私、考える時間を貰いました。
『《暗黒の国》:黒の森より西、6500UL:温泉宿:温泉内』
「……《契約》……?ニーニャ?貴女一体何を言って……?」
ニーニャの目は真剣そのものだった。
私はその目にたじろぎながらも質問する。
「……グロリアム。貴女はいずれ、この《三国》全ての国に襲い掛かる《厄災》から世界を守る『救世主』となる人物……」
ニーニャは語り出す。
救世主……?
一体どうしたというのだニーニャは…?
「に、ニーニャ?本当にどうしちゃったんだよ!何か……怖いよ……」
私は湯船から出、岩肌に腰を下ろす。
「真面目に聞いて、グロリアム。これは私にとっても貴女にとっても重要な話なの。……もしかしたらジル様を救い出す事が出来るかもしれない、重要な話なのよ」
「おばば様を……救えるかも知れない……?」
おばば様が無事なのか、捕らわれてしまったのかの情報はまだ全く入っては来ないでいるが。
相手があのカイルなだけに私の《予兆》で状況を除き見る事も出来ない今、もし捕らわれてしまったのであれば、救い出せる方法が欲しいのも事実。
ニーニャはもう一度私に背を向け、『黒い痣』を見せる。
「……私は伝説の『黒炎の女』の血を引く《黒炎精霊》の末裔…。でもね、グロリアム…。『時間』というものは時として凄く残酷な結果をもたらすのよ」
残酷な……結果……?
「……何千年とひっそりと隠れるように暮らして来た私達《黒炎精霊》は……徐々にその《黒炎の力》を失って行ったわ。そして一族も徐々に息絶え……《黒炎精霊》の血を引くのは私だけとなってしまった……」
ニーニャ一人だけ……。
……そうか。ニーニャも家族が居なくて一人ぼっちだったんだ……。
「……今では唯一《黒炎の力》を受け継いだ私でさえも、もはや《力》を発揮する事は出来ないの。……そして『時間の経過は残酷』。……貴女は《黒炎の力》を有するに相応しいほどの才能を秘めているのに……貴女でさえも『《黒炎の力》を使いこなす事は出来ない』……」
私が……《黒炎の力》を……使いこなす事が出来ない……?
一体、何が言いたいのだろう……ニーニャは……?
「……だからこそ、私は貴女と《契約》をしなくてはならないの。……そして私の中に眠る《黒炎の力》を貴女の中にも眠る《黒炎の力》と同調させて―――」
同調……?私の中に眠る《黒炎の力》と……?
「―――そして、貴女もいつか《契約》を交さなければならないわ。《黒炎剣》として貴女を召喚出来得るだけの人材を、貴女自身が見つけ出して……」
◆◇◆◇
温泉を出、宿に戻る道中も私は押し黙ったままだった。
ニーニャから提案された《契約》。
正直言って俄かには信じ難い内容だ。
ニーニャが彼女の言う《精霊》だったとしても。
何故私が《黒炎の力》を宿す者だと断言出来る?
確かに私は《剣の国》の兵士を父として持ち、《魔法の国》の魔道士を母として持った不幸な生い立ちなのかも知れない。
しかも拾われたのは《暗黒の国》の伝説の魔女。
14年近くも彼女から《封魔》を学んで来た事も確かなのだが、それでもあの時、たった一度だけ《黒炎》の夢を見ただけだと言うのに……。
それにニーニャと《契約》とやらを交わしたとしても、私自身に伝説の《黒炎の力》が目覚める訳ではないらしい。
私に宿った《黒炎の力》を発現させる為には、私自身で《契約者》を見つけ出さなければならない。
しかし、現状では何も対抗でき得る《力》を有していない事も事実。
今後もし、おばば様がカイル率いる暗黒兵の軍勢に捕らわれ、私を匿っていた罪に問われ幽閉でもされたら……。
彼女を救い出す為の《力》が必要となる。
しかし……『世界を救う救世主』とは……。
現状はただの『逃亡者』である私とニーニャ。
あまりにも話が突拍子過ぎて頭が混乱してしまっている……。
「……御免なさい、グロリアム。貴女が混乱してしまうのも分るわ…。だからこそ……なかなか打ち明ける事が出来なくて、本当に御免なさい……」
押し黙ったままの私にニーニャが声を掛ける。
「……一晩ゆっくり考えて、貴女の答えを聞かせて……?」
そう言い、ニーニャは宿を後にした。
今夜は外で時間を潰すのだろうか。
多分、私に気を使い、外に出てくれたのだろう。
既にニーニャには《偽装》を掛け直してある。
何かあれば私の《予兆》も反応するし、何よりニーニャの事だ。ある程度の予測能力自体は私よりも上なのだから、心配は無いだろう。
私はニーニャの行動に甘え―――。
―――一晩掛けて『答え』を出す事にした。




