私、温泉に入りました。
『《暗黒の国》:黒の森より西、6500UL』
更にあれから数日が過ぎ、私とニーニャは国境まで約半分の距離まで進む事が出来た。
途中何度か街に寄り、食糧を調達したり宿を取ったりもした。
私とニーニャの顔は私の《偽装》の《封魔》により《暗黒の国》の住人寄りの顔に変化させ。
先の予測には《予兆》の《封魔》を使い危険回避を試み。
《予兆》の力が及ばない範囲での判断はニーニャが素早く判断し行動。
私達は何とかお互いの力に助けられ、ここまで来る事が出来ている。
もしかしたら、おばば様がニーニャに私を任せたのも、ここまで予測していたからなのかも知れない。
おばば様なら、きっとそうだ。
おばば様のする事が間違っていた事なんて、今までに一度だって無かった。
だからきっとおばば様は無事な筈……。
私はここ数日、ずっとそう自分に言い聞かせていた。
「……グロリアム?この宿、珍しく温泉があるみたいよ?」
ニーニャが嬉しそうな顔で部屋のドアを開ける。
「ホント?……あ、でも、私達今……」
『逃亡者』という言葉を直前で飲み込む私。
ここはまだ《暗黒の国》。
誰が何処で何を聞いているか分ったもんじゃない。
「……そうね。でもここの温泉、貸切みたいだし……。少しは旅の疲れを癒さないと、この先持たないわよ?」
ふっと力を抜いた笑みをするニーニャ。
確かにニーニャの言う通りだ。
ここ数日間、私達はずっと気を張り詰めたまま行動している。
正直言うと、かなり精神にも疲弊が溜まって来ているのは確かだ。
それにニーニャが提案してきた事だ。
この宿はかなり安全な方だという調べがついての発言。
私の《予兆》にも不吉な兆しは見られない。
「……そう、だよね。……じゃあ、入っちゃおうか、一緒に……」
そして私達は宿の温泉へと向かう。
◆◇◆◇
「うわ……!すげぇ広い……!なんだこれ………!!」
温泉に入るなり、そこは何種類もの色の違う風呂が広がっていた。
「ふふ……。ここの主人が、以前《剣の国》に使者として出向いた時に感動して自分の宿にも作ったそうよ?ほら、あの国は至るところに温泉が湧いているらしいから……」
そう言えば以前おばば様からも聞いたことがあった。
私には当然記憶は無いが、《剣の国》は世界でも有数な温泉大国だという事を。
「……貸切になっているから、もう《偽装》を解いても大丈夫じゃないかしら。……流石にこの『顔』のままでは洗い辛いし……」
確かにニーニャの言う通りだ。
そもそも《暗黒の国》の住人は風呂には入らない。
今私達は《偽装》の《封魔》により、醜悪な《暗黒の国》の住民に近い形相のまま風呂に入っている。
流石にここでは《封魔》を解いても問題はないだろう。
何かあれば私の《予兆》が反応するだろうし、それにニーニャもいる。
私は軽く暗黒語を呟き《偽装》を解く事にした。
「……はぁ……やっといつもの顔に戻れたわ……」
綺麗な肌を取り戻したからなのか、嬉しそうな顔をするニーニャ。
女の私からみても、整った綺麗な顔をしているニーニャは、間違い無く美人の部類に入るのだろう。
でも未だに不思議に思う。
ニーニャは一体『何処の国』の出身なのだろう。
雰囲気から察するに、きっとおばば様は全ての事情を知っているみたいだった。
でも私には何も知らされていない。
いつかきっと、ニーニャの口から教えて貰えると信じていた私は、さして気にもせずに過ごしていた。
「ねえ、ニーニャ?背中流してあげるよ!」
洗い場にニーニャを誘導し、無理矢理にバスタオルを引っぺがす私。
「あ、ちょっと……駄目っ!」
ニーニャがバスタオルで身体を隠そうとするが、既に遅かった。
私はニーニャの背中にある『それ』を発見してしまったのだ。
「……ニーニャ?……その背中は……?」
「……はぁ……見られちゃったわね……。もう……ジル様からは《魔法の国》に着くまでは黙っている様にと言われたのだけれど……」
ニーニャは観念したようにバスタオルをすっと床に落とした。
綺麗な身体。
手も足も長く、形の良い胸が露になる。
下に生えるものは全く生えておらず、まるで少女のような出で立ち。
そして彼女は後ろを向いた。
背中には大きな黒い痣があった。
まるで……大きな炎を象ったような痣。
そう。
まるで御伽噺に出てくる『黒炎』の様な……。
「……この痣は……?」
ニーニャは再びバスタオルを羽織り、こちらを向く。
「……グロリアム。驚かないで聞いてくれる?」
ニーニャが私に真剣な眼差しを向けて話す。
「……うん。ずっと……ずっと待っていたよ。ニーニャから話してくれる事を……」
そしてニーニャは―――。
―――ひとつの『昔話』を語り始めた。




