私、夢を見ました。
『《暗黒の国》:黒の森より西、約1000UL』
「(……どう?グロリアム?)」
身を屈めたニーニャが小声で私に話しかける。
「(……《黒槍兵士団》……ここから約南に80ULの地点に……数は約50、かな……)」
おばば様に助けられた私達は森の西を2日掛けて真っ直ぐに進んだ場所。
見晴らしの良い丘に登り休憩をしている最中である。
「ふぅ……それだけ離れていれば見付かる事は無いわね……。はぁ……疲れたわ……」
ニーニャは岩陰にその身を預け目を瞑る。
この2日間はずっと精神を張り詰めっぱなしだった。
おばば様から《予兆》の力を授かったとはいえ、カイルのような打ち消しの《封魔》を持っている奴がいたらそれまでだ。
自身の能力に溺れる奴から命を落とす……。ここはそういった非情な世界なのだから。
なので私が《予兆》を使用している最中は、ニーニャが周囲の状況を確認し歩を進める、といった連携プレイで、やっとの事でここまで来れたというわけだ。
「……私も流石に疲れたよ、ニーニャ……」
目を瞑るニーニャの横で、私も同じ様な形になり少し眠る事にする。
・・・
そして私は夢を見る。
あれは母だろうか?
そしてあの鎧を着た人物は……父?
そして父らしき人物が母を突き飛ばし、馬に跨り何処かへと走り去ってしまう。
残された母は、その身を崩しながらも涙を流し、嗚咽を漏らしている。
場面が変わる。
苦しそうな表情の母。
周りは非常に狭い、小汚い雰囲気の小屋だろうか。
母のうめき声が響き渡る。
一人の老婆が母の下半身に手を伸ばす。
一際大きく叫びを上げる母。
そして老婆の手には一人の赤子が取り出された。
あの子は……私……?
これは……私が生まれた時の夢なのかしら……?
さらに場面が変わる。
神妙な面持ちの母。
手には満面の笑みで母に抱きついている赤子の姿が。
周りは闇に覆われた森。
ここは……黒の森、よね……?
母親は木の幹に赤子を優しく下ろす。
そして何度も赤子に向かい謝罪の言葉を述べる。
泣きながら、何度も、何度も、謝罪の言葉を述べる。
なかなか赤子の元を離れようとしない母を、従者がなだめ。
母は従者の乗る馬の後ろに跨り、泣いたまま顔を伏せた。
暗い森に一人残された赤子。
自身に何が起きているのか全く理解をしていないのであろう。
赤子は母に向けたのと同じ笑みを、暗き森に対し向けていた。
森がざわついた。
赤子の元に、数匹の《暗黒の国》の亡者が集まった。
きっとこの『黒の森』の住人達であろう。
彼らは涎を垂らしながら、その耳まで裂けた口を大きく開け、赤子に近付く。
そして亡者共が赤子に襲いかかろうとした刹那。
彼らの動きが一瞬にして止まる。
……あれは……おばば様の《停止》……?
そして森の奥から現れる一人の老婆。
彼女は赤子を拾い上げ、その表情に驚く。
赤子は襲われる瞬間も、醜悪な老婆に抱えられた瞬間でさえも、笑顔のままだった。
老婆は赤子の笑顔につられるようにして笑みを作り。
そして小さく笑ったように見えた―――。
・・・
「……グロリアム?起きて……」
ニーニャに肩を揺さぶられ目を覚ます私。
「……あ、ごめん。本気で寝ちゃってたみたいだね……」
目を擦りながら目を覚ます私。
辺りは相変わらずの闇。
一日中闇の世界では、どれ位時間が経過したのかを判断する事が難しい。
「……どれ位寝てたか分る?ニーニャ?」
「大して寝ていないわよ。……一刻半、て所かしら」
私を起こしたニーニャは、起き上がり埃を叩く。
「そっか……。どうする?もう出発する?」
私達が目指す場所。
それはここから更に西に10,000UL程真っ直ぐに向かった場所。
厳重に警備されたその場所は、いくつもの砦が規則的に並べられている《魔法の国》との国境線。
この2日間ニーニャと話し合った結果、ここ《暗黒の国》で既に『国家反逆罪』の罪で追われる身となった私にとって、もはや居場所が無いと判断。
ある程度は『三国』の中でも治安が良いとされている《魔法の国》に潜り込み、身を潜めようというのが私達が出した結論だった。
「……そうね。ここに長くいればいるほど、私達にとって不利な状況が増すだけだし……」
私はニーニャの言葉を聞き立ち上がる。
「……おばば様は……」
「……心配なのは分るけど、今は私達が国外に逃げる事だけに専念しましょう、グロリアム。……それがジル様の『意思』なのだから……」
辛そうな顔でそう言うニーニャ。
でも、その言葉を言ってくれるからこそ、私はニーニャと共に行動が出来る。
もしも、私一人だったら……。
きっとすぐにでも『黒の森』に戻り、またおばば様を困らせていたのかも知れない。
足手まといになる事は分っているのに。
私が傍にいたら気が散って、本気で戦う事が出来ない事も理解しているのに。
それでも多分、私はおばば様の所に戻っていただろう。
私の家族は―――。
―――この世におばば様しか、いないのだから。




