俺、自我を乗っ取られました。
静まり返る学校。
スピーカーからは雑音しか聞こえない。
私はただ耳を塞ぎ、蹲りながら、泣く事しか出来なかった。
裏切られた。
ようやく自分の人生で、ようやく初めて、心から信頼出来る親友と、出遭えたと思ったのに。
騙されていた。
私が精一杯、背伸びまでして、守ろうとしていた学園の生徒を危険に晒した張本人が彼女だった。
見捨てられた。
そして彼女は『予知能力』を使い、この学園が攻め込まれては勝ち目が無いと判断したのだろう。
普段全く興味を示さなかった食糧調達にこの日だけ志願し、出掛けたのも。
私達を囮にして自分だけが逃げ延びる為の計画。そうとしか考えられない。
私は嗚咽を漏らしながらも泣き続けた。
裏切られた騙されていた見捨てられた―――。
裏切られた騙されていた見捨てられた―――。
裏切られた騙されていた見捨てられた―――。
『……緒方理事長……聞こえて……聞こえていますか……?』
スピーカーから日高君の声が流れる。
私は泣きながら顔を上げた。
『……緒方理事長……聞いていて下さっていると信じて話します。……俺達は《剣の国》に敗れました……。俺はもう……これ以上の被害を出したくはありません……。だから……もう、良いですよね?』
日高君は多分、泣いているのだろう。
『これ以上の被害』という部分で、泣いていたのが伝わってきた。
きっとこの『意味』は、彼の目の前で、『彼女達が』という意味である事は、全ての放送を聞いた人間が理解出来たことであろう。
その言葉ですすり泣く女子学生の姿もあった。
『……俺達はここまでです。……彼らに……『投降』しましょう―――』
そこで放送は途切れた。
◆◇◆◇
「ふふ……。流石は陛下。見事な『演説』でしたよ?」
放送を終えた俺は、レミィの声で俯いていた顔を上げる。
「おやおや、陛下。泣いてらっしゃるのですか?」
レミィが俺に近付き、あろう事か俺の涙を舌で拭う。
「……レミィ様。お止め下さい」
「んもう、良いじゃない少しくらい……」
そう言いレミィはエリアスの忠告を無視し、俺の涙を全て舌で拭い去る。
俺は放送を終え、涙を流した今、徐々に『自我』が遠ざかって行くのを実感する。
……ああ……そうか……。
俺の『役目』はここまで、という訳か……。
でも、最後に、緒方理事長に本当の事を伝えられて良かった……。
……でも彼女はこれからどうするのだろう?
このまま《剣の国》に連れられ、彼女はどんな待遇をされるのか……。
レミィは不遇な対処はしないと約束してくれたが……それも俺が『堕ちれば』関係の無い事なのかも知れない……。
ああ……眠い……深く……深く……沈んでいく―――。
そして俺は『自我』を失い―――。
―――《暗黒の国》の宝具である、《魔女の目》に、意識を奪われる事となった。
◆◇◆◇
「日高君っ!!」
知らない女が俺に駆け寄ってくる。
「大丈夫っ!?怪我は―――っ!!」
女は俺の顔を見た瞬間に絶句する。
……誰だ?何故、俺を知っている?
「……レミィ。誰だ?この女は?」
「!!」
驚きの表情をする目の前の女。
「ふふ……。陛下……あ、もう『陛下』では御座いませんでしたね。ほむら様、で宜しいですか?」
「……何でも良い。こいつは誰だ?」
俺の呼び名など好きにすれば良い。
それよりも質問に答えてくれ。
「ふふ……。彼女は、『陛下』であった頃のほむら様の元『側近』で御座います。そうですわよね?緒方令嬢?」
「……ひだ、か、くん……?」
何故かその場に崩れ落ちた女。
一体なんだと言うのだ。
俺の顔がそんなに変か。
「……大丈夫ですか?お手を」
エリアスは崩れ落ちた女に手を貸し、起き上がらせる。
「……彼は……あの『目』は……」
「……ほむら様は既に《剣の国》の武人となられました。しかし、あの『ホウソウ』という物は、ほむら様の『自我』がまだあるうちに、皆に伝えたい事があると申されましたので、我々の方で対処させて頂きました」
女に簡潔に説明するエリアス。
俺の『自我』?
言っている意味がさっぱり分らないが、エリアスの言う事だ。きっと俺にとってマイナスな事など無いのであろうな。
「おい、女。お前の名は?」
俺は怯えた表情の女に問う。
「え……?あ、あの……日高君?」
「名は?、と聞いている」
「……は、はい。……緒方美鈴と、言います……」
緒方、美鈴。
珍しい名だな……。
「そうか。では美鈴。お前は我が《剣の国》の『捕虜』となった訳だが……。お前はこやつら『異国の者達』の『指導者』という事で間違いは無いな?」
「え……。………。―――はい。その通りで御座います。ほむら様」
ん……?
急に態度が変わった気がするが…。
何だ……?今までの怯えた表情が一変して……。
「……そうか。美鈴よ。お前、面白いな」
「はい?」
きょとんとした表情の美鈴。
いまいち何を考えているのか掴みづらい女。
しかし、溢れ出る『知性』が彼女を包み込んでいる。
きっと、この女は『出来る女』だ。
アリアンロード王に見て頂き、『軍師』としての才能を見出して頂くのも面白いかも知れない。
何故か俺の直感がそう告げる。
「……それと、ここ『学園要塞』の事だが……『鉄』はどのくらい存在する?」
事前にレミィより状況の報告は受けている。
もしも幻の金属である『鉄』が大量に手に入るようであれば、世界の情勢は一変する。
「……私も専門化では御座いませんのでそこまでは……」
「では聞こう。『異界の者』の中に専門家はいるか?」
「え……?あ……はい。……専門家になりえるかは存じませぬが……」
「良い。言ってみろ」
「はい。……この学校……『学園要塞』の教師達……例えば『化学教師』や『数学教師』等の理系の教師で良ければ多少は……」
聞きなれない魔術用語が飛び交うが、構わない。
「そやつらもお前と共に我が王に会わせたいのだが、良いか?」
アリアンロード王の事だ。
きっと興味を示すに違いない。
我が王はずっと夢見て来たのだ。
幻の金属である『鉄』を集め『剣』を作り、《魔法の国》に対抗出来る部隊―――。
『鉄剣騎士団』の設立を―――。




