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蒼天に帰す  作者: ととり
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こんにちは、日常

ポカーンが脱力感に変わり、もうなにこれわけ分かんないと鼻の奥がつんとする号泣する準備までしておいて見覚えのないはずの景色に違和感がないことに気がついた。



どういうこと?いやおかしいのだ。

私は、「私」ではないのに、私を知っている気がするんだ。



だってそろそろ起きないと、今日の予定分の薬が作れないし、学校の課題だって今朝最後までまとめてしまおうと思っていたじゃないか。



いや、違う。そろそろ起きないといけないのは今日が平日で、仕事に行く準備をしなければならないからだ。



なんだか矛盾する2つの思考がグルグルと頭のなかを巡って、不可思議なそれに首を傾げると肩の上をサラリとした長い髪が滑り落ちる。薄く緑がかった茶色い髪。また違和感。先週美容院で染めたばかりの髪は春らしいバイオレット系のブラウンになっているはずだけれども、そもそもショートボブの「私」の髪は鏡でも見ない限り確認できないはずなのだ。



ベッドからそう離れていない位置にある窓に映り込む少女は、こちらを深い青色の瞳で見返している。

そうだ。これが「私」だもの。何もおかしいことなんてないはずなのに、なぜこんなに頭の中がグチャグチャするんだろう。これじゃあなんだか、私が2人いるみたいじゃない。



自分の現実離れした思考がおかしくて小さく笑って、ベッドサイドにおいた髪留めをとって素早く髪をまとめた。



だって私は、学園に在籍する「学生」である私は、朝早く課題を片付けようと起きたはずなのだから。







シエナ大陸の中枢は、歴代の戦女神と呼ばれる女帝によって統治された王都だ。華やかで多くの歴史と富と文化の栄えるその土地に憧れるものは多く、戦乱の時代を遠い過去と呼べるまではまだ日の浅いこのガイエン王国において、城に務めるもの、強いては国家そのものに務めるということは何者にも代えがたい名誉である。



大陸の列強と称される我が国の特徴とも呼べるものが、国家の将来を担う人材の育成に力を入れる学園の存在だ。王都から続く諸侯の領地を挟んで、「神聖なる森」や「清廉なる泉」といった恵まれた自然に守られた聖都にそれは聳え立っている。基礎教養を主とした下級学科から、専門教養に発展させた上級学科まで合わせて数千人の生徒を許容する大規模学園都市がそこにある。



そして、私、レシュハルナもここの一学生である。




そう、そうなのだ。



「…レシュハルナ・セリスタ、魔術学科、魔法薬学科専攻。学園上級課程4年生、っと」



生徒手帳にはぎこちなく微笑むやや幼さの残る少女が写っている。個人証明書としても使える魔写機によって撮られた「写真」である。所属過程の上の欄には、15ネスト、つまり15歳、この学年の適正年齢より一つ下に当たる年齢が書かれている。

そこは記憶と相違なく、レシュハルナは術師としても薬師としても師と仰ぐ人物について学んだ期間がある分、教養が高かった。そのための一学年飛び級を、上級学年に進級する際に果たしている。

上級学年は6年間、大体18歳で卒業しすることになる。その後は各自学んだことを活かした職に就く事になるのがこの国における通例である。


じっと写真に映る少女を見つめてみる。それは窓ガラスに映り込む「自分」の姿に違いない。うん。何もおかしいことはないのだ。夢見でも悪かったのだろうか。ざわざわと落ち着からない心臓に手をやって、今日も日課の調剤から始めようと寝間着に手をかけた。



「キリリ草とウガンタク8セット、っと」


本日分の出荷薬品をまとめ終えて、個人依頼の分の調合へと取り掛かる。初等学科の頃に弟子入りして、今では劇薬や毒薬といった危険性と制作難度の高い薬剤まで調合をこなせるようになった。

師匠は、なんというか、あまり社交性のない人なので、店に並べたり、特定の業者からの依頼の調整をしたりなんて仕事も今では一人でこなしてしまっている。それもこれもアルバイト代があればこその働きなのでレシュハルナも今更いちいち文句を言ったりはしない。



とんとん、と軽快に駆け上がった階段の上の部屋には「ちょっと人付き合いが苦手な師匠」の部屋がある。ばーん!と勢い良く蹴り開けて、助走をつけて斜め45度腹部めがけて頭から突っ込むと「ぐふっ」とか「げぁぁぁぁ…」とかちょっとおかしな声が聞こえるけれど、師匠をすみやかに起こすのも弟子の仕事である。別に自分だって朝が苦手で、朝っぱらから働かされる鬱憤なんて溜まっていないったらないのだ。



ベッドにダイブして乱れた髪を直しながら、ぱっと衣服を払いよれをとって立ち上がる。

見下ろす布団からははちみつ色の髪をした若い男が苦悶の表情を浮かべて顔だけ出している。その目が潤んでいるのはかわいい弟子に起こしてもらえた感動からだろうか?にっこりと笑顔を浮かべて、こちらを見上げる視線に返す。




「師匠、朝ですよ」




そうして今日も、いつもと変わらない一日が始まるのだ。











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