我、幼女に提案を持ちかけられり。
『学園要塞より西3UL』
「(……どうでしょう?グロリアムさん……?)」
我の足元でエメルか顔を上げ聞いて来る。
……何故、そこに潜る……。
「(……やはり我の《バリア》の《魔法》が解除されておるな……)」
学園の周囲に張り巡らせて置いた《バリア》の魔力を感じない。
もう少し詳細に調べたいが、これ以上近付くと奴らに勘付かれる危険がある。
「(……という事は、彼ら《剣の国》の部隊に《暗黒の国》の《封魔》を使う者が……)」
「(ああ。……もしくは《暗黒の国》から奪った『宝具』だろうな。……あれには《封魔》がいくつか宿った物もあると聞く)」
暗黒騎士カイルの鎧もまた、《暗黒の国》の『宝具』の一つだった。
最近の《剣の国》は《暗黒の国》の国境付近で小さな交戦をいくつも繰り返しているらしい。
その最中での戦利品のうちの一つでも持ち帰り、自国の兵士団にでも持たせたのだろう。
……しかし《暗黒の国》の『宝具』の一つが奪われたという事は、何かしら名を馳せた暗黒騎士の一人が討たれたという事なのだろうが、そんな噂は全く聞かない。
『伝説級』の暗黒兵士ならば誰もが一つは持っているという『宝具』。
たしかおばば様もあの不思議な『箱』をいつも大事そうに仕舞ってしたのを思い出したが……。
「(……どちらにせよ、《バリア》が解かれているという事は……)」
エメルがその先を促す。
「(……ああ。そして我の中の《黒炎の力》も反応が無い……。つまりは……)」
……くそっ!
まさか我の《予兆》の力を逆さに取り、先手に取られるとは考えもしていなかった。
この10年の逃避行の中で生に執着する感覚が鈍ったとでも言うのだろうか。
打ち消しの《封魔》に対しては、あれほど慎重に行動していた筈であるのに……!
まさか『異界の者』との接触で我まで平和ボケに犯されたとでも言うのだろうか。
……いや、今更嘆いても仕方の無い事。
それに……他者のせいにしても、何も始まらない。
私は、おばば様に教えられた事すらも忘れかけているというのか……。
「(……僕の見た感じでも既に占領されている『気』を感じます。それに……《魔法》の『気』を全く感じません)」
《魔法》の『気』を感じない……?
我は《魔法の国》の血を引いてはいるが、特別訓練を受けたわけでは無い。
今では《暗黒の国》の《封魔》の方がより高度な技を使う事が出来るのだが…。
「(……どういう事だ?ほむらには既に《黒炎の力》が宿っている筈。我を『黒炎剣』として召喚せねば威力は1割ほどしか出せぬが……それでも《魔法の力》は十分に宿している筈だぞ?)」
「(うーん……そう言われても……あの要塞には数百名の人間の『気』と数名の《剣の国》の『気』……特に2名ほど強い『気』を感じる事が出来るのですが……んんー……うん。やはり《魔法の力》を宿している者は居ないようです)」
ほむらが……要塞に居ない?
ならば要塞から外に出て平原を歩いている?
……いや、それならばあの学園要塞から《剣の国》の者の『気』を感じるのはおかしい…。
外に連れ出すにしても、相手は《黒炎剣》の使い手。
何かしら能力を封じられて居たとしても、万が一我々に奪取される事も考慮に入れるとするならば、レミィかそれに次ぐ者が護衛に付く筈…。
エメルが《魔法の力》で感じるという2つの『強い気』とはきっとそやつらの物であろう。
ならば学園要塞から外に出たとは考えづらい。
……方法があるとすれば残りは一つだけ。
「(……くそっ!《移動》か……!!)」
「(……なるほど。それならば主力を要塞に残したまま《剣の国》まで安全に《黒炎剣》の使い手を運ぶ事が出来ますね……。しかしそれは非常にまずいですねぇ……)」
エメルが顎に手をやり考え始める。
……そら来た。
もはや《剣の国》に《黒炎剣》の使い手を捕獲され。
そして幻の金属を抱える『学園要塞』も堕とされ。
学園を開放しようにもほむらが居なければ我の中に眠る《黒炎の力》は解放されない。
唯一の戦力であるエメルも《剣の国》の兵士に対しては絶大なアドバンテージを得てはいるが、あまりにも人質が多すぎる。
そしてエメルには、そこまでの尽力をした所で何一つ『見返り』など存在しない。
我はエメルから徐々に離れ警戒する。
「(……?……あ、そうですよね。そりゃあ警戒しますよね……。うーん……そうだなぁ……)」
エメルが更に思考する。
なんだ……?
まさかここで奥の林に隠れたままの井上らを人質にでも取って脅すつもりか…?
そんな行動に出られたら我はどうする?
彼女らを救う為に行動を起こすだろうか?
そんな事よりもほむら奪還に向け、いつもの様に身を眩ませ《剣の国》に忍び込む?
「(……仕方ありません。お察しの通り、僕が女王陛下から命じられたのは『会談』という建前を利用した『黒炎剣の調査・情報収集』と『鉄の存在の是非』だったのですが……実はもう一つの『密命』もありましたので)」
エメルは警戒している我に向かい両手を差し出す。
これは『危害は加えない』という、ある種のジェスチャーとも言える行為。
「(……密命……?)」
我は警戒を解き、エメルに問う。
「(……はい。グロリアム・ナイトハルト。貴女の『母君』からの要望です。こんな形で『密命』を達成出来るとは思いも寄りませんでしたが……)」
そしてエメルは幼女に相応しい笑顔でこう言った。
「(……母君が、貴女にお話があるそうですよ、グロリアムさん。……このまま僕と共に、学生さんも含め、向かいましょう)」
幼女は手を差し出す。
「《魔法の国》に」




