act.7 エンジェルスマイルって死語?
由慧の自称親友、溝内くん目線です。
ノートをとっている友人の横顔を頬杖をつきながら見ていれば不意に気づいた。
「なんか由慧、最近さらに可愛くなってね?」
「冗談言ってないで勉強したらどうかな? 頭弱いとモテないよ、溝内くん」
「いや、なんかほら、肌つやつやして」
「この変態が」
可愛い顔を歪めて舌打ちされた。
うん、なんか俺に対しての扱い酷いね。
でも、本当に可愛くなったと思うんだけどなぁと見つめる。
「だってさぁ、なんか最近、やけに嬉しそうだし、なんか浮足立ってるし。あ、言っとくけど由慧はもとから可愛いからな」
「そんなこと聞いてないけど?」
由慧の笑顔が黒い。それでも十二分に可愛いから今だに同じ男だと俺は少し信じられない。
初めて俺が由慧を見た時は、可愛いねなんて隣にいる女子にからかわれて顔を赤くして抗議しているところだった。
天使だと思った。一秒で惚れた。その三秒後に絶望したのは言うまでもないが。
女子が去り、堪らずに声をかけた。
性別の壁を越える気は俺にはないけれど、とりあえず可愛い友人は欲しい。
「男なの勿体ないくらい可愛いね」
困惑されてもよくて、ただ良ければさっきみたいに顔を赤くして抗議してくれたらな、なんて甘い考え。だったのだけど。
冷たい非難めいた瞳に俺を映して、由慧は眉をひそめた。
「頭、大丈夫?」
うん、泣かなかった俺は偉い。
「由慧さー、なんか俺に恨みでもあんの? 他の奴には愛想ふりまくくせに、俺には繕いもしない雑な態度じゃんか」
不服げに伺えば、冷たい一瞥を頂戴する。これはこれで冴え渡る美貌って感じで捨て難い。伝いだす声も男にしては高めの音。
「第一印象でそんな労力の必要性を感じなかったんだよ」
「え、なになに俺となら偽らずに親友になれるみたいなインスピ?」
「とりあえず出口はあっちかな、溝内くん」
笑顔で指差されたのは窓。この教室三階なんだけどなぁ、と遠い目をする。
「あーぁ、深葉ちゃん連れて来ないと俺の人権は復活しないわけね」
以前、深葉ちゃんという由慧の幼なじみと三人で話した時があった。
その時の率直な感想、由慧が可愛い。とりあえず可愛い。それに深葉ちゃんがいれば俺へ対応は普段の三割増しだった。あれは本当にいい思い出だ。というかビデオにでもして残したかった。
それに深葉ちゃんの名前を出すと、由慧はムキになることが多い。だからそれ以来、ある種の弱点のように使っていたのだけれど、今日は違った。
「深葉」
由慧は彼女の名前を反芻したかと思えば、ふわりと笑った。口も挟まずぽかんとする。それぐらい普段の由慧からは考えられない最上級の笑顔だった。
愛想笑いでも、俺への冷笑でもないそれこそ花咲くようなエンジェルスマイル。
いや、一回見たことがある。
「深葉ちゃんと話した時のと一緒?」
というよりさらにパワーアップしている。思わず見とれかければ、ぱっと由慧が表情をもとに戻す。なんだか勿体ない。
由慧はおもむろに俺に向き直ると、にこりと優等生的な笑顔を浮かべる。可愛いけれどさっきの笑みに比べたら、いくら由慧の美貌でも、いや由慧の美貌だからこそ月とスッポンだ。
由慧がねぇ、と口を開く。
「溝内くん、深葉の苗字は倉木だよ」
「……はぁ?」
「だからさ、深葉ちゃんじゃなくて倉木さんだよね」
威圧的に言われてきょとんとする。それから、あぁと納得した。なんだ超単純。
「へぇ、倉木か。倉木深葉ちゃんね」
それが由慧の好きな人。
「ちゃんづけとか見知らぬ高校生に言われたら気持ち悪いと思うから止めようね」
由慧が笑みが微かに凄みを増す。わかりやすいそれに本当に単純だなぁと内心で苦笑する。
じゃあ最近、さらに可愛くなったのもあれか、恋は人を可愛くするってやつですか。
「ほんと、由慧は可愛いなぁ」
堪らず笑えば消しゴムを投げられた。
消しゴムを人に投げてはいけません。
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