俺、いきなり求婚されました。(改稿済み)
目を覚ます。
――俺は、寝ていたのか?
……いや、違う。
確か俺は快速列車に轢かれたはずだ。
そして五体が、頭が、腕が、足が、腸が、駅の構内に撒き散らされた。
宙に浮いた俺の頭部は、なんとまあ、滑稽なことに中山と大木の目の前にゴロン。
二人とも驚愕の表情で叫び声を上げていたわけで――。
そこで不意に俺の意識は途切れた。
◇
『よう、そこの不幸な少年』
なんか目の前に黒いコートのようなものを羽織った女の人が立っている。
……誰?
『なんともまあ、惨めな死に様だねぇ』
……死神?
確かに格好は死神に見えなくもない。
まあ「黒い格好が」ってだけだけど。
『おや……ずいぶんと落ち着いているのだな、お前は』
落ち着いている?
死んでるんだから、「落ち着いている」も何もないだろうに。
『ふむ……。お前ならいけるかもしれんな』
うん。
まったく意味がわかりません。
そこで俺はようやく、今の自分の現状を把握する。
……なんだよ、これ。
『ん……? ああ、その姿か。仕方がないだろう。こういう状況なのだから』
仕方がない……だと?
いや、例えばだ。
「死んでしまったから肉体がない」とか。
「肉体はあるけど服を着てなくて真っ裸で『いやん』的な状況」とか?
そういうのだったら仕方ないかなとか思うかもしれないけど。
『お前は今《契約》の場に召喚されているに過ぎない』
……だから、さっきからぜんぜん意味が分からないっつってんだろ。
『そんな状況のお前に必要な部位は、それらで十分だろう?』
いや、だからって……。
これはあまりにも酷すぎると思うのですが……。
だって、『目』と『脳みそ』しか無いんだよ?
なんか俺、どっかの宇宙人みたいになってんじゃん。
『失敬な。ちゃんと視神経も脳みそに繋がっておろうに』
聞いてません、そんなこと。
ちゃんと俺にも分かるように説明して下さい。
ここはどこですか。
あなたはだれですか。
もしよければからだもください。
◇
で、説明受けました。
『――というわけだ。納得したか?』
自身の説明に満足げな表情の黒衣の女性はそう俺に告げた。
はっきり言って、余計に分からなくなりました。
『まったく、要領の悪い奴だな』
うん。
別にいつも言われていることだから何とも思わねえし。
『何故理解しようとしない』
できたら凄いよね。
俺、自分を尊敬しちゃう。
『むぅ……。ならば、もう一度言うぞ』
黒衣の女性は息を吸い、もう一度、ゆっくりと同じことを繰り返した。
『我が夫となれ』
……。
『返事は?』
あるわけねぇだろう!
『な、何故だ…! 何が不満なのだ…!』
いや、不満とかそういう以前の問題で……。
『……まあよい。どうせすぐに我の力が必要になるはずだからな』
――そう言い残し、黒衣の女性は姿を消してしまった。
◇
「ん……」
目を覚ます。
ここは……?
「あらぁ、お目覚めぇ?」
目の前におっぱいがプルン。
俺は視界を遮るそれらの双丘を無視し、現状把握に努める。
「もう、日高くんてば、イケズぅなんだからぁ」
現状把握をするまでもなかった。
目の前に見慣れたおっぱいがあった時点で、もう理解していた。
ここは俺の通う中学の保健室だ。
目の前で甘ったるい声を上げているのは、保健教師の御坂玲奈先生だ。
白衣の隙間から溢れんばかりの胸を強調している、思春期の中学生にとって完全に害悪な保健教師。
……ということは?
「まったく……。人騒がせにも程があるわよぅ、日高くん」
御坂先生は膨れっ面で話しだす。
「なーにが『電車に轢かれた』よねぇ。中山くん達、夢でも見ていたのかしら」
夢……?
電車に轢かれたのが、夢だって……?
「日高くん、どこも怪我なんてしていないじゃない。ホント、人騒がせにも程があるわよ」
俺は手で頭を抑えながら身を起こした。
全身を確認してみたが、確かにどこも怪我をしている様子はない。
「まあ、少し右手の甲の部分に火傷の痕みたいのが残ってるけど……。でもこれって昨日今日ついた傷じゃないみたいだし」
御坂先生に言われ、手の甲を確認する。
何だか黒い痣のような痕が残っている。
一体いつ付いたんだ? こんな痣……。
「どう? どこか痛いところとか、ある?」
「いいえ。別に、何ともないです」
「そう。じゃあ、もう今日は帰りなさい。ご両親には連絡してあるから」
「……はぁ」
別に連絡とかしないで欲しかったのだが、仕方がない。
俺はそのままベッドから立ち上がり、御坂先生に軽く頭を下げた。
「じゃあ、俺はこれで」
「うん。お大事に」
御坂先生に礼を言った俺は、保健室を後にした。
◇
帰宅途中の駅構内。
俺はひとり、物思いにふける。
……あれは、何だったのだろう。
全て、夢だったのか?
快速列車に轢かれて全身がバラバラになったのも?
目と脳みそだけの、滑稽な恰好になったのも?
黒衣の女性からいきなり『我が夫となれ』とか言われたのも?
……わけが分からん。
「ああああ! ひ、日高あぁぁ!?」
いきなり後ろから叫び声が聞こえてきた。
俺は振り返りもせずに軽く耳の穴に指を入れる。
「ひ、ひいいいい! な、なんで……!? ど、どうなんてんだよ……!」
この声は中山と大木だ。
ていうか、まだいたのかよ、駅に。
……でも、どうしてこいつらはこんなに驚いているんだ?
それはつまり――さっきの出来事は夢ではなかったということなのか?
……まあいい。
ちょっくら脅かしてやるか。
「よう、二人とも。…………さっきは痛かったぞ?」
「「うう………うわああああああ!!!!」」
大木と中山の二人は、周囲の目を気にせず叫び声をまき散らし。
そしてそのまま逃げるように去っていってしまった。
――そして、翌日。
その二人のせいで俺の噂が学校中で広まり。
化物呼ばわりされたことは、言うまでもなく――。