俺、女の考えている事ってよく分かんないっす。
はあ……。
本当についていないわ、私って。
急死した父の代わりに理事長に就任してまだ1ヶ月だと言うのに。
本職の会社の経営の傍ら、私立中学の学園理事だなんて。
正直、手に余る仕事だった。
でもなんとか頑張って、ようやく仕事と理事とを両立してこれたと思ったのに。
「……まさか、こんな奇想天外な事が起こるなんて、ね……」
◆◇◆◇
たまたま今日は立て込んでいた会社での事案に一定の目処が立ち。
校長に任せっきりだった学園運営の仕事に戻ってきた矢先。
学園全体が、黒い『闇』に包まれ。
気が付けば理事長室の窓からは見知らぬ荒野が広がっていた。
そして、しばらくの混乱の後、押し寄せてきた『軍勢』。
窓から眺めた『それら』は、まるで悪魔の軍団のような、地獄絵図そのものだった。
すぐさま校長を呼び出し、事態の把握と校内放送を呼びかけはしたが……。
別の方角からは騎士の格好をした軍勢と。
さらに別の方角からは、まるで魔法の世界から現れたような魔術師のような格好をした軍勢。
いきなり、こんな光景を目の当たりにさせられて、混乱しない方がおかしい。
そして各方面で状況を把握しようにも。
テレビは映らない。
インターネットもラジオも付かない。
携帯電話は圏外を示している。
もちろん固定電話も全て全滅。
私は、焦った。
いままで、これと言って失敗を犯したことのない私は、余計この事態に焦ってしまった。
怖い―――。
得体の知れない恐怖が私を覆い尽くす。
それもそのはず。
窓の向こうからやってくる『悪魔の軍勢』を目の当たりにしてしまったから。
私は、一体どうなるの―――?
―――私は理事長室で一人、膝を抱えながら震えていた。
「……?」
なんだろう。
地鳴りのようなものが聞こえる。
これは……屋上から?
地鳴りは尚も続く。
机に置いてあったコーヒーカップが床に落ち、カーペットに染みを作る。
一体、これ以上何が起こるというのだろう。
刹那。
ピンっという張り詰めた音が広がった。
「―――っ!!」
音が、割れる。
耳鳴りが、鼓膜を破るのではないかという衝撃が、私を襲う。
次の瞬間。
窓の外に広がったのは―――。
―――赤黒い炎に覆われた、見たこともない景色だった。
◆◇◆◇
「はあ……」
私は膝を抱えて蹲る。
恐怖の連続が、私の心を、完全に侵食してしまった。
理事長室に閉じこもり、鍵を閉め、外部との接触を遮断した。
齢23歳の女性理事長。
そんな年端も行かない女がいきなり前理事長の後を継ぎ学園に現れた所で。
誰も私の話なんか聞いてくれない。
会社にしたってそう。
たまたま立て続けに企画した新商品がヒットしただけ。
言われるがままに会社を立ち上げ。
たった二年で一部上場企業にまで発展。
仕事の出来る部下達。
当然、全員、私よりも年上のベテラン社員。
私なんて、私なんて……。
「……もう、誰からも必要となんて、されていない……」
コン、コン。
「!!だ……誰っ!?」
理事長室には誰も通すなと言っておいた筈。
どうせ校長も教頭も、教師達も全員、私の事なんて期待していない。
事態が起こった最初の時にだけ校長に指示を出しただけ。
それ以来、誰もこの理事長室になんか足を運ばなかったのに……。
『……すいません。……えと、三年二組の日高ほむら、と言います。』
日高……?
何故、生徒がこんな所に……?
「……指示は校長に出してあります。何か分からない事があれば校長に……」
『あいつは駄目だ。話にならん。お前が、この要塞の指揮官なのだろう?』
……誰だろう?
女の声?
しかし、言っている意味が、さっぱり分からない。
『いいから出て来い。ドア越しでは話し辛い。それが来客に対するお前なりの態度なのか?』
強烈な物言い。
私も幾度と無く、こういう輩を相手にしてきた。
自分がアドバンテージを得るための手法。
下手に出ては付け込まれる。
「……いいでしょう。しかし、まずはお名前をお聞かせ願いますか?…お隣にいる我が校の生徒はしっかりと自身の名を名乗りましたが?」
声の調子と態度から察するに我が校の生徒では無い。
そんな確信が私にはあった。
『ぐ……。ま、まあ、そうだな。その通りだ。……我が名は『グロリアム・ナイトハルト』。故あってここにおる日高ほむらの妻となった女だ』
『ぶっ!!!お、おいっ!!』
妻……?
それにグロリアム……?
ただの悪戯か……?
『あ、その、すいませんっ!こいつちょっと、頭がおかしいみたいでっ!』
『む……?『頭がおかしい』とはどういう意味だほむら?名を名乗れというから我は……』
『余計な事は言わなくてもいいの!余計混乱するだろうが!』
『むぅ……』
何やらドア越しで言い合っている。
……危害を加える気ではなさそうだ。
私は、ドアの鍵をそっと開ける。
「……どうぞ。お入り下さい」
「す、すいません、理事長……」
遠慮がちにドアが開く。
目の前にはうちの学生服を着た少年。
そして、その横には。
黒衣を身に纏った全身黒ずくめの長い黒髪の女性が―――。
―――真っ直ぐにその鋭い眼光を私に向けていた。