私、後悔しました。
話の内容はこうだ。
昔々、まだこの世界が《剣の国》、《魔法の国》、《暗黒の国》と三国に分かたれる前の話。
世界は今よりももっと文明が栄えていた。
種族同士の諍いも無く、戦争も無い。
当然、国境なども存在しない世界では、様々な物資が隅々まで流れ、平和の時代が長く続いていた。
今では貴重とされている『鉄』を始めとした各種金属も豊富に利用され。
丈夫な建物があちこちに建造され、人々は裕福な暮らしをしていた。
驚く事に、その時代には《魔法》も《封魔》も存在しなかったらしい。
人々は《知恵》という能力を身に付け、自身の種の繁栄に邁進していた。
しかしある日、世界は『天変地異』により崩壊した。
伝説では、その当時の《神》が、自身の『種の繁栄』に躍起になっている人間に対し罰を与えた為、となっている。
そして大多数の人間は命を落としたが、《神》はここで一つの《遊び》を思いついたと伝承には書かれている。
この神の裁きである『天変地異』の中で、見事に生き残った人間を『3つの種族』に分け、争わせるという『神のゲーム』。
言い伝えられている伝承にはもう少し難しい言葉でその内容を記載されているみたいなのだが、おばば様は私にでも分るように噛み砕いた表現で話してくれている。
『3つの種族』。
それは生き残った人間の『心理』により分かたれたとされている。
ある人間には『裁きを好み、自身の力を証明する』という心理に基づいた『剣の力』を。
ある人間には『規律を好み、優雅に暮らす』という心理に基づいた『魔法の力』を。
ある人間には『事象を好み、無から有を作りだす』という心理に基づいた『暗黒の力』を。
さらに《神》は一つのルールを作り出す。
『規律は裁きに勝り、事象は規律に勝り、裁きは事象に勝る』
その言葉を残し、以後《神》はこの世から姿を消した―――。
◆◇◆◇
「……『鉄』?おばば様……私、そんなものを見た事なんてないぞ?」
貴重とされている資源。
幻の金属であるのならば見たことが無くても当然だが……。
『……グロリアムよ。まだワシの話は終わっておらぬではないか……。全くお前と来たら、自分の興味のある話しか聞きゃあせんからのぅ……。困ったもんじゃて……』
「ぐむぅ……」
「……続きは私の方からお話いたしますわ、ジル様……」
私の身体をおばば様の話を聞きながらも優しく拭いてくれていたニーニャが話を繋げる。
……でも、どうしてニーニャまでこんな大昔の伝承なんて知っているのだろう…。
やっぱり、どこかの王女様かなにかなのかな……。
そしてニーニャが続きを話し出す。
◆◇◆◇
《神》が立ち去り、後に残されたのは荒れた大地と『3つの種族』に分かたれた『元人間達』だった。
彼らは自身に与えらた『称号』を元にそれぞれの土地で国を築く。
そして数百年の歳月が流れ、徐々に『世界の傷跡』が癒された頃。
一人のある『少女』が《神》に戦いを挑んだ、と伝承にはある。
既に世界は《剣の国》、《魔法の国》、《暗黒の国》に分かたれ、次第に各国の戦争が激しくなっていた時代。
彼女は一際大きな『剣』を担ぎ、各国の首脳に《神》を打ち倒す為の『協力』を持ちかけていた。
当然、そんな無謀な戦いに参加する国など無く。
また既に『天変地異』から数百年の歳月が経った今、一向に姿を現さなくなった《神》の存在すらも疑う者で溢れてしまった世界。
ただ一人、当時の《暗黒の国》の王だけは、来るべき《神》との戦争も視野に置き、彼女の話を聞く良き理解者であった。
しかし《暗黒の国》の王は彼女の持つ『大きな剣』に興味があったが為の、『理解者』という善人の皮を被った強欲な王。
彼女のもつ剣―――『黒炎剣』の《力》に気付いていた王は、ある日彼女を騙し、剣を奪い、彼女の身を部下達と共に辱めた後、こう告げた。
『この黒炎剣で、我がこの世界を《暗黒の国》として統一してくれるわ』
そう彼女の前で高らかに宣言した直後。
突如、彼女の身から『黒い炎』が現れ、剣を持った《暗黒の国》の王と共に業火に焼かれ命を落とす。
彼女の死後、剣は忽然と姿を眩ましてしまった。
そして『不死』のはずの《暗黒の国》の王は蘇生する事もなく、当時の宰相が王を継いだ。
これが今でも伝説に残るとされる『黒炎の女』の話である。
◆◇◆◇
「……」
伝承を話し終えたニーニャは何故か押し黙ってしまった。
「……ニーニャ?」
何だろう。
その『黒炎の女』って言うのが何かニーニャと関係があるんだろうか…。
『……話は終わりじゃ、二人とも。……まさかこんなにも早くここを突き止めるとはねぇ……あの小童め……』
「え……?」
おばば様は水晶を眺めながらも渋い顔をし、そう言った。
『……ワシの《傀儡》で足止めされているみたいじゃが……しかし相手は『黒鎧』の小童。すぐにきゃつの《解放》で《傀儡》も《結界》も突破されてしまうじゃろうて……。どうしたもんかのぅ……』
そう言ったおばば様は寝ている私に近付き、私のおでこに優しく手を当てる。
「……おばば様?」
『……お前に一つワシの《封魔》を授けよう。……おぬしが今受け継げる《封魔》はこれ位しかありゃあせんが……これから先、必ず必要となるじゃろうて……』
おばば様の手が黒く光る。
そして私のおでこから私に、その光が吸い込まれて行く。
「……《予兆》……?」
頭の中に浮かんだその言葉を私は口走る。
『……そうじゃ。その《封魔》は、ある程度ではあるが、『未来に起こる事象』を予測出来る能力じゃよ。もちろんその能力を打ち消してしまう『対抗能力』も色々とあるがの。……例えば『黒鎧』の小童のようにな』
……未来を予知できる《封魔》。
おばば様がいつも先回りしているような感覚だったのは、この《封魔》の能力のせいだったのかな……。
でしかし『万能』では無い……。
多分きっとおばば様が言いたいのはそう言う事なのだろう。
特に《暗黒の国》の暗黒兵には効かない者も多いという事だろう。
『ニーニャよ。こやつを連れて森を抜けてもらるか?』
「え?おばば様は……?」
「……はい。分りましたわ、ジル様。……どうか、お気を付けて」
「ニーニャ?」
言い終わったニーニャは私を起こし担ぎ上げた。
「まだ少し痛むでしょうが……ここはジル様の言うとおり、森から逃げましょう、グロリアム」
「でも!おばば様は?どうして一緒に逃げないの?」
『ヒッヒッヒ。何故ワシが自分の領土から逃げ出さねばならぬのじゃ、グロリアム?侵略者はあちらなのじゃぞい?まだワシがお前を匿っていた『国家反逆者』とばれた訳では無いわい。お前とニーニャがここから逃げれば、ワシは事情を話して無罪放免。冤罪じゃよ。ヒッヒッヒ……』
「……では、ジル様」
『うむ。少し目を閉じていてもらえるかいのぅ。二人とも』
おばば様が《移動》を唱える。
一瞬のうちに私達は森を抜け、暗黒兵等からは反対側の西の道中へと出現する。
『……すまんのぅ。年老いた婆ぁではここまで運ぶのが限界じゃあて。……では、ニーニャ、グロリアム』
おばば様は私の頬を優しく撫で、今までに一度も見せた事の無い、優しい顔を向けて言う。
『……達者でな。必ず生きて、この国を出るのじゃぞ……』
「!!……おばばさ―――」
おばば様は瞬時に《移動》を使い行ってしまった。
……なんで?
……どうして、あんな優しい顔をしたの?
あんな顔……嫌だよ……見たくないよ……!
「……ねえ、ニーニャ!私―――」
「……行きましょう。ジル様の思いを無駄にしてはいけません」
「ニーニャ!」
暴れる私を落とさないようにしっかり抱えるニーニャ。
そして私は後から知る事になる。
あの後、おばば様がカイルに捕らえられ、極刑―――。
―――つまりは『生きたまま108片の肉塊に分断され、牢獄に幽閉されてしまった』という事実を。




