act.19 触らぬ幼なじみに祟りなし
「というわけで由慧、本気でキレて」
まっすぐと見上げる。対する由慧は口元だけで笑う。
「というわけって第一声がそれなんだけど? それより、昨日はどうして僕を置いていったのかな、百文字以内でわかりやすく説明してくれる?」
尋ねる口調の時の由慧は怒っている。後ずさりそうになるもののここで引いたら女が廃る。心を強く保って、キッと由慧と目を合わせた。
「もし、言うこと聞いてくれたら今日一日だけ女の子らしくする!」
「!」
「えー……、なによそれ」
後ろから佐雨が呆れたような声を上げるが気にしない。一度、お願いごとをする時に代わりに課されたのこれだった。その時の由慧の機嫌の良さは本当に普段の比ではなかったのを覚えている。
もし上手くいくならこれだろう。祈るような気持ちで様子を伺うと、由慧は目を見開いていた。失敗か、と苦い顔をしかけると、ぽつりと呟きが降る。
「それ、別に深葉の前でなくていいんだよね?」
「! そう、宮嶋にキレてくれればいいから!」
後ろで様子見をしていた宮嶋を示す。宮嶋はむすりと由慧を睨み、それを見て由慧がにこりと笑う。
「なら、いいよ。宮嶋くん、少し顔貸して?」
「……あぁ」
「由慧、本気だからな! 手加減なし!」
教室から出て行く背中に声をかける。一度だけ振り返った由慧は優しく目を細めた。
「でも深葉、後で昨日のことちゃんと深葉の口から聞かせて」
「わかったよ、約束にいれとく」
「うん。じゃ、ちょっと行ってくるね?」
由慧は私の返事に心底嬉しそうひらひらと手を振って、それから見えなくなった。
「旦那のマジギレとか……、宮嶋マゾ?」
佐雨が呆れ半分、哀れみ半分で呟いた。
結果から言うとどうやら成功したらしい。
「ただいま」
「え、まだ10分も経ってないけど!」
後ろに宮嶋を連れて由慧が教室に帰ってきたのは思っていたよりよほど早かった。
「宮嶋、本当に成功?」
慌てて宮嶋に確認すれば、無言で頷かれた。その尋常ではない様子に腰が引ける。
果たしてこれはトラウマになったりしないだろうか。
「深葉、」
由慧に後ろからふわりと柔らかく抱きしめられた。
「約束守って」
耳元で囁かれてわっと熱くなる。
ここクラスですけど! 思わず抗議しかけて、約束を思い出し留まる。
「は、離してください」
「やだ」
甘えるようなその声が耳朶をくすぐって今度こそ叫びたくなる。
でも、だって女の子はここで腕をはたき落とし取りしないだろ!
女の子に対する深葉のイメージが完璧すぎるのです。