私、契約を持ちかけられました。
ニーニャの話は以前黒の森の自宅で話してくれた伝承の続きらしかった。
伝説で語り継がれる『黒炎の女』の死後、《暗黒の国》を引き継いだ当時の宰相は彼女の一族を国中を挙げ探し回ったとされる。
何故なら彼女の《黒炎の力》は、《神》の作りし《神のルール》をも凌駕する程の力を持っていたからである。
当時の《暗黒の王》より文献を調べに調べ尽くしていた宰相は、彼女の持つ《黒炎剣》の力が《三国》の全ての力―――すなわち《剣の力》、《魔法の力》、《暗黒の力》の全てを有しているという事を突き止めていた。
だからこそ、当時の《暗黒の国》の王が彼女を捕らえ、《黒炎剣》を奪取したのだ。
しかし王が彼女より剣を奪い、高らかとその剣を天に掲げた瞬間、彼女の身ごと《黒炎》に焼かれてしまったのはどういう事であろうか。
また消失してしまった《黒炎剣》は世界の何処かに存在するのか?
彼女は何処の国の出身者なのだ?
様々な疑問を抱えながらも宰相は世界中に使者を送り込み、遂に彼女の『故郷』を突き止めた。
・・・
そこは《暗黒の国》と《魔法の国》の境にある不法地帯である小さな村。
海に面したその村は、貧しいながらも食糧に困る事も無く、村人は平和に暮らしていた。
その村に、古くから崇められている《精霊》と呼ばれる一族が住んでいた。
彼らは《三国》のどの国の出身でもなく、どこからか現れ、この小さな漁村に暮らしているそうだった。
そして代々、この漁村の村長は彼らをその背中に宿した大きな痣にちなみ、《黒炎精霊様》と呼び、恐れ、敬い、崇めていたとされる。
当時の《暗黒の国》の新王はこの漁村の存在を突き止め、当時の国の精鋭達を村に送り込んだ。
虐殺に次ぐ虐殺。
最後まで抵抗した《黒炎精霊》と呼ばれた彼らも、《解放》の《封魔》を持つ当時の軍団長と、今でこそ貴重となった幻の金属である『鉄』を装備した『暗黒鉄騎兵』に手も足も出ずに捕らわれる事となる。
しかし、村が襲われる直前に生まれたばかりの《黒炎精霊》の女子。
つまりは、あの伝説の『黒炎の女』の娘は、秘密裏に村の者数名とともに村を逃げ、生き延びていたという。
捕らわれた数名の《黒炎精霊》は城に護送されるなり一斉に《黒炎》に包まれ。
《暗黒の国》の兵士達数千の命とともに消し炭になったとされている。
◆◇◆◇
「……《黒炎精霊》……?《暗黒の国》の襲撃から逃げ延びた一人の女の子……」
私はニーニャの真剣な表情を伺い、生唾を飲み込んだ。
「……ええ。その女の子というのが、私の何代か前のご先祖様ね……。見ての通り、私は《黒炎の力》を受け継ぐ《精霊》なのよ、グロリアム……」
ニーニャが……《精霊》……?
じゃあ……私が初めてニーニャに黒の森で会った時、体中がボロボロになってたのって……。
「私も貴女と同じなの。云わば『逃亡者』よ。ふふ……本当はジル様にも内緒にしておくつもりだったんだけど、隠し通せなかったわ……」
だから……だからおばば様は私と共にニーニャを行かせたのか…。
云わば同じ境遇の私達を《暗黒の国》の兵士達から守る為…。
「で、でも……ニーニャが《精霊》だったとしたら、その力……《黒炎》でおばば様を助ける事が出来たんじゃ……!」
「……ごめんなさい。それは無理なの」
「どうして!《黒炎》は伝説では最強のはずでしょう!それであのカイルの暗黒兵達を……!」
「……グロリアム。落ち着いて?……少し湯船に浸かりましょうか……」
ニーニャは動揺する私の背中を優しく押し、湯船へと案内する。
熱い風呂に浸かると、少し興奮が冷めてきた私。
そうだ。ここでニーニャを責めた所で何も解決なんてしない……。
きっと理由がある筈。
そしてその事をおばば様も気付いている……。
「…………落ち着いた?グロリアム?」
「………うん。ごめん、ニーニャ…。私……」
ニーニャが優しく私の肩に手で掬ったお湯を掛けてくれる。
「……良いのよ。……でね?ここからが大事な話になるの。……多分ジル様は『その事』に気付いてらっしゃる筈……」
おばば様が……気付いている?
「ええ。貴女……カイルの部隊の暗黒兵士に襲われた時……『黒い炎』を見た、って言ってたわよね?」
黒い…炎……。
確かに、あの黒槍で貫かれたと思った瞬間、目の前が真っ黒な炎で包まれた気がして……。
……でも、あれは錯覚だったんじゃ……?
「そして……貴女の『特異』な出生……。《剣の国》と《魔法の国》の住人の血を引き、《暗黒の国》の伝説級とも言われる『欺きの魔女』こと『ジル・ブラインド』に拾われ、十数年の歳月を共に暮らす……」
……なんだろう?
一体ニーニャは何が言いたいのだろう?
「……そして私は確信したの。あの別れ際のジル様の目……貴女が『本物だ』と言わんばかりのあの『目』が……私が長年世界中を探し回っていた人物が『あなただった』という事を裏付ける『目』……」
「……に、ニーニャ?私には何の事だかさっぱり……?」
そしてニーニャは湯船から上がり、私を見下ろした。
真剣な眼差しで、想いを決した目で。
そしてニーニャは私にこう言った。
「―――グロリアム、《契約》をしましょう。私こと《黒炎精霊》であるニーニャ・ヘルメウスと―――」




