第12話 隻眼の少女
しばらく外で話し声が聞こえてきた後。
会話も終わらぬまま、一人の少女が落ち着いた様子でそっと扉を開き、家の中へと入ってくる。
誰だ?
俺は扉へと視線を向けた。
片目を包帯で覆った隻眼の少女だった。
背中まである長い髪をゆるく編みこんで垂らしただけの風貌と、そして物静かな印象。
歳は俺とさほど変わらないように見える。
服装は控えめな町娘風のワンピース。
まぁどこにでも居そうな普通の少女、といった感じか。
その少女は一度ちらりと俺を目にし、無言のまま澄まし顔で俺から距離を置いた席にちょこんと腰掛ける。
彼女に愛想はない。
どちらかというと警戒されているような、そんな雰囲気だった。
どうやら知り合い以外には笑顔を見せないタイプのようだ。
優等生というよりは王女様といったような、そんな隠しきれない気品のようなものを感じる。
「……」
俺が物言わずジッと見ていたせいだろう。
彼女はもう一度だけチラリと俺に目を向けてきた。
俺は静かに彼女から視線を外す。
そして知的に考え込むようにしてカウンターに肘を置くと、両手を軽く組んでその上に顎を乗せた。
そのまま俺は自嘲するように小さく笑う。
カウンターに変な人がいる。――きっとそう思われているんだろうな。
このものすごく離れて座られている距離感。絶対そう思われているに違いない。
自分で言うのもなんだが、格好からして年齢性別の区別がつかないほど俺は充分に怪しい。おまけに手首には鎖付きの手錠がつけられている。
もし俺が彼女の立場だったら絶対にお近づきにはなりたくないと思う。
ふいに。
彼女の肩越し──長い髪からそっと顔をのぞかせるように、一匹の毛むくじゃらな生き物が姿を見せた。
あまりに似ているその姿に、俺は思わず声に出してしまう。
モップ!
彼女が無言でびくりと身を震わせた。
俺は慌てて両手を振って謝る。
ご、ごめん! 驚かせるつもりじゃなかったんだ! その、あの、えっと、君の肩にいる生き物が俺の相棒っていうか仲間に似ていて、その、つい──
「男……?」
小首を傾げながら不思議そうに、彼女は言葉を口にする。
えっと。
俺は覆面の上からぽりぽりと頬をかいた。
こういう場合は素直に名乗るべきなのだろうか。
いや、ダメだ。
異世界人というのがバレてはいけないんだからコードネームは名乗れない。
──と、なると俺の口から言えることはただ一つ。
俺は彼女と向かい合うようにして座り直すと、真顔で告げた。
俺は……けして怪しい者ではありません。
こうして。
彼女がさらに距離を置いて座り直すとともに、俺の怪しさは頂点に達したのだった。




