我、女王陛下の話を聞けり。
『《魔法の国》:王都エターナルグルセイド』
「只今戻りましたぁ~。女王陛下ぁ~」
エメルが我の肩からぴょこんと降り、王座に座る女王陛下へと挨拶に向かう。
「ああ、エメル…。無事に戻って来られたのですね…。良かった……」
女王は立ち上がりエメルの方に歩みよる。
(……女王自ら立ち上がり部下に歩み寄るだと……?一体何を考えている……?)
我は嬉しそうな顔でエメルに小走りで寄って来る女王の様子を伺う。
我の『母』であるルーメウス・ウィングルズという女の姉……。
という事はそれなりの年齢の筈なのだが、どう見ても我とほぼ年が変わらない様に見える。
あれが本当に……この《魔法の国》の女王、大魔道士ミハエル・ウィングルズなのだろうか……。
「ちょっと女王さまぁ~!王座に座っていないと駄目ですって~!宰相様達がまた怖い目で僕を……」
王座の両側に二人の女性宰相と思われる人物が笑いを抑えながら、あるいは苦笑しながら立っている。
「良いのです。ここは『そういう国』に変えて行くのですから…。それよりエメル?」
「……はい?何でしょう女王様ぁ~?」
「ハグしても良いかしら?」
「駄目ですぅ~。お客様の前ですよぅ~、全く……」
幼女に窘められた女王陛下。
明らかに肩を落としている姿に、流石の我も苦笑せずにはいられない。
「……あ。私とした事が……。失礼致しましたわ、グロリアムに……異界のお客人方。既にエメルより、ある程度の報告は受けております。お疲れでしょうから、お客人方は迎賓館にてお体をお休め下さいな。……エメル?お願い出来るかしら?」
報告……?
そうか、道中でエメルがなにやら魔術語でブツブツ言っていたのは、何かしらの《魔法》で女王陛下に報告をしていたのだな…。
「はい~。了解しましたです~。それでは皆さん、案内しますので僕に付いてきて下さい~」
井上ら学生達を迎賓館に連れて行くエメル。
長い道のりをほとんど休憩もせずに歩いて来たのだ。
彼らも相当な疲労が溜まっているだろう。
「……では、グロリアム。こちらに……」
女王は我を王座の前に来るように目配せをする。
上手いな、『人払い』が。
王座に座る女王の前に我は跪いた。
「……この度は我々を快く受け入れて下さり―――」
「面を上げて?グロリアム。謝辞は必要ありません」
女王の強烈、かつ優しい言葉が我に向けられる。
「ですが―――」
そのままの姿勢で顔だけ女王に向ける我。
「……もう、エメルより聞いているのでしょう?貴女の『母上』の事は……」
「……」
やはりその話か。
両脇に居る宰相共を人払いしない所を見ると、既に《魔法の国》の幹部達には『周知されている』と考えて間違い無いだろう。
「……貴女の『母』……そして私の『妹』は、とんでも無い過ちを犯しました……」
女王は語り出す。
過ちとは『《剣の国》の男と恋に落ち、子を身篭ってしまった』という事なのだろうか?
それとも生まれた赤子を《暗黒の国》の暗き森に置き去りにした事か?
我は無言で女王の言葉に耳を傾ける。
「……当時、我々姉妹は《魔法の国》で、一位二位を争う《筆頭魔道士》として女王陛下に仕え、宰相とは別の、魔道士の中では最高の地位を与えられておりました……」
◆◇◆◇
当時の《魔法の国》の女王は、他国への進攻を最大の目的とした部隊編成・国家運営を推し進めていた。
その中でも一際目立った才能を発揮したのが『ウイングルス姉妹』こと大魔道士ミハエル・ウィングルズと大魔道士ルーメウス・ウィングルズであった。
《火の魔法》を多彩に扱い他国の兵士を次々と葬り去るミハエルと、
《氷の魔法》を多彩に扱い他国の兵士を凍りつかせ進攻を食い止めるルーメウス。
まさに『静と動』が一体となった連携魔法の前には太刀打ち出来る者は多くは存在しなかった。
そんな中、妹のルーメウスが密命で《剣の国》へと進入。
当時《剣の国》でも急激に力を付けてきたと言われる、ある兵士長への『暗殺』を当時の女王より言い渡される。
魔道兵士の大部隊で攻めるよりも単身《剣の国》に潜り込み、《魔法》により《剣の国》の女兵士として姿を変え紛れ込み、件の兵士長を殺害する方が効率性が高い……。
そう判断したルーメウスが《剣の国》に忍び込み、潜入14日目。
遂にその兵士長の居場所を突き止め、女兵士としての実力も買われ、同じ部隊に所属する事になった彼女は、暗殺のタイミングを日夜狙っていた。
しかしなかなか隙を見せない兵士長。
既に潜入し、一月が経とうというある日、遂にチャンスが訪れた。
兵士長と二人だけの任務。
遠征先の町に宿を取り、その夜、ルーメウスは暗殺を決意、実行に移そうとするが…。
彼女は、任務に疲れ、眠る兵士長の喉元まで短剣を押し当てたまま、硬直してしまう。
《魔法》で眠らせてあるので殺気を感じ、目を覚ます事も無い。
あとはこの手を軽くスライドさせるだけで、いとも簡単に長きに渡った潜入任務も終わりを迎える。
なのに、彼女の手は硬直したまま。
……そう。彼女はこの時、既に気付いていた。
溢れ出す涙がそれを物語っていた。
彼女は―――。
―――この兵士長に、生まれて初めての恋心を芽生えさせていたのだ。




