第13話 ホラー洋画では大抵、動物の吠える声が聞こえてきたら何かが起こる前兆である
もう、どう思われてもいいや。
俺は彼女との会話を諦め、半ばふて腐れるようにカウンターへとうつ伏せた。
しばらくして。
なにやらカチャカチャと軽い物音が聞こえてくる。
ふと気になって、俺は顔を上げた。
そのまま音のする方へと目を向ける。
物音の原因──距離を置いて座っていた彼女が、まるで自室でくつろいでいるかのようにティータイムを始めていたのだ。
俺はそれを見て唖然とする。
なんでくつろいでいるんだ? この人。
すると彼女が自前らしきカップをかわいらしく両手で持ち、カップをちょっとだけ口に当てると、そのまま澄まし顔でチラリとこちらに目を向けてきた。
「……」
だからといって何を言ってくるわけでもない。
無言でただこちらを見ただけ。
もしかして何か言いたいことでもあるんだろうか。
俺は思い切って彼女に話しかけてみた。
あの──
彼女がフイと俺から視線を外し、カップの飲み物を無言で飲み始める。
完全無視されてしまった。
彼女の前にあるカウンターでは、毛むくじゃらの生き物が身丈ほどもあるポットを懸命にもう一つのカップに傾けながら執事のごとく準備をしている。
……もう一つのカップ?
俺は窓の外へと視線を向けた。
そういや、外で誰かもう一人ほど話し声が聞こえてきたような。
随分と長い立ち話である。
外の様子はここからではあまりよく見えない。
気のせいか、会話が聞こえていないようにも思えた。
もしかしたら少し離れた場所で会話しているだけなのかもしれない。
きっと竜人に高額な支払い金を吹っ掛けられて話が長引いているんだろう。
カウンターに座る彼女も、きっと俺と同じ運命を辿ってしまうに違いない。
まだ何も知らないんだろうな。
俺は無言で彼女へと視線を移す。
彼女はそんなことなど知らぬ顔で暢気に一人、ティータイムを楽しんでいる。
ふと。
――ん?
カウンターへと視線を落とせば。
毛むくじゃらの生き物が、飲み物の入ったカップを懸命に引きずりながらこちらへと運んできている。
な、何してるんだ? ってか、そのカップをどこへ運ぶ気だ?
俺の方向ということもあり、俺はしばらくその生き物を観察していた。
やがてコップは俺の前で静止する。
毛むくじゃらの生き物が両の裸手を大きく振って「おーい」と言いたげに俺の前で存在アピールをしていた。
どうやらもう一つのカップは俺の為に準備してくれていたようだ。
だけど、なんで?
俺は不思議に首を傾げる。
すると横から声が掛かった。
「お茶……飲みなさいって。その生き物はそう言っているわ」
透き通るように澄んだ声音だった。
彼女が初めて俺と会話してきたのだ。
カップを口につけたまま、きれいな真紅の瞳で真っ直ぐに俺を見つめて、彼女は淡々と言葉を続ける。
「不思議な人ね。その生き物は私以外の人に飲み物を出さないし、そうやって懐いたりしないの」
え? そうなのか?
彼女はこくりと頷く。
「えぇ」
ふーん。
「せっかくだから飲んであげて。きっとその子も喜ぶわ」
――え、あ、うん。……ありがとう。
彼女に勧められて。
俺はようやくカップを手にした。
カップを手にしたことで、毛むくじゃらの生き物が嬉しそうに小踊りし、そしてぺこりと辞儀してきた。
あ。こちらこそ、どうもありがとう。
なんとなくそんな気がして。
俺もそう言葉を返して頭を下げた。
すると毛むくじゃらの生き物は嬉しそうにジャンプして喜び、そのままカウンターをスキップしながら彼女の元へと戻っていった。
その様子を見送ってから。
俺は目元付近まで覆っていた布を喉元までずらして顎に引っ掛け、そしてカップを口へと運ぶ。
一口飲む。
お茶というよりは飲みやすいストレートな紅茶に近い味だった。
喉が渇いていたこともあり、俺はそのまま残りの紅茶を一気に喉へと流し込んだ。
彼女は俺のその様子を見た後、上品に紅茶を一口飲んだ。
そしてぽつりと呟く。
「もしかしてあなた、私と同じ歳?」
え?
「さっきまで顔を隠してたから気付かなかったけど、私とあまり歳が変わらなさそう」
たぶん……。そう、かもしれない。
俺は曖昧に言葉を返した。
そしてすぐに目元付近まで覆い隠す。
「なぜ隠すの?」
いや、なんとなく……。
なぜかわからないが俺は無意識に彼女を警戒してしまった。
気のせいだろうか。
純粋そうな雰囲気の中に何か触れてはいけない危険なものを感じる。
ふと、彼女がぽつりと言う。
「フィーリア」
え?
「それが私の名前。あなたは?」
俺は……。
すぐに答えられなかった。
「……」
すると彼女は静かに手持ちのカップをカウンターへと置いた。
視線を落とし、静かに告げる。
「気のせいかしら。あなたとはどこかで会った気がするの。とても懐かしい記憶。あれは……どこだったかしら?」
俺は初対面ですけど。
「そう。なら人違いね」
素っ気無く言葉を返され。
……。
「……」
そして会話は無くなった。
もしかして何か傷つくことを言ってしまったのだろうか。
フォローになるような言葉を一言添えておくべきだったかもしれない。
しかし気の利くセリフは何一つ思い浮かばないまま。
しばらくして。
俺は突然、激しい吐き気に襲われる。
思わず反射的に口を手で覆う。
体の奥底から込み上げてくる暴れんばかりの強い力。
――この感じ、クトゥルク!
だが、なぜ? なぜ今になってこの力が!
俺はヤバイと思うと同時に意識を失い、彼女の前から忽然と姿を消した。




