第18話 俺はそういうことを言っているんじゃない!
あれから宿屋を出て。
夜の静かな街中を、俺はおっちゃんと一緒に歩いていた。
なぁ、どこに行こうとしているんだ? おっちゃん。
『いいから黙って俺について来い』
……。
おっちゃんに言われるがままに俺は黙って背を追い、ついていく。
しばらく歩き続けること数十分。
ようやくたどり着いた場所。
それは酒場だった。
──って、おっちゃん。ここ酒場だろ? 俺も一緒に入るのか?
『もちろんだ』
え、だって俺、酒なんて
『じゃぁここで俺が出てくるまで一人で待ってるか?』
絶対嫌だ。
『嫌だもクソもない。どっちかだ』
──って、ちょ! 待てよ、おっちゃん! 強制かよ!
半ば俺を無視するようにして、おっちゃんは俺を置いて一人で酒場へと入っていった。
俺は慌てておっちゃんの背中を追いかける。
そして、店内へと入れば。
店はまだ混みあう時間帯らしく、たくさんの人が食事して酒を飲んでおり、賑やかな話し声が聞こえてきた。
おっちゃんが俺に振り返ってきて言う。
『祭り前だからな』
え?
『だからこんなに人が多いんだ。普段はここまで混んでいない』
ふーん、そうなんだ。──なぁ、おっちゃん。予約はとっているのか?
『必要ない』
そう言って、指を向けた先に。
すでにその席──正確にはテーブルの上──には、小猿のディーマンが居た。
「おーい、こっちじゃ」
小猿が俺たちを見つけるなり俺たちを手招く。
おっちゃんが俺の背中を押してきた。
『飯を食わしてやる』
飯?
『腹へっただろ?』
あ、まぁ少しは……
『その代わり、ディーマンと俺の酒飲みに付き合うことになるがな』
えー。
『えー言うな。タダで飯食うんだろうが。そのくらい我慢しろ』
まぁ……そうだけど。
たしかに俺には金が無い。
するとおっちゃんが俺に人差し指を突きつけて声を落とし、忠告してくる。
『一つ、お前に言っておかなければならないことがある』
なに?
『ディーマンはお前がクトゥルク持ちだということをまだ知らない。会話はバレない程度に合わせろ。適当でいい。フォローはしてやる』
異世界人だってことは? バレてもいいのか?
『問題ない。クトゥルク持ちだってことがバレなければいい』
わかった。
俺が了承したことで。
おっちゃんは俺を連れて小猿が座るテーブルへと歩いていった。
※
小猿の座るテーブル席へとたどり着いた俺たちは、その手前で足を止める。
席に座ろうとする俺をおっちゃんが手で制してきた。
俺は無言でおっちゃんの表情をうかがい、そして内心で尋ねる。
なんで?
『いいからまだ座るな』
声に出さず、おっちゃんが頭の中で俺にそう言葉を返してきた。
すると小猿がすでに酔いまわった目で俺の顔をじっと見てくる。
「む? 新しい異世界人でも見つけたか?」
あれ? 俺のこと、気付いていない?
内心でそう思い、俺は不思議に目を瞬かせた。
変だな。ディーマンとはたしか、セディスの件で一度顔を合わせているはずである。
もしかして俺が目と手以外の全てを服で覆っていたからだろうか?
そう思って俺が口を開きかけたところで、おっちゃんが先に会話を挟んでくる。
白々しく何かを惚けるかのように。
『まぁな。一昨日だったか、そこら辺をうろちょろしていたから保護してやったんだ』
「なぜこんな格好をさせとるんじゃ? 暑かろうに」
『日差しで過剰に水分が奪われるのを防いでいる。全身毛だらけの奴に言われたくないな』
「ふむ。ワシも暑苦しいことに変わりは無いか」
と、小猿は自分の毛を気にするように見つめた。
そしてそのまま視線を俺へと向けてくる。
「ところで何が飲みたい? 小僧っ子よ」
え?
いきなり話を振られて、俺は思わず声に出して問い返してしまった。
おっちゃんが俺を手で制してそれ以上の会話を止める。
『賭けをしようじゃないか、ディーマン。今夜の夕食の支払いを賭けてな』
小猿の目が鋭く変わる。
「ほぉ。サイを投げるか、良かろう。その勝負受けた」
『フリー・ドリンク制で食事付き。こいつにはラズゴラの果実、俺はバーラス酒。ドラゴン肉と砂エビの蒸し焼き、アボデリテとパン、それとフルーネ。全て二人前だ』
小猿が顔を渋める。
「むむ……。前回の痛手を学習して早々と条件を付けてきおったな」
おっちゃんがニヤリと笑う。
『教えはすぐに活かす性格でね』
鼻で笑って小猿。
「ぬかせ、若造が。ワシの前で人生を語るにはまだ早いわぃ」
おっちゃんが懐から何かを取り出し、それを握り締めて隠したまま小猿に向け突き出す。
『いざ、勝負!』
「二・五じゃ」
おっちゃんが内心で俺に呼びかけてくる。
『おい』
俺も内心で答えを返す。
なんだよ。
『俺の手の中に何があるか見えるか?』
は?
『いいから言え。早く』
……。
俺はおっちゃんの手の中をじっと見つめた。
内心でぼそりと答えを返す。
……サイコロが、二個?
『上出来だ。サイコロ面に六つの数字があるのは知っているな?』
あー、うん。
『その意識を保ったまま四と六のサイコロ面をイメージしろ』
なんで?
『今からお前に楽しい魔法の使い方を教えてやる』
楽しい魔法の使い方?
『イメージできたか?』
あ……うん。
『よし』
何かを確信したかのように、おっちゃんは突き出した拳をテーブルに置いた。
そして小猿を真っ直ぐ見据えて言い放つ。
『四・六』
オイ。
おっちゃんがサイコロから手を離せば、そこには四と六の面を示したサイコロがあった。
小猿の顔が一気に険しくなる。
「むむ……ッ!?」
俺は我慢ならずにおっちゃんの胸倉を掴み上げて凄んだ。
歯軋りに内心でうめく。
な・に・が・楽しい魔法の使い方だ! イカサマのやり方教えてんじゃねぇよ!
おっちゃんが内心で俺を宥めてくる。
『まぁ落ち着け。偶然だ』
嘘つけ!
『便利だろ? この魔法。賭博屋に行ったら闇討ちレベルに儲かるぞ』
もっとちゃんとした真面目な魔法を教えろよ!
「ふむ。イカサマか」
まるで心の声が漏れ聞こえていたかのように。
ぽつりと呟く小猿の声に、俺は思わず会話を止めて小猿へと目を向けた。
同時、小猿が俺と目を合わせてくる。
「そうじゃろう? 小僧っ子」
俺はびくりとする。
えっ!? いや、その、えっと……
途端に俺は目を泳がせて挙動不審にオロオロと焦った。
「純粋じゃのぉ、小僧っ子。純真たる心は良きことじゃ。しかしこの世は戦いが全て。戦場ではそれが命取りになるぞ」
言って小猿はサイコロへと手を伸ばすと、サイコロを転がしてその面を二と五に変える。
「ほれ。ワシの勝ちじゃ」
『それで勝ちが通るなら俺もこうする』
すぐにおっちゃんがサイコロの目を四と六に返す。
「む? ならばワシは賭け目を四と六に変えて勝負としよう」
『それで勝負が通るなら俺は二と五に転がそう』
ころりん、と。
おっちゃんが再びサイコロを転がして、サイコロの目を二と五に変える。
それを見た小猿が気難しい顔で腕を組み、唸った。
「むむ……。ならば賭け目を二と五に変えるとするか」
『それで勝負が通るなら俺は──』
いいかげんにしろよ、おっちゃんども。何の勝負してんのかわかんねぇよ、もう。
半眼で言い放った俺のその一言が、二人の勝負を終わらせた。




