act.4 旦那サマは羊革の狼
「深葉ぉ、旦那が呼んでる」
教室後ろの扉から親友に声をかけられた。慌てて机に突っ伏せて叫びかえす。
「この深葉は現在使われておりませんお近くの別の女子をお呼びください」
「なにそれ、新しい遊び? ま、いいや。旦那ぁ、深葉は居留守ー。また後で来な」
「な、」
ばっと顔を上げれば親友はひらひらと廊下に向けて手を振ってから、私の前の席まで歩いてくると腰掛けた。平然としている彼女をむっと睨む。
「親友を簡単に売るな、佐雨」
「売ってない、質に入れただけ」
「否定するならわかりやすくしろよ!」
「なら、否定しなーい」
佐雨はピンクのマニキュアに彩られた指先を気にしながら、私にちらと目を向ける。
むっとしつつも佐雨に見られると苛立ちはすぐに霧散してしまう。
佐雨のメイクは上手だ。どうすれば自分がよりよく見えるのかをちゃんとわかってる。緩く巻かれた栗色の髪も、上向きの睫毛も佐雨らしくてよく似合っている。
ふわりと微かに香る香水も、あ。
「香水変えた? 艶っぽい」
「変えたよ、相変わらず気づくの高速」
「女の子の変化に気づいて褒めるは人として当たり前」
「今日も見事にオヤジ紳士だねぇ。それより旦那となんかあり?」
佐雨の言う旦那とは由慧のこと。なんでかずっとそう呼んでいる。可愛い由慧には似合わないと何度も言ったが変える気配はない。可愛い由慧、そう思い浮かべてガンッと机に額を打ち付ける。痛い、やっぱりこれは現実だ、痛い。
私の奇行に呆れたような佐雨の声。
「確かにさっき言ったとおり通常運営してないねぇ。てことはとうとう旦那が動いたわけ」
「なにそれ……」
「なにって羊の皮を被った狼でしょーが、深葉の旦那」
つまらなそうに至極当然と零された言葉に私はまたばっと顔を上げる。
「な、なんでそれを!」
「なんでって見ればわかるよ。旦那ってにこにこしてるけどにこにこしてないし、深葉のこと好きすぎて他の人間眼中外だし、実は絶対俺様の狼系。だからアタシ、可愛いけど旦那は対象外だわ」
当たってる!正確に分析出来すぎて怖いくらい当たってる!
「なにそれ、初耳なんだが!」
「みんなちょっとは勘付いてるよ。だから、旦那って目の保養扱いだし。でなきゃ普通に告白されまくりのアタックされまくりでしょーが、あの容姿的に」
「なんでそれ私に言わない!? 私、昨日に初めて知ったんだけど!?」
声いっぱいに講義すれば、さらに呆れたような目で見られる。
「そんな余計なことしたら旦那にどんなめに合わされるか、わかんないでしょーが」
「怖いの!? やっぱウチの子、ちょっと怖い子なんだ!」
「いやちょっと面白そうだからアタシが箝口令敷いたけどね」
「佐雨ーっ!!」
肩を怒らせれば、まあまあと笑われる。笑い事じゃないとさらに言い募ろうとすれば唐突にぽんっと肩を後ろから叩かれた。
「元気で素敵だね、深葉」
後ろの正面だーれだ?