act.8 ちょっと病んでる潔癖症
先日のお姫様抱っこ事件以来、やたらと由慧に拉致されかけるので最近の私はびくびくしている。
まさかあの由慧に形勢逆転されるなんてと悔しくなる。可愛くて天使でかるく天然記念物になりえそうな癖に!
「あ、深葉ちゃーん」
「うぎゃぁ!」
回想中にいきなりぽーんと肩を叩かれ、デジャヴュごと驚いて叫ぶ。思わず逃走しかければ待って待ってと、腕を捕まれた。
「俺だよ俺、溝内」
「あ、なんだ溝内くんか」
「うわ、なんだとか傷つくわー」
大袈裟にブレイクンハートを表現してくれた彼は帰宅部なのにスポーツ刈りの溝内くん。確か由慧の親友と以前紹介を受けた(溝内くん本人から)。あれ、由慧の親友?
「は! もしや由慧の手先!」
「うわー、見事な雑魚キャラ扱い。でも、だいじょーぶ、由慧なら自販行ってるから」
「そう。……溝内くんは由慧の本性、知ってる?」
躊躇いがちに尋ねれば、溝内くんは一瞬きょとんとしてからけらけらと笑う。
「由慧はわかりやすいからなー。曲がってるようで猪突猛進型なあたりが可愛いね。あ、顔も文句なしに可愛いけどさ」
溝内くんの由慧可愛い発言に、そうなんだよ!と私は食いつく。
「そう特に小さい頃の由慧なんか本当に天使で、私には背中に羽が見えたね」
「え、まじで! 超見たいわー、それ」
「なら今度アルバム持ってこよう……か」
って! 違う違う違う!そうじゃなくて!
「由慧の本性の話!」
「えー基本的に俺の前では常にブラック降臨だけど? もしかしなくても深葉ちゃん最近知った感じ?」
こくこくと頷けば、またけらけらと笑われる。溝内くんはぽんぽんと私の頭を叩きながらもう片方の拳で口元を隠す。
「あちらが無意識エンジェルスマイルで、こちらは自覚無娘さんかぁ。まったくどんだけ面白いんだか」
「溝内くん、言ってる意味がわからないんだが?」
「まぁ、いいよいいよ。あー、しばらくは楽しくなりそ……」
「溝内くん?」
突然にぴたりと動きを止めた溝内くんに、どうしたのかとその視線の先を追えば、
「……深葉ちゃん、俺ちょっと急用できたわぁ。生命維持に支障でるレベルかもだから退散すんね」
「……了解。今度アルバム持ってくるから生き延びて」
固い動きで彼は頷くと、一目散に走り去る。実に凄まじいダッシュだよ、溝内くん。
うん、無事だといいなぁ。そんなふうに彼を見送り終わると、後ろから怖いぐらい緩慢な足音。
振り返ればにっこりと笑みを向けられる。
「深葉、今ここに帰宅部なのにスポーツ刈りの馬鹿を人間にしたみたいのいたよね?」
「さ、さぁ?」
「ふふふ、まぁいいけどね。でも簡単に頭触らせたらだめだよ、あいつに触られたらきっと枝毛増えるからね」
うわぁ……本当にブラック降臨。また新たに見る由慧の一面ですがらもう驚きません。私はただ遠い目をするだけです。
「本当は深葉とまだいたいけど、これから掃除しなきゃいけないからまたね」
浮かべられたいい笑顔に、顔が引き攣る。
えーと、それ溝内くんのじゃないですよネ?
とりあえず、無事であれ溝内くん。
他人に対する過度な潔癖症(意味違う)は止めたほうがいいと思います、よ。