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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第一部】 おっちゃんが何かと俺の邪魔をする。
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第9話 目覚めてみれば、大変なことになっていた


 俺はそっと目を開いた。

 久しぶりに得るような感覚だった。


 そういえば宿題がまだ途中だった気がする。


 そんなことを思い浮かべながら。

 目覚めて見えてきた景色は、なぜか自分の部屋ではなく病院の一室だった。

 四人部屋の一室。

 その入院患者の一人として、俺はベッドで横になって寝ている。


 夢、か……。


 俺はそのまま静かに目を閉じていった。


 ……。



 ──しばらくして。


 俺はハッと目を大きく開いた。

 しだいにはっきりしてくる意識。冷水をかけられたかのように俺は感覚を取り戻す。


 ど、どういうことだ!? なんで俺、病院にいるんだ?


 活発する脳とは裏腹に体の目覚めは遅い。

 声が思うように出せない。

 体の反応が鈍い。


 俺の身にいったい何が起こったんだ!?


 そんな折、仕切られたカーテンの向こうから俺の母親が姿を見せる。

 俺を見るなり顔を固め、手に持っていた花瓶を力なく床に落とす。

 派手な音を立てて花瓶が床で砕け散った。

 その音に俺も驚いたが、俺の向かいで寝ていた人が気の毒なくらいにびっくりして飛び起きていた。

 母親は取り乱したように「先生! 先生!」と叫びながらどこかへ走っていった。


 ……。


 とりあえず今が夢なのか現実なのかよくわからなかったが。


 ようやく冷静さを取り戻した俺は、何事もなかったかのようにゆっくりと体を起こしてベッドの上に座りこんだ。



 ※




 どうやら俺はあれから三日も寝ていたらしい。


 最初に俺の異常に気付いたのは母さんだった。

 あの日は顔色が悪かったこともあり、俺が勉強していたあの夜、普段は滅多に部屋に来ないはずの母さんがその日は何気に様子を見に来たんだそうだ。虫の知らせがしたと言っていた。俺が机にうつ伏せて寝ているのを見てベッドで寝るよう揺すり起こしたらしい。そしたらいきなりだらりと椅子から滑り落ちて床に倒れたから大慌てで残業中の父さんに連絡をとって、その後救急車で搬送されてそのまま即入院となったらしい。


 ──って、俺の話ちゃんと聞いているのか? おっちゃん。


『聞こえている』


 どういうことか説明しろ。


『説明するも何も最初の時に話してやっただろうが』


 俺があっちの世界で過ごしたのは二日だ。なぜこっちの世界で三日も寝ていることになっているんだ?


『あとの一日分はお前の脳が本気で寝ていたってことだ』


 いや、意味わかんねぇよ。


『ペナルティーの話をしてやっただろう。お前がこっちの世界で馬鹿でかい力を使えば使うほど目覚める時間がどんどん延びていくってことだ。わかったか?』


 元の世界に戻れないってそういう意味だったのか?


『たしかそんな仕組み、だったはず……』


 はず?


『もう一回説明書を読んで確認してくるから待ってろ』


 ちょ、待て! 説明書ってなんだ!


 ぶつり、と。

 電話が切れたような音が頭の中で響いた。


 え? これ電話なのか? 俺、今まで知らないおっちゃんと頭の中で通話していたのか?


 ……。


 何の反応も返らなかったので。

 俺はため息とともにベッドに寝転がった。


 そのまましばし、天井を見つめる。


 ……暇だ。


 時間だけが淡々と過ぎていく。

 窓へ目を向けても、隣の病棟となる建物が見えるだけ。

 天気は晴れ。

 俺は再び天井へと目を向ける。


 ……暇だ。

 あ、なんかテレビやってねぇかな?


 俺はベッドから身を起こすと、ベッド脇のテレビへと視線を向けた。

 テレビのリモコンを手に取ってスイッチを押す。


 しかし。

 テレビに電源は入らなかった。

 そのテレビの横に見える『テレビカードを入れてください』の文字。


 ……。

 ため息を吐いて。


 俺は仕方なしにリモコンを置いてベッドを降りると、テレビ台の下の開き戸から小銭入れを取り出した。


 暇だし下の売店から週間漫画とジュースでも買いに行くか。

 あれ? そういや母さんが先生と別室で話すと言ったきり、ずいぶんと帰りが遅いな。そんなに長い話なのか?

 あ、そうか。きっと俺が目を覚ましたことを父さんにも連絡しているんだろう。

 いつまでかかるんだろうな。

 黙ってここを離れてもいいだろうか。

 

 ま、いっか。ちょっと下の売店に行くだけだし、すぐ戻ってくれば。別に居なくなったからと捜されていたとしても病院内に居るわけだし、そんな大事にはならないだろう。


 俺は小銭入れを手に、病室から出て行った。



 ※



 病院の売店はあくまで売店であって本屋じゃない。

 しかも小さな売店だったらなおさらである。

 今週号の少年漫画雑誌はすでに売り切れた後だった。

 売店での雑誌の取り寄せは原則やっていないらしい。取り寄せても退院して買いに来ない人がいるからだとか。

 俺はため息を吐いた。

 仕方ない。読み損ねた今週号は朝倉にでも借りて読もう。

 諦めて、棚に残っていた月刊漫画雑誌に目をやる。

 気だるく月刊漫画雑誌を手に取り、背表紙のページをめくる。

 この雑誌に載っている漫画って二つぐらいしか読みたいやつがないんだよな。まぁでも暇つぶしにはちょうどいいか。面白いやつが出ているかもしれねぇし。


 俺はその漫画雑誌とスポーツ飲料をレジに出した。

 小銭入れから金を取り出し、レジのおばちゃんに支払う。

 すると、


「あら。百円玉の中にゲームセンターのコインが混ざっているわよ」


 俺は思わず二度見した。


 な、なんだよこれ! どういうことだ!? なぜあっちの世界の銀貨がこんなところに!?


 俺は顔を真っ赤にして急いで銀貨を回収すると、小銭入れから百円を取り出してレジに置いた。

 間違えたことの恥ずかしさと焦りもあって、銀貨を小銭入れに仕舞う際に入れ損ない、床に落としてしまう。

 銀貨は転がり、廊下の向こうへと行ってしまった。


 音が聞こえてきたからか、おばちゃんが俺に尋ねてくる。

「あら、落としたの? 大丈夫?」


 平気です、ありがとう。

 俺は礼を告げて漫画雑誌と飲み物を手に取ると、転がった銀貨を追いかけた。


 銀貨の転がった先には一人の小学三年生くらいの男の子が立っていた。


 服装がパジャマではないことからして入院している感じではなさそうだ。とすると、親に連れてこられて誰かの見舞いで来たのだろう。

 そいつは足元に転がってきた銀貨を拾い上げると、それをじっと見つめていた。


 俺は駆け寄り、そいつに言う。


 悪いな、それ俺のなんだ。


 そいつは俺を見上げて、あどけない表情でニコリと笑う。

「これ、お兄ちゃんのコイン?」


 あぁ。そうなんだ。返してくれないか?


 俺が手を差し出すと、そいつは素直に銀貨を返してきた。


 サンキュー。


 俺が銀貨を握り締める直前で、そいつはいきなり手の中にコインを隠す。

 このガキ……!


 そいつの表情が急に企みある笑みへと変わった。

「ふーん、そうなんだ。あの世界の銀貨を知っているなんてすごく興味があるなぁ」


 俺に嫌な予感が走る。


「僕のコード・ネームは【9】。お兄ちゃんのコード・ネームを教えてよ」


 こ、こーどねーむ? なんのことだ? ゲームの話かな? ははは。


 俺は白々しく惚けた。そして銀貨を返すようもう一度催促する。

 するとそいつは銀貨をさらに隠すように引き寄せて尋ねてきた。


「それって言えないってこと? それとも言わないだけ?」


 俺のイライラは頂点に達する。

 

 どうでもいいから返せコラ。


 そいつは銀貨を背に隠し、俺の顔をうかがうように言葉を続けてくる。

「交換条件。お兄ちゃんのコード・ネームを先に教えてよ。そしたらこの銀貨返してあげる」


「マサキ!」

「あ、ママ」


 廊下の向こうから女性の声が聞こえてきたかと思うと、靴のヒールを鳴らして憤怒の形相で走り寄ってくる。

 どうやら女性はこの男の子の母親だったようだ。

 女性は男の子の前に座り込むと言い聞かせるようにして説教を始める。


「どうしてすぐそうやって人に意地悪をするの? 優しい子になりなさいってママはいつも言っているでしょう。その手に持っている物をすぐに返しなさい。お兄ちゃんが困っているのがわからないの?」


 そいつ──マサキは「はぁ」とだるそうにため息を吐いてから半ば投げやり気味に俺に銀貨を返してくる。


「返す」


 俺は銀貨を受け取った。

 彼の母親が俺に謝ってくる。


 いや別に、返してもらえればそれでいいです。


 マサキは母親に手を引かれて連れて行かれる。

 去り際に俺に指を突きつけて、


「絶対お兄ちゃんのこと見つけてやるから」



 ※



 売店のある一階からエレベータに乗り、五階のボタンを押す。

 扉が閉まり、二階、三階と上がっていく階の番号を見つめながら俺はため息を吐いた。


 変なガキに会っちまったなぁ。


『自分がKだとバレたらどうしようってか?』


 いたのか、おっちゃん。


『まずはお前に謝ろうと思う』


 なんだよ突然。


『お前さ、あっちの世界で銀貨もらったらポケットに入れる癖やめような』


 ん?


『アイテム袋を渡してなかった上に説明していなかった俺が悪いんだが……。その銀貨だけ、妙なところに転送してきただろ?』


 お前の仕業だったのかよッ!


『次からはアイテム袋をオプションにつけてやるから、ちゃんとその中に入れるようにしような?』


 もう遅ぇよ! すでに恥かいた後だよ!


『スライムをポケットに入とかなくて良かったな。お前あれ、レジで出したら頭疑われるレベルだからな』


 出さねぇよ!


 エレベータが五階に到着し、扉が開く。

 俺はエレベータを出て廊下を歩き出した。


 歩きながら頭の中でおっちゃんと会話を続ける。


 おっちゃん、今までどこで何してた?


『教えない』


 またかよ。


『ところでお前、もうこっちの世界には来ないのか?』


 行かねぇよ。現実世界でこんな感じになるんだったら俺はもう二度と行かない。


『こっちで出会ったリラさんとかいうエルフのことは気にならないのか? ゼルギアのことは? あの後みんなどうしているかなぁとか、そんなん気にならないのか?』


 さっきからグチグチとうるせぇな。どうせゲームの世界のことなんだろ? ここが俺の現実。ここが俺の居る世界だ。


『だーから、お前はこっちの世界の人間だっつってんだろ』


 もういいよ、その話は。


『あのなぁ。俺の話はちゃんと素直に聞き入れておくべきだ。たまに本当のことを言う時もあるからな』


 わかった。だったら今すぐ本当のことを全部話してくれ。そしたら俺もおっちゃんのこと信じるよ。


『そうか。だが断る』


 じゃぁ今の話は無しだ。


『何言っても平行線だな、お前とは』


 だったら素直に俺の頭の中から消えてくれ。


『あとで泣きついてきても知らんからな!』


 誰が泣くか。


 ──ん?


 自分の病室前に差し掛かった時。

 廊下で母さんと話す同級生の女子を見かける。

 長いストレートの黒髪にスラリとしたスタイル。


 アイツ、綾原奈々じゃないか。なんでこんなところに?


 あの成績優秀な綾原と会話を交わすことなんて今までなかった。そのせいか、俺は思わず廊下の角に入って身を隠す。


 なんでだろう。なんかドキドキしてきた。

 俺は胸服を片手でぎゅっと握り締める。

 そして、そろりと。

 恐る恐る角の向こうから様子を覗き込む。


 母さんと綾原が親しそうに話をしている。

 どういうことだ?


 結局俺は、綾原が帰るまで壁の向こうに隠れていた。



 ※



 綾原奈々(あやはら・なな)。

 成績は常に首席。生徒会長書記を任されている。

 彼女の第一印象を告げるとすれば知的美人。しかしそれを台無しにするかのごとく無口で無愛想で友達付き合いが悪い。常に一人ぼっちで参考書や難しい本ばかりを黙々と読んでいる。同級生に話しかけられても不機嫌に答えるか無視した態度をとるかのどっちかだ。同級生からは不評でも教師からの評判は上々だ。真面目で学校の校則はきちんと守る、まさに学校を代表するような優等生タイプである。


 あの綾原が、俺に?


「えぇ、そうよ。学校を休んでいた分の授業を全部ノートにまとめて書いてわざわざ持ってきてくれたのよ。しかもお見舞いに果物まで持ってきてくれて。あぁいう子がお嫁さんになってくれたらお母さんすごく嬉しいんだけどなぁ」


 バーカ。俺と綾原はそんなんじゃねぇよ。ありえねぇっつーの。


「リンゴとぶどうがあるけど、どっち食べる?」


 どっちでもいい。


「じゃぁリンゴにするわね。お母さんすごく食べたいから。向こうの食堂を借りてリンゴ剥いてくるから」


 あーうん、わかった。


 俺はベッドに移動すると、雑誌と飲み物を放り、ベッドに腰掛けた。

 そして母さんから受け取った綾原のノートを何気にぱらぱらとめくっていく。

 女の子の書く字はほんと小さくてかわいい。

 すごく丁寧な字で、しかも色ペンマーカーもきれいに使われていて、わかりやすく解説もついているし、テストに出るところとか重要ポイントを抜き出して書いてくれている。

 なんかこう、女の子だなぁって感じで妙に気持ちがくすぐったい。


『これが恋というものなのか。なんかこう、こっちまで胸がドギメギしてくる』


 うるせぇ。話しかけてくんな。


『さっきはごめんな。俺、お前に話しかけてもらえねぇとすげー寂しい』


 どんだけ孤独なんだよ!


『孤独じゃない。孤高の一匹狼を貫いているだけだ』


 自分に言い聞かせているだけだろ、それ。


『そろそろゲームの世界に行ってみたいなーって気持ちにならないか?』


 行かないっつってんだろ。しつこいな。


『仕方ない。こうなったら別の手を考えてくるしかない』


 ──自動音声案内に切り替えます。しばらくこのままでお待ちください──


 おい、おっちゃん! なんか頭ン中で変なのが流れてきたぞ!



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