act.13 天然茹でダコ製造機
「あぁ、楽しかったわぁ」
「佐雨」
笑いすぎの佐雨を恨めしげに睨む。
「俺も始めて由慧の野郎をぎゃふんと言わせられたみたいですげぇ楽しい」
「宮嶋は顔、真っ青だったくせに」
「あ? 終わり良ければすべてよしだろうが」
心なしか誇らしげな宮嶋に自然とため息が零れる。
さっきのあれこれは授業が始まるからと半ば追い出すように佐雨が由慧を言いくるめて終わった。最後に目が合った時に極上の笑みを向けられたのにゾッとしたのはどうしてだろうね、うん。もう深く考えるのはやめようか、うん。
宮嶋と佐雨は私が遠い目をしている間も話を続けている。なんだ、この由慧打倒同盟みたいな仲良しさ。
「てか、工藤はあいつの味方だと思ってた」
「アタシは常に面白いほうに一票がモットーだね。宮嶋が打倒旦那なのは知ってたから今回も絶対対抗してくると思ってたの。旦那はちょっと痛い目見たほうが面白いでしょーが」
「……当事者の身にもなってくれまいか、佐雨」
ぐたーと机に伸びる。それから、次は宮嶋を見やる。
「でも元はと言えば、宮嶋が悪い。可愛くない私が告られることなんかあるわけないって由慧がわからないのも悪いけど、からかう宮嶋が悪い」
一息にそれだけ言えば、宮嶋は黙ったまま私を見るだけなので、なんだよ、と口を尖らせる。
宮嶋はまっすぐ私を目て口を開いた。
「お前、普通に見れる顔だと思うけどな。少なくとも俺は嫌いじゃねぇよ」
「は?」
間抜けに聞き返してから、その言葉の意味に気づいて顔が熱くなる。
「何言って! さ、佐雨のほうが美人だろ!」
「工藤はなんていうかアクが強ぇから、俺はそれならお前のがいいな」
大して気負いもせずに宮嶋は無造作にそう言う。だから、嘘など微塵も混じっていないのがわかって今度こそ耳まで熱くなった。ひゅうっと佐雨が口笛を吹く。
「言うねぇ、宮嶋。深葉、見事に真っ赤よ」
「お、赤くなった。俺が壁ドンした時はちっとも動じなかったくせになんなんだよ、お前」
「深葉はほんとのことには弱いからねぇ。今までの免疫がない分、素直に言われると照れるのよ」
「か、勝手なこと言うなよ、佐雨っ! 宮嶋も目的は由慧をぎゃふんと言わせることなんだろ。私を好きで迫ってるわけじゃないんだから、もう何も言うな!」
恥ずかしいやら悔しいやらで半泣き気味で叫ぶ。宮嶋はしゃがみ込んで目線を合わせると、まじまじと私の顔を覗き込んだ。
その無遠慮極まりない視線にたじろぐ。でも次第に無言で見つめられることに耐えきれなくなってあわあわと視線を泳がすと、宮嶋が目を驚いたように瞬く。
「なんだ、こいつ兎みたいで可愛いじゃんか」
感心したように口元に手を当てる佐雨を冷静な視界の片隅で捉えつつ、私は茹でダコの如くさらに真っ赤になった。
素直にしれっと言う人間が一番厄介だと思う。