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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第三部序章 前編】 バトル・ドラゴンズ
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第18話 俺はそういうことを言っているんじゃない!


 あれから宿屋を出て。

 夜の静かな街中を、俺はおっちゃんと一緒に歩いていた。


 なぁ、どこに行こうとしているんだ? おっちゃん。


『いいから黙って俺について来い』


 ……。


 おっちゃんに言われるがままに俺は黙って背を追い、ついていく。


 しばらく歩き続けること数十分。

 ようやくたどり着いた場所。

 それは酒場だった。


 ──って、おっちゃん。ここ酒場だろ? 俺も一緒に入るのか?


『もちろんだ』


 え、だって俺、酒なんて


『じゃぁここで俺が出てくるまで一人で待ってるか?』


 絶対嫌だ。


『嫌だもクソもない。どっちかだ』


 ──って、ちょ! 待てよ、おっちゃん! 強制かよ!


 半ば俺を無視するようにして、おっちゃんは俺を置いて一人で酒場へと入っていった。

 俺は慌てておっちゃんの背中を追いかける。


 そして、店内へと入れば。

 店はまだ混みあう時間帯らしく、たくさんの人が食事して酒を飲んでおり、賑やかな話し声が聞こえてきた。

 おっちゃんが俺に振り返ってきて言う。


『祭り前だからな』


 え?


『だからこんなに人が多いんだ。普段はここまで混んでいない』


 ふーん、そうなんだ。──なぁ、おっちゃん。予約はとっているのか?


『必要ない』


 そう言って、指を向けた先に。

 すでにその席──正確にはテーブルの上──には、小猿のディーマンが居た。


「おーい、こっちじゃ」


 小猿が俺たちを見つけるなり俺たちを手招く。

 おっちゃんが俺の背中を押してきた。


『飯を食わしてやる』


 飯?


『腹へっただろ?』


 あ、まぁ少しは……


『その代わり、ディーマンと俺の酒飲みに付き合うことになるがな』


 えー。


『えー言うな。タダで飯食うんだろうが。そのくらい我慢しろ』


 まぁ……そうだけど。


 たしかに俺には金が無い。

 するとおっちゃんが俺に人差し指を突きつけて声を落とし、忠告してくる。


『一つ、お前に言っておかなければならないことがある』


 なに?


『ディーマンはお前がクトゥルク持ちだということをまだ知らない。会話はバレない程度に合わせろ。適当でいい。フォローはしてやる』


 異世界人だってことは? バレてもいいのか?


『問題ない。クトゥルク持ちだってことがバレなければいい』


 わかった。


 俺が了承したことで。

 おっちゃんは俺を連れて小猿が座るテーブルへと歩いていった。




 ※




 小猿の座るテーブル席へとたどり着いた俺たちは、その手前で足を止める。

 席に座ろうとする俺をおっちゃんが手で制してきた。

 俺は無言でおっちゃんの表情をうかがい、そして内心で尋ねる。


 なんで?


『いいからまだ座るな』


 声に出さず、おっちゃんが頭の中で俺にそう言葉を返してきた。

 すると小猿がすでに酔いまわった目で俺の顔をじっと見てくる。


「む? 新しい異世界人でも見つけたか?」


 あれ? 俺のこと、気付いていない?


 内心でそう思い、俺は不思議に目を瞬かせた。

 変だな。ディーマンとはたしか、セディスの件で一度顔を合わせているはずである。

 もしかして俺が目と手以外の全てを服で覆っていたからだろうか?

 そう思って俺が口を開きかけたところで、おっちゃんが先に会話を挟んでくる。

 白々しく何かを惚けるかのように。


『まぁな。一昨日だったか、そこら辺をうろちょろしていたから保護してやったんだ』


「なぜこんな格好をさせとるんじゃ? 暑かろうに」


『日差しで過剰に水分が奪われるのを防いでいる。全身毛だらけの奴に言われたくないな』


「ふむ。ワシも暑苦しいことに変わりは無いか」


 と、小猿は自分の毛を気にするように見つめた。

 そしてそのまま視線を俺へと向けてくる。


「ところで何が飲みたい? 小僧っ子よ」


 え?


 いきなり話を振られて、俺は思わず声に出して問い返してしまった。

 おっちゃんが俺を手で制してそれ以上の会話を止める。


『賭けをしようじゃないか、ディーマン。今夜の夕食の支払いを賭けてな』


 小猿の目が鋭く変わる。


「ほぉ。サイを投げるか、良かろう。その勝負受けた」


『フリー・ドリンク制で食事付き。こいつにはラズゴラの果実、俺はバーラス酒。ドラゴン肉と砂エビの蒸し焼き、アボデリテとパン、それとフルーネ。全て二人前だ』


 小猿が顔を渋める。


「むむ……。前回の痛手を学習して早々と条件を付けてきおったな」


 おっちゃんがニヤリと笑う。


『教えはすぐに活かす性格タチでね』


 鼻で笑って小猿。


「ぬかせ、若造が。ワシの前で人生を語るにはまだ早いわぃ」



 おっちゃんが懐から何かを取り出し、それを握り締めて隠したまま小猿に向け突き出す。


『いざ、勝負!』

「二・五じゃ」


 おっちゃんが内心で俺に呼びかけてくる。


『おい』


 俺も内心で答えを返す。


 なんだよ。


『俺の手の中に何があるか見えるか?』


 は?


『いいから言え。早く』


 ……。


 俺はおっちゃんの手の中をじっと見つめた。

 内心でぼそりと答えを返す。


 ……サイコロが、二個?


『上出来だ。サイコロ面に六つの数字があるのは知っているな?』


 あー、うん。


『その意識を保ったまま四と六のサイコロ面をイメージしろ』


 なんで?


『今からお前に楽しい魔法の使い方を教えてやる』


 楽しい魔法の使い方?


『イメージできたか?』


 あ……うん。


『よし』


 何かを確信したかのように、おっちゃんは突き出した拳をテーブルに置いた。

 そして小猿を真っ直ぐ見据えて言い放つ。


『四・六』


 オイ。


 おっちゃんがサイコロから手を離せば、そこには四と六の面を示したサイコロがあった。

 小猿の顔が一気に険しくなる。


「むむ……ッ!?」

 

 俺は我慢ならずにおっちゃんの胸倉を掴み上げて凄んだ。

 歯軋りに内心でうめく。


 な・に・が・楽しい魔法の使い方だ! イカサマのやり方教えてんじゃねぇよ!


 おっちゃんが内心で俺を宥めてくる。


『まぁ落ち着け。偶然だ』


 嘘つけ!


『便利だろ? この魔法。賭博屋に行ったら闇討ちレベルに儲かるぞ』


 もっとちゃんとした真面目な魔法を教えろよ!


「ふむ。イカサマか」


 まるで心の声が漏れ聞こえていたかのように。

 ぽつりと呟く小猿の声に、俺は思わず会話を止めて小猿へと目を向けた。

 同時、小猿が俺と目を合わせてくる。


「そうじゃろう? 小僧っ子」


 俺はびくりとする。


 えっ!? いや、その、えっと……


 途端に俺は目を泳がせて挙動不審にオロオロと焦った。


「純粋じゃのぉ、小僧っ子。純真たる心は良きことじゃ。しかしこの世は戦いが全て。戦場ではそれが命取りになるぞ」


 言って小猿はサイコロへと手を伸ばすと、サイコロを転がしてその面を二と五に変える。


「ほれ。ワシの勝ちじゃ」

『それで勝ちが通るなら俺もこうする』


 すぐにおっちゃんがサイコロの目を四と六に返す。


「む? ならばワシは賭け目を四と六に変えて勝負としよう」

『それで勝負が通るなら俺は二と五に転がそう』


 ころりん、と。

 おっちゃんが再びサイコロを転がして、サイコロの目を二と五に変える。

 それを見た小猿が気難しい顔で腕を組み、唸った。


「むむ……。ならば賭け目を二と五に変えるとするか」

『それで勝負が通るなら俺は──』


 いいかげんにしろよ、おっちゃんども。何の勝負してんのかわかんねぇよ、もう。


 半眼で言い放った俺のその一言が、二人の勝負を終わらせた。




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