我、母と出会いけり。
『《魔法の国》:王都エターナルグルセイド:女王の間』
「……」
女王の話を聞く最中、我はずっと押し黙ったままだった。
「……本当に、ごめんなさい、グロリアム……。貴女をあの『黒の森』に捨て去る様に、ルーメウスを説得したのは……」
「もう……」
我は堪らずにそう口走る。
「もう、良いのです。女王陛下。どちらにせよ、私はその『ルーメウス』という女性を許す事は無いでしょう。……それに、陛下の行動は正しかった……。今のお話を聞く限りでは、私もそう判断したと思います」
女王陛下が悪いのでは無い。
悪いのは愛に溺れ、禁忌を犯したルーメウスなのだ。
『他の国の者とは交わってはならない』。
これは太古の昔より、この世界に最初に出来たと言われる、最大にして最高の効力を持つ『法律』。
《三国》の何処の国も、一貫してこの『世界法律』を遵守している。
言い伝えによれば、この法律を破る者が現れれば、身を潜めたはずの《神》と呼ばれる存在が再来し、再びこの世界を混沌の渦に巻き込むのでは、と言われている。
実際は毎年の様に『禁忌』を犯すものは必ず現れるが、例外なくして『国家反逆罪』という極刑にどの国も処しているとは、おばば様から聞いた話だ。
だから我は『逃亡者』となった。
どの国にも属せず、ひたすら逃げるだけの日々。
……我は『憎かった』だけなのかもしれない。
我を虐げるこの『世界』が。《神》が。父も母も、おばば様を捕らえた《暗黒の国》の王も。
(……ほむら……)
だからこそ、ほむらと初めて会い、『同化』したあの日。
同じ境遇に立たされている、友人に突き飛ばされ命を落としたほむらに。
我は惹かれてしまったのかも知れない。
(……ふふ……。何が『悪いのはルーメウス』だ……。我も同じではないか……。『異国の者』に惹かれ、心を奪われてしまった愚かな女……。状況が違うだけで、根源は何も変わらない……。そんな事はとうに分っている。分っているのに……!)
「……グロリアム?」
女王陛下が声を掛ける。
我は……泣いているのか?
何故……?
「……失礼致しました。何やら目にゴミが……」
我は自身の顔を隠すように女王陛下から背け、背後を向く。
「……グロリアム。私もルーメウスも貴女に許して頂けるとは思っておりません。しかし、『異界の門』が開き、あの『学園要塞』が我々の世界へと召喚され、あの《黒い炎の厄災》の一撃があった時、『もしや』と思い、各方面にて情報を収集しました……」
女王陛下は優しい眼差しで我を見、先を続ける。
「そうしたら、貴女が生きている『痕跡』があちこちに見られ、『欺きの魔女』の『謎の幽閉』に行き着きました…。……彼女が《暗黒の国》の王、ヴュラウストスから与えられている領土は『黒の森』を含む一帯。私も何度か彼女と戦場で対峙しましたが……彼女ならば『あり得る』と、確信したのです」
おばば様が戦場で当時の筆頭魔道兵士だったミハエルと対峙した事がある……。
それは我にとっても初耳ではあるが、特段不思議な事では無い。
おばば様も我を『黒の森』で拾うまでは第一線で活躍していた《暗黒の国》の一暗黒兵団の長。
《魔法の国》に進攻し、最高戦力であるミハエルと戦闘を繰り広げていた事は容易に想像が出来る。
「……あの『欺きの魔女』……ジル・ブラインドが、貴女を『黒の森』で匿っていたのですね?」
我は背けていた顔を女王陛下へと戻す。
「……その通りで御座います。おばば様……ジル・ブラインドは、私の『親』で御座います。……そして、私の失態により、『国家反逆罪』の私を匿っていた事が暗黒兵士長カイル・デスクラウドにばれてしまい―――」
―――生きたまま108つの肉片に分断され、永久に幽閉される事となったのだ。
死ぬ事の許されない《暗黒の国》の国民にとって、もっとも重く、辛い刑。
永遠の苦しみを味わいながら、無限の時間を過ごさなくてはならない、まさに地獄の刑罰。
「……やはりそうでしたか。……貴女は、彼女に感謝しているのですね…。そして、彼女を『救おう』としている……」
女王陛下は王座より立ち上がり我に歩み寄る。
「……グロリアム。私に付いてきて貰えますか……?」
「?」
女王陛下は私を促し、別室へと移動する。
我は無言で頷き、女王陛下の後へと続く事にした。
◆◇◆◇
豪華な扉の前。
「……入りますよ?」
扉の前に立っている魔道兵士が扉を開ける。
女王陛下に促され部屋に入る我。
中は豪華な装飾品が立ち並ぶ煌びやかな部屋。
中央には大きなベッドが一つ。
そこに横たわる人物にメイドがお世話をしている最中だった。
「……有難う、シルル。後は私に任せて。」
シルルと呼ばれたメイドは頭を下げ、部屋を後にする。
「……さあ、グロリアム?彼女を見てあげて?」
女王に促され、ベッドの横まで移動する我。
ベッドには齢80は超えているだろうと思われる老婆が、静かな寝息を立てて眠っていた。
何処と無く雰囲気が女王陛下に似ている感じがするが、陛下の母……もしくは祖母なのだろうか。
「……彼女は?」
陛下の行動の意図が読めない我は質問する。
すると何故か陛下は悲しそうな顔で微笑み、こう言った。
「ふふ……そうよね。分るはずが無いわよね…。彼女は20数年前までは我が《魔法の国》の筆頭魔道士として国民から絶大な支持を得ていた大魔道士―――」
女王陛下が一筋の涙を流した。
「―――そして、我が妹にして、貴女の『母』……ルーメウス・ウィングルズよ……」




