネと呼ばれる黄緑色のペーストに付けてから口に放り込む。
途端に広がる不思議な味。
うっわ。なんだこれ。ヤバイぐらいにうますぎる。フルーネって梅とマヨネーズと何かを混ぜ込んだみたいな味なんだな。
『何の味だ、それは?』
顔をしかめるおっちゃんの隣で、小猿がさりげなく俺の飲む器に酒を入れようとしてくる。
「小僧っ子よ。これと一緒に飲みながら食べるとさらに砂エビがおいしくなるぞ」
入れられる寸のところで、おっちゃんが慌ててそれに気づいて阻止した。
『待て待て待て待てディーマン。こいつはまだ未成年だ。酒なら俺が飲む』
「なんじゃい、つまらんのぉ」
言って、ディーマンは注ぐことなくそのまま口へと持っていき酒をあおった。
なぁおっちゃん。
『なんだ?』
俺、ふと心配になったんだが。ここの支払いって誰がするんだ? ディーマンがかなり酔っ払っている感じだけど大丈夫なのか? 俺、またここに借金のカタとして残されるわけじゃないよな?
「わしゃーまだ酔っとらんぞ、小僧っ子! 飯代のことなら心配すらな。どんと払ったれる」
……。
だんだんとディーマンのろれつがかなり際どくなってきている。目も座っているし、顔も赤い。なんだか終電で見る酔っ払いの中年リーマンみたいだ。
俺は不安な目でおっちゃんに訴える。
マジなのか? 本当に大丈夫なのか? 完全に酔っ払ってるだろ、これ。
おっちゃんが頷く。
『よし。ここはディーマンの言葉に甘えよう』
甘えようって、こんな感じのディーマンに支払わせるなんて最低だろ、おっちゃん!
余所見した俺の隙を突いて小猿がぶつぶつと何か言いながら俺の飲み物に酒を注ごうとしてくる。
「そういうことで小僧っ子よ、ワシの酒を飲め。今夜はながーく話そうじゃないら」
気付いておっちゃんが慌ててそれを止める。
『うおっ、待て待て待て待てディーマン。それは俺が飲むからこっちに入れてくれ』
寸で注ぎ口を掴み、誘導する。
「む? むぅ……」
諦めるように、小猿は誘導されるままにおっちゃんの器に酒を入れた。
俺は不安におっちゃんに問いかける。
なぁおっちゃん。本当に──
『いいから。今夜は黙ってタダ飯食って、ディーマンが寝込むまでは傍に居てやれ』
何かあったのか?
『……』
しばらくの無言を置いた後。
頭の中で、おっちゃんが重い口調で告げてきた。
『この時期この場所で、ディーマンにとっては古傷が痛むんだ。戦友との忘れられない思い出の場所だからな。誰かがここに来て一緒に飲んでやらねぇと明日のお日様を拝めなくなっちまうのさ』
拝めなくなる?
『深く考えるな。適当に流せ』
言って、おっちゃんは食べ物と飲み物の追加を頼んだ。




