私、ここから始まりました。
『10年前:《暗黒の国》:黒の森』
「おい、ばばあ。何で私だけ飯抜きなんだよ!」
『ヒッヒッヒ。そんな事も分らないお前にやる飯なんざぁ、ある訳ないじゃろうに』
この気味の悪いクソばばあに拾われて14年。
私が《剣の国》と《魔法の国》の両方の血を受け継いでいると明かされてからも10年は経ったある日。
私はいつもの様にこのクソばばあと喧嘩をしている最中。
「だってもう私も今年で14なんだ!いい加減こんな薄汚ぇ森から出て、外の世界を見に行ったって良い年じゃんかよ、ばばあ!」
『ヒッヒッヒ。14にもなる女子が未だにそんな言葉使いでいる方が、ワシには理解出来んがねぇ。ヒッヒッヒ』
「またそうやって話を逸らす!もう知らねえ!死ね!ばばあ!」
私は小屋を勢い良く飛び出す。
『今度は遠くまで行くんじゃぁないよ、グロリアム。どうせワシが張った《結界》から外には出られりゃぁせんからのう』
「うるせえ!」
ドアの外から捨て台詞を吐き、森の東のいつもの遊び場へと向かう私。
「……くそぅ。どうしておばば様は私をこの『黒の森』から出そうとしないんだよ……」
理由は分る。
私の存在が不死者達の王である《ヴュラウストス》にばれるのを防ぐ為。
そんな事は幼少期から耳にタコが出来るくらいに聞かされて来た。
だからと言ってもうこの『黒い森』に閉じ込められたまま14年の歳月が経とうとしている。
一体何時まで私はここに隠れるように生活して行けば良いのか。
本当の父や本当の母に対する恨みや憎しみを何処にぶつければ良いのか。
思春期真っ只中の私にとって、この暗い森に閉じこもっているのはどうしても耐えられなかった。
世界を見てみたい。
もっともっと広い国、城、湖や海というものもどこかの国にはあるらしい。
それらを一生見ることも無く、この暗い森の中で過ごせと?
私にはそんな事、耐えられない。
絶対にここを抜け出してやる。
昨日は初めて成功したんだ。
おばば様の《結界》に少しだけ穴を開けて通る方法。
それを1ヶ月前から東の森に住み着いている『あいつ』は教えてくれた。
まだ、おばば様は『あいつ』の存在に気付いてはいない。
最近一気に年を取った感じのするおばば様。
噂ではあの有名な『四手の黄泉返り』に次ぐぐらいの長生きなんだとか。
……興味が無いから実際の年齢とか聞いた事は無いけど。
・・・
『黒の森:東』
「……あ、居た。おーい!ニーニャ!」
向こうで切り株の上に座っている一人の少女に声を掛ける私。
「あら、グロリアム。もう良いのかしら?ジル様のお説教中だったのでしょう?」
『ジル様』と言うのはおばば様の事だ。
私はおばば様の前では『ばばあ』としか呼ばないから、あまり本名は使わないのだけれど。
「当然、バックレて来た」
「あらまあ……そんな事をして大丈夫なのかしら。あの『欺きの魔女』を相手に……」
ふふ、と笑いながらもニーニャは切り株から立ち上がる。
ニーニャと出逢ってから1ヶ月。
未だにこの少女が何者なのか、何故こうも色々と詳しいのか、私は一度も質問した事は無い。
私が興味があるのはそんなどうでも良い事では無いのだから。
私がこの少女に構う理由。
それはおばば様がこの『黒の森』全体にかけた《封魔》と呼ばれる《暗黒の国》特有の能力である《結界》を破る方法を知っていたから。
ただ、それだけの理由。
でも今の私にとっては、まさにニーニャは神が与えてくれた使者のように映る。
「で?また今夜もここを抜け出すのかしら、グロリアム?」
「もちろん!おばば様もまだニーニャの存在を知らないみたいだし、昨日私が抜け出したのだって《結界》の力が弱まったのだと勘違いしているみたいだったし!」
そう。チャンスは今しか無い。
昨日は《結界》から上手く抜け出せたのは良いが、すぐにおばば様の《傀儡》に捕まってしまいゲームセット。
結界のすぐ外に配備されていたらしい《傀儡》の存在を知らなかったから、昨日は失敗しただけだ。
私は自分自身にそう言い聞かせる。
「……本当に良いの?貴女を育ててくれた母親みたいなものなのでしょう?ジル様は……」
「もう、ニーニャ。今更何を言ってるんだよ。昨日は協力してくれただろ?もう共犯だよ、私ら……。(ニヤリ)」
今更『もう止めた』とは言わせない。
私はここを出て行く事に決めたのだから。
「はぁ……。分ったわよ。ただし」
ニーニャが顔を近付けて来る。
女の私でもニーニャの顔は綺麗過ぎて、少しドキドキしてしまうくらいだ。
「な、なんだよ……」
私は咄嗟に目を逸らす。
「前にした約束、必ず守ってよね?」
「……なんだ、そんな事か」
1ヶ月前に偶然この『黒の森』でニーニャを発見した私。
おばば様の《結界》により中からはおろか、外からもこの森には誰も入って来れないはずなのだが。
しかし、ニーニャはそこに居た。
しかも、衣服がボロボロに破けた状態で、身体のあちらこちらに傷を抱えたまま。
私は怯えた表情の彼女を、何も言わず、何も聞かずに介抱した。
それを期に色々と話すようになった私達。
そして3週間ほどが経ったある日、ついにニーニャの口から『《結界》を破ってここに逃げてきた』と教えてもらった。
そして私は提案した。
私もこの《結界》の外に出たい、と。
そして交換条件を出された。
『私の事は誰にも、ジル様にも内緒にしておいて欲しい』と。
お願いを聞くまでも無く、話す相手など誰もいない私は二つ返事で頷いた。
そして昨日、遂に『脱走計画』を実行した、という訳だ。




