私、精霊と契約を交しました。
『《暗黒の国》:黒の森より西、6500UL:温泉宿』
次の日の朝。
一晩考えて出した、私の『答え』。
私は荷物を持ち。宿を出発する。
・・・
「……ニーニャ。……ここに居たのね?」
宿から出、街の出口にニーニャは立っていた。
「……グロリアム……。『答え』は、出た……?」
ニーニャが真剣な眼差しで私の目を見つめる。
「うん……。お陰で一睡も出来なかったけど」
ふふ、と笑う私の顔には迷いなど無かった。
そして私はニーニャに告げる。
「私……ニーニャとは《契約》しないわ」
「え……?」
静寂。
きっとニーニャは私が《契約》に応じる事に疑いを持っては居なかったであろう反応。
「どうして……。ジル様の力になりたくは無いの?グロリアム……?」
驚きの表情でニーニャは私に歩み寄る。
「ううん、そうじゃない。おばば様だってもしかしたらカイル達をやり過ごしたかも知れないし、それにもしも捕らえられてしまったとしても……」
一晩悩んで出した答え。
「おばば様は助けに来た私をきっと叱るわ。『何故来たのじゃ?何の為に逃がしたと思っている』って……」
「それは……」
おばば様はきっと望んでなどいない。
本当ならば今すぐにでも安泰を確かめに『黒の森』まで戻りたい。
でもおばば様は『行け』と言った。
この国を出て、私の望み―――『世界を見回ってみたい』という望みを叶えろと、そう言ってくれた。
自分の身を盾としてまで、私の願望を優先してくれた。
「それにね、ニーニャ。おばば様は《暗黒の国》の住人だから、死ぬような事は―――」
刹那。
ニーニャの背後に闇の空間が現れた。
「―――っ―――!!」
闇から現れた手により、ニーニャは口を塞がれ。
現れ出でた腕より全身を拘束される。
「ニーニャっ!!」
闇の空間から全身を現した、黒い魔道服のような物を着た暗黒兵士。
何だ……?
何故またカイルの時の様に《予兆》が反応しなかったのだ……?
『ククク……ようやく見付けたぞ……《黒炎精霊》ニーニャ・ヘルメウスに……『国家反逆者』グロリアム・ナイトハルトよ……』
暗黒兵士の黒い魔道服が怪しく光る。
……まさか……カイルの黒鎧と同じ《解放》を宿した『宝具』……!
暗黒兵士の大きな手で隠されているニーニャの顔に視線を戻す私。
手の隙間から見えたニーニャの苦しそうな顔。
(……!!やはり……《偽装》が解かれている……!!)
私はたじろぐ。
カイルと同じ《解放》の《封魔》が宿った『宝具』を身に付けているという事は……?
『ククク……。何だその顔は?……しかし私も運が良かった。お前らが一瞬でも《偽装》を解いてくれたお陰で、私の《感知》に引っかかったのだからな……。お陰で居場所が判明して助かったよ……。ククク……』
魔道兵士はそのまま闇の空間へとニーニャを引きずり込もうとする。
「ニーニャ!……くそっ!!」
そのまま無我夢中で突っ込む私。
相手はどこぞの将軍級だろう。
私だけでは無くニーニャまで追っていたのだ。
もしかしたら不死の王の直属の指示なのかも知れない。
私の攻撃を難なくかわし、そのまま空中で止まる魔道兵士。
『ククク……。威勢の良いな童だな……。……ああ、そうだ。良い事を教えてやろうか。お前をあの『黒の森』に長年匿っていた『欺きの魔女』ジル・ブラインドだが……』
私はかっと目を見開き上空の暗黒兵士を見やる。
「おばば様がどうした!きっとおばば様ならばお前ら暗黒兵士などに……!」
『ククク……。とうにカイルに捕らえられておったぞ?……ククク……。流石の『欺きの魔女』も寄る年波には叶わなかったという事だな……』
「!!そんな……!!」
おばば様が……本当に『負けた』……?
『ククク……。もう既に城の地下に幽閉されておるわ……。最も辛く、残酷な『極刑』を下され……。ククク……。刑の執行は国民の前で盛大に行われたぞ……。ああ……今思い出してもゾクゾクするねぇ……。生きたまま、じわりじわりと、身体全体を、108片に、切り分けられる、あのおぞましさと言ったら……。クックック……』
「―――っ―――!!」
暗黒兵の腕の中でニーニャが小さく叫んだのが聞こえた。
……今、こいつは何と言った……?
極刑……?
国民の前で……?
生きたまま、108片に切り分けられたって……?
『……おやおや、どうした童……?さっきの威勢の良さは何処へ行った……?クックック……』
おばば……様、が……。
その場に崩れる私。
たかが一人の密入国した子供を匿っていただけで……。
聞くのもおぞましい『極刑』が下された……?
何百年も《暗黒の国》に仕え、伝説級とまで言われる程に国に貢献したおばば様を……?
『……リアム』
声が聞こえる。
『……グロリアム』
これは、ニーニャの声?
『グロリアム……。本当に御免なさい……。ジル様が……』
私の頭に直接響くニーニャの声。
きっと口を塞がれていてまともに喋る事もできないのだろう。
『グロリアム……。お願い……。私と《契約》を―――』
契約……。
契約をすれば……。
でも、私じゃあ《黒炎の力》を発揮出来ないんじゃ……。
『……大丈夫。貴女は必ず私が逃がすから……。だから私と《契約》し、《黒炎の力》を貴女に移し―――』
私に、《黒炎の力》を移し……?
『―――いつか現れる『貴女の契約者』と《真の契約》を結ぶまで、逃げ続けるのよ、グロリアム……!』
顔を上げる。
ニーニャの身体から眩い光が溢れ出している。
『ググ……!まさか……!お前達………!!!』
ニーニャを捕らえている上空の暗黒兵が苦悶の表情を浮かべ叫ぶ。
……分った、ニーニャ。
『……有難う。そして、御免なさい―――』
そのニーニャの最後の言葉は聞き取れなかったが―――。
―――私は《黒炎精霊》ニーニャ・ヘルメウスと、《契約》を交わす事になる。




