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◆第四話『悪魔ちゃん、ラーメン』

 ハオニー村の宿屋にて。


「四名でいいか?」

「ひとり」


 このやりとりを見るのは何度目だろうか。

 初めて会った日から勇者の受け答えは変わらない。


「ん? 後ろにいる人たちは連れじゃないのか?」


 決まって勇者はこう言う。


「じゅうしゃ」


 ずーん、と落ち込むリングスたち。

 なんだか宿屋に来る度、自分たちの立場を明らかにされているようだった。


「というわけなので、とりあえず俺たちの部屋もお願いします。三人追加で」

「四人なら二人部屋二つの方が安くなるが……どうする?」

「そうしましょう。無駄遣いはあまりよろしくありませんし。いいですよね、勇者さま」

「……好きにすれば」

「じゃあ、あたし勇者ちゃんと同じ部屋で!」

「いや。それならひとりで寝る」

「えぇ、そんなぁ……」


 身の危険を感じたのか、勇者はヘレンの申し出に即答していた。

 どうにもヘレンを苦手としているようだ。

 そのヘレンは隅の方でいじけている。


「それではわたくしかリングスさんのどちらかが、勇者さまと同じ部屋ということになりますが……。リングスさん、ちょっとこちらに」

「な、なんだよ?」


 手招くマナを不信に思いながらも、言われた通り近づいた。

 マナが囁いてくる。


「お部屋、お譲りしますよ」

「ほんとうかっ!?」

「静かに。まだ話は終わっていません」

「あ、ああ。悪い。で、他になにがあるんだ?」

「お譲りする見返りは用意して然るべきだと思うのです」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。金とるのかよ?」

「そうしたいのはやまやまなのですが、今日のところはタダにしてさしあげます。その代わりと言ってはなんですが、今夜、勇者さまが眠られたあとにわたくしとヘレンさんの部屋にきてください」

「そんなことでいいのか?」

「はい。くれぐれも勇者さまに気づかれないようお願いします」

「わ、わかった」


 マナが勇者に伝える。


「勇者さま。リングスさんと同じ部屋でもよろしいでしょうか?」

「……ん」

「では決まりですね。ヘレンさん、そんなところでへこたれてないで行きますよ」

「ふぁあい……ぐすっ」


 いじけるヘレンを連れ、マナが部屋に向かう。

 その後ろ姿を見ながらふと思う。

 呼び出される理由はなんなのか。

 金好きのマナが天秤にかけるぐらいなのだから、なにか裏があるに違いない。

 部屋を譲ってもらったのはありがたいが、どうにも不安だ。

 しかし勇者との二人部屋。それを思うと、抱いていた不安はどこかに消え去っていた。




「お邪魔しま~す……」

「いらっしゃい。早かったですね」


 勇者が寝たあと、約束通りリングスはマナたちの部屋にやってきた。

 迎えてくれたマナに促されるまま部屋の中に入る。


「勇者さんって日が暮れるとすぐ眠くなるみたいなんだ」

「あ~ん、あたしも勇者ちゃんの寝顔見たかったなあ」


 窓側にあるベッドの上にヘレンが座っていた。

 どうやら、マナの用事にはヘレンも関わっているらしい。


「うるさくしなければ今も見にいけると思うけど」

「え、ほんと!?」

「ただし近づけば命の保障はしない」

「大丈夫大丈夫! じゃあ、今すぐに――」

「ヘレンさん、今はそれよりも大切なことがあるでしょう?」

「わ、わかったわよ。我慢する……」


 高揚したヘレンを一瞬で沈めたマナが、入り口側のベッドに腰掛ける。


「リングスさんもそちらにどうぞ」

「あ、ああ」


 二つのベッドの間に予め椅子が用意されていた。

 そこに腰掛けると、三人が向き合う形になった。


「さて、本題に入りますが……。リングスさん、あなたは今のわたくしたちの現状をどう思いますか?」

「現状って?」

「つまり、勇者さんの目にわたくしたちがどのように映っているか、です」


 昼間、宿屋の主人に告げた勇者の言葉を思い出す。


「……従者」


 自分で言ってから切なくなった。

 さらに部屋に暗雲が立ち込める。


「……残念ながらそれで間違いないようです。そんなわたくしたちですが、今のままでは仲間に昇格できるとは思いません。どうしてかわかりますか?」

「勇者ちゃん、強すぎるもんねえ。あたしもさ~、勇者ちゃんが強いなんて二人が言うのは冗談だと思ってたんだけど、あんなの見せられちゃあね……信じるしかないよ」


 呆れたようにヘレンが言った。

 この村にくるまでの間、やはり勇者の強さを間近に見てヘレンも唖然としていた。


「そうです。勇者さまが強すぎるのです。それはもう圧倒的に。勇者さまなら魔王すらも簡単に倒してしまうのではないかと思ってしまいます」

「それは否定できないな……」


 魔王は魔物の王たる存在だ。

 先日戦った牛魔やゴーレムなど比べ物にならないほどの強さを持っているだろう。

 しかしそれでも、勇者が負けるイメージはまったくといっていいほど浮かばなかった。


「俺も勇者さんみたいになりたかったな」


 天井を見上げながら、リングスはため息混じりに思ったことを口にした。

 ヘレンが眉をしかめる。


「そう? あたしはそうは思わないなぁ」

「あれだけ強けりゃ、なんでもし放題だぞ?」

「そのおかげで魔王討伐だなんて面倒なことしないといけないなんてあたしはごめんよ。それに勇者ちゃんってずっとお城の中で過ごしてたって言うじゃない。羨ましいより、むしろ可哀相って思うわ」


 たしかに勇者の圧倒的な力は、魔物と戦うためにこれ以上ないくらい最高の武器だ。

 しかし、その最高の武器を得るための苦行、そして勇者としての責任は、世俗からは酷くかけ離れている。

 もし勇者が、可愛い服を着たり誰かと恋をしたりただ気ままに外を歩いたり、といった普通の女の子が出来るようなことを望んでいたとしたら。

 その考えに至ったとき、「勇者みたいになりたい」という言動が浅はかだっとリングスは後悔した。

 リングスが返答に(きゅう)していると、マナが見計らったように話を本筋に戻す。


「とにかく、このまま仲間として認められないまま勇者さまが魔王を倒してしまうと、ボジュール王から褒美をもらえません」

「たしかに……」


 マナほどお金好きではないとはいえ、リングスも褒美は欲しい。


「あたしもそれはちょっと困るのよねえ。お店を抜け出してきたのだって、褒美をわけるって条件付きだし」


 どうやらヘレンも褒美が欲しいらしい。

 ただ単に勇者が可愛いからついてきたのだと思っていた。


 いや、あながち間違ってはいないか。


「仲間として認めてもらえない。けれど、勇者さまが強すぎて活躍する場がない」

「打つ手なしだよな……」

「いいえ、あります」

「え?」

「わたくしたちで勇者さまを妨害すればいいのです」

「……は?」

「ですから、わたくしたちで勇者さまを妨害するのです」

「なに言って……! そんなことできるわけないだろっ!?」

「ですが、今のままではずっと従者のままですよ? それでもいいのですか?」

「ぐっ……。でも、それでも勇者さんを裏切るようなことなんて……。そうだ、ヘレンだって反対だよな!?」


 勇者のことが大好きなヘレンなら加勢してくれる。

 そう思い、意見を求めたのだが……。


「あたし? まぁ……。あたしってさ、可愛い子が大好きなんだけど……一番好きなのって可愛い子が困ってるところなのよね」


 ヘレンは嗜虐思考だった。


「あの苦しんで泣きそうなのがたまらないのよね~。守ってあげたいっていうか、こう胸にきゅんってくる感じ? 体が疼いて疼いて……あん、勇者ちゃんが困ってるところ想像したら今にも、もうっ……!」


 ベッドの上でヘレンがくねくねと身悶える。


 もう、だめだこいつ。


「なあ、マナ。いくら褒美が欲しいからってそういうのはやめとこうぜ? な?」

「勇者さまが困っているところに、颯爽と現れ助けてさしあげたらさぞ格好良いことでしょうね。もしかすると勇者さまはそのお方に惚れてしまうかもしれません」

「よし、俺はなにをすればいい?」

「良い変わり身です。そういうの、嫌いではありませんよ」


 勇者を意図的に困らせるのはさすがに心が痛むが、たしかにそうでもしなければ活躍する場は得られないだろう。

 それにリングスが協力しなくても、マナは構わずなにかやらかしそうな気がする。

 ならば一緒に行動し、度が過ぎるようであればいつでも止められる位置にいた方がいい。

 そこまで考えて、リングスはマナの話に乗ることにした。

 未だ妄想の世界にいるヘレンを無視し、マナと話し込む。


「でも、勇者さまを困らせるって、具体的にはどうするんだ?」

「それなんですが、魔物と連携を取ろうかと思いまして」

「ま、魔物と!? そんなのどうやって……」

「上位の魔物の中には人語を理解、会話できるものがいます。そういった魔物は大抵が頭もいいのですよ」

「でも、そんなやつらが都合よくいるとは限らないんじゃないのか? 寧ろ会ったら会ったでやられちまうかもしれないぞ……」

「そこで、これを使うのです」


 服のポケットから縦長のガラス瓶をマナが取り出した。

 なにやら青い液体が入っている。


「なんだそれ?」

「限られた時間ではありますが、魔物と会話ができる魔法の薬です。タルデボーアの町に行ったとき、闇市で買ってきました」

「あ、もしかして夜にマナが路地に入っていったのってそれのためだったのか」

「なんです? つけていたのですか? 趣味が悪いですね。この変態」

「ち、違うって! たまたま見つけたんだよ」

「そうですか。まあ、いいですけれど。つまり、これを使って下位の魔物と交渉し、上位の魔物を連れてきてもらうのです」

「なるほど。なんか危なそうだけど、わかった」

「はい」


 マナが手を出してくる。

 以前にも同じようなことをされた覚えが……。


「ヘレンさんからは既にいただいています。この薬、高かったのでリングスさんにも出していただきますよ」

「ちゃっかりしてるな、ほんと……」

「よく言われます」


 こうして、リングスたちによる勇者妨害作戦が始まった。



 村から一番近い森にリングスたちはやってきた。

 周辺の荒野では、村の灯りが見えているからか魔物があまりいなかったのだ。

 月明かりだけを頼りに、森の中を進んでいく。


「魔物を生け捕りにすればいいんだよな?」

「ええ。可能な限りケガは負わさないでください」

「わかった。なら剣は使わない方がいいな」


 ちょうど近くに適当な大きさの木の棒が落ちていたので、それを手に取る。


「リングスさん、それを使うのですか? そもそもあなたは格闘家なのですから武器は必要な――」

「その先は言わないでくれ。心が抉られる」

「そ、そうですか」

「リングスくんったら、格闘家なのに勇者ちゃんより弱いパンチしか出せなかったからへこんでるんだよね。可愛いっ」

「ごふっ! こ、心が……」


 容赦ないヘレンの精神攻撃に落ち込んでいると、カサカサとなにかが動く音が聞こえてきた。

 揺らめく草むらが目に入る。


「リングスさんっ!」

「わかってる! この悲しみ……そのままキサマに食らわしてやる!」


 完全に八つ当たりだった。

 木の棒を上段に構えたまま草むらに飛び掛かる。

 草むらを抜けたあと、目の前に現れたなにかに木の棒を振り落とそうと――したところで手を止めた。

 怯えたように目を瞑る小さな魔物がいたのだ。

 もこもこした毛に覆われ、どこか小熊に似ている。


「おい、ちょっとこっちにきてくれ」

「もう倒したのですか? へたれかと思っていましたが、なかなかやりますね」

「いや、違う。っていうかへたれってなんだよっ!」


 リングスが大声をあげると魔物の身体がぴくりと震えた。

 どうにも、かなり弱気な魔物らしい。


「や~ん、なにこの魔物! 可愛い!」

「では、早速薬を飲みます。お二人も飲んでください」


 マナがガラス瓶の栓を抜き、薬を飲んだ。

 そのあとヘレンが飲み、残った薬が回ってくる。

 瓶の縁に二つの口紅がついていた。

 ごくりと喉を鳴らし、薬を飲む。

 なんだか甘い味がした。


「そこの小さな魔物さん、ちょっとお話をしたいのですがよろしいですか?」


 マナの声に反応して魔物が瞑っていた目をあける。

 が、マナの邪悪な気配を感じ取ったのか、またすぐに目を瞑ってしまう。


「おい、怯えてるぞ。きっとマナのどす黒さがバレたんだろ」

「失礼ですね。わたくしほど純真なものなどいませんのに」


 そんな人は魔物を治癒したりしない。


「あたしに任せて! ほら魔物ちゃん、こっちおいで~。ぎゅってしてあげるわよ~」


 今度はヘレンが魔物に近づく。

 しかしこれまたすぐに怯えてしまう。

 無理もない。

 涎を垂らしながら、はぁはぁと鼻息荒いヘレンを前にしては誰であっても恐怖を感じる。

 こうなってはリングスが話すしかない。

 屈みこみ、魔物の目線に近づける。


「怖がらせて悪いな。俺の言ってることわかるか?」


 ゆっくりと目を開けた魔物が、こくんと頷く。


「お、良かった。実は俺たち勇者の仲間なんだけど――」

「ゆ、勇者っ!?」


 初めて喋った魔物の声は可愛らしいものだった。

 なんとなく女の子ではないかと思った。


「あぁ、大丈夫。別にキミを取って食ったりはしないから。ただちょっと用があってさ、上位の魔物に会いたいんだ。だから、呼んできてもらえないかな?」

「上位の魔物……?」

「出来るだけ頭の良い魔物がいいです。権力もあればなおいいのですが、それはついででも構いません」


 聞こえてきたマナの声に驚いたのか。

 魔物がリングスの背に隠れた。


「この構図は納得がいきませんね……。まあ、いいでしょう。ここはロリングスさんにお任せします」

「誰がロリングスだ!? 一文字多いわっ!」

「いいなぁ。触りたいよ~」

「あんたらが喋るとこの子が怖がるから、とりあえず黙っててくれ」

「「ロリングス」」

「うるさいわ!」


 背に隠れている魔物に向き直り、確認する。


「まあ、そういうことなんだけど、いいか?」

「……うん。待ってて」


 終始涙目だった魔物が背を向け、暗闇の中に消えていく。

 その背を見送ったあと、リングスはゆっくりと立ち上がった。


「これでいいんだよな?」

「ええ、あとは待つだけです。さて、話のわかる魔物が出てくればいいのですが……。万が一のときは皆さん、わかっていますよね?」

「ああ」「ええ」


 三人は顔を見合わせる。


「「「逃げるっ!」」」


 息はぴったりだ。




 しばらくして、リングスは不意に風が動くのを感じた。

 同時に月明かりが消える。

 反射的に空を見上げると翼を持った人型のなにかが降りてきていた。

 乾いた笑いを浮かべながらマナが言う。


「ふふ、これは……」

「やばいのか?」

「ええ、やばいかと訊かれればやばいと答えます。あれは悪魔……ですよ」

「「げっ」」


 ヘレンと揃って声をあげた。

 なぜなら悪魔と言えば魔王直属の魔物なのだ。

 おとぎ話の中にも出てくるので、ほとんどの人は聞いたことがある。

 自らが殺した人間を奴隷にしてしまう魔物、それが悪魔だ、と。


「に、逃げようよっ!」

「待ってください。たしかに悪魔の強さはそこらの魔物とは比べ物になりませんが……知略の方も優れていたはずです。一度、話してみましょう」


 木の葉を舞い散らせ、悪魔がゆっくりと地面に着地する。


「それに、逃げられる気がしませんからね……」

「いい判断だ。私を呼び出しておいて逃げるなどという行為をとったら即殺してやったぞ」


 悪魔は美しい女性の姿だった。

 身の丈はリングスよりも少しだけ高い程度。

 全身が黒ずくめで、ヘレンとは違った蠱惑的な雰囲気を漂わせている。


「きさまらが勇者の仲間か?」

「あ、ああ。そうだ」

「証拠を見せろ」

「え」

「きさまらが勇者の仲間であるという証拠を見せろと言っている」


 まったく予想していなかったことに固まってしまう。

 助けを求めて、ゆっくりと目線をマナに向ける。


「証拠はありません。ですが、これから話すことはわたしたちが勇者の仲間であってもなくても、あなたがたにとって不利益のないものです」

「それは私が判断する。証拠が先だ」

「くっ……」


 どうにも状況はあまりよろしくないらしい。

 ここで悪魔の言う通りにしなければ、恐らくこちらの命はない。

 かといって、勇者の仲間であるという証などない。

 伝説の剣ならあるのだが……って。

 伝説の剣を鞘から抜き、悪魔に見せ付ける。


「こ、これならどうだ!?」

「なんだそれは?」

「伝説の剣だ。ボジュール王国に伝わるものらしい」

「ふむ……。たしかに伝説の剣はボジュールにあると聞いていたが……」

「確かめてみるか?」


 伝説の剣を悪魔に手渡そうとする。


「ちょ、ちょ――っと待て! きさま! それ本物だったら私が死ぬだろうが! 殺す気か!?」


 いきなり取り乱した悪魔にリングスたちはぽかんと口を開けた。

 悪魔がこほんと咳払いする。

 どうみても赤面していた。


「あたし、今ちょっと可愛いと思ってしまったわ……。悪魔ちゃん、結構いいかも」

「ちゃん付けするなっ!」


 今まで感じていた悪魔の威厳というか恐怖が、一瞬でどこかに吹き飛んだ。


「伝説の剣に悪魔が触れればただではすまん。見たところ、どうやら本物らしいしな」

「そうなのか。まあ、よくわからないからいいけど」

「して、なぜ伝説の剣を仲間であるはずのお前が持っている? もしかしてきさまが勇者なのでは――」

「ああ。違う違う。まあ、言いにくいんだけどさ……。実は勇者さ――」

「ふんっ」


 突如感じる股間への衝撃。


「アッ――――!!」


 悲鳴をあげ、リングスは崩れ落ちる。

 どうやら後ろから蹴り上げられたらしい。

 犯人は言うまでもなくマナだ。

 こんなことをするのはやつしかいない。

 ヘレンが腰をさすってくれる。

 その配慮が嬉しくて涙が出た。


「だ、大丈夫かっ!?」


 意外だが悪魔も心配してくれていた。


「大丈夫ですよ。リングスさんはたまに股間が張り裂けるような痛みを感じる病気をお持ちなので。気にしないであげるのが彼のためです」


 どんな病気だよ……っ! あんたが本当の悪魔だろ!


「そ、そうなのか。なら気にしないようにしよう」

「ええ、そうしてあげてください。それで、リングスさんが剣を手に入れた経緯なのですが、勇者から盗んできたのですよ。今、勇者は眠っていますので」

「盗んだ? 仲間なのになぜだ?」

「それが今回、あなたに来ていただいた件に関わっているのです」

「ほう、話してみるがいい」

「わたくしたち、実は勇者に恨みを抱いていまして……」

「なるほどな。きさまらが私を呼んだ理由がなんとなくだが読めたぞ」

「察しが早くて助かります。ですから、あなたがたと協力して勇者を殺したいのです」

「なっ――!」


 マナの『殺したい』という発言に躊躇いをまったく感じなかった。

 抗議の声をあげようとするが、先ほどマナにやられた痛みのせいで声が出なかった。

 もがいていると、ヘレンが耳打ちしてくる。


「大丈夫よ。マナちゃんだって本気で殺そうなんて思ってないわ。それに、勇者ちゃんがやられるなんて、本当に思ってるわけ?」

「あっ……」


 たしかにそうだ。

 冷静に考えてみれば勇者が負けるはずがない。

 というか負けるところを想像できない。

 そんな勇者を困らせようとしているのだから、言いすぎではあるが『殺す』気でいなければならないだろう。

 複雑な心境ではあるが、なんとか納得する。


「殺したい……か。ふははっ! いいぞ、気に入った! 手を貸そう!」

「感謝します」

「それに我々とて勇者を殺せるに越したことはない。最近、勇者のあらぬ噂が広まっているからな。下位の魔物たちが震え上がっていてどうにもだめだ」

「あら、どんな噂ですか?」

「ほとんどデコピンだけで魔物を倒しているとな。ははっ、そんなわけあるはずが――」

「本当ですねそれ」

「ウソだろう!?」

「いいえ、本当です。ですから、わたくしたちも手を焼いているのですよ」

「な、なるほどな。しかし、勇者とはそれほどの強さなのか……。これはますます魔王さまに近づかせるわけにはいかないな」

「では、早速作戦を練りましょう。リングスさん、いつまでも寝ていないでこちらに」

「あんたのせいだろ!」


 そしてリングスたちと悪魔による作戦会議が始まった。

 悪魔の熾した火の近くで、四人は地図を囲む。


「恐らく、わたくしたちは次にこの村を目指します。ここまでの道程で、どこか奇襲か待ち伏せに適した場所はありますか?」


 マナの問いに悪魔が地図のある一点を指差して答える。


「ここだな。フタマタ峡谷。二つしか道がない上に、酷く狭い」

「そこで待ち伏せですか」

「いや、奇襲がいいだろう。我々が中央の岩壁上部に待機し、きさまらがどちらかの道を通ったとき、上から襲撃。行く手と退路を断つ」

「なるほど。どちらの道を通っても、それならば全軍を投入できますね」

「ああ。明日はこの辺り一体の魔物をすべてそこに終結させよう。その数、千は下らないはずだ。いかに勇者といえど、それだけの魔物を相手にすれば生きてはいられまい」

「もし、勇者が倒れたときは……」

「案ずるな。きさまらは生かしてやる。それにきさまはなにやら私と同じニオイがするからな。どうだ、私の部下にならないか?」

「それも面白そうですね」


 と、リングスとヘレンが口を挟む間もなく、明日の作戦は決まってしまった。

 ついでに非常時のマナの就職先も決まっていた。


 抜け目がなさすぎる。


 悪魔が立ち上がる。


「きさまら、ちょっと立て」


 悪魔に促され、リングスたちも立ち上がる。


「全員、肩を組め」

「いきなりなんだよ?」

「いいから、組め。違う、こうだ」


 悪魔に言われるまま、リングスたちは肩を組んだ。

 円になり、頭を沈める。


「なんだこれ?」

「円陣というものだ。気合を入れるために魔王さまが開発した集団魔法だ」

「こんな形でする魔法は聞いたことがありませんね」

「なんかこれならあたしでもできそうね! ねえねえ悪魔ちゃん、どうやってやるの!?」

「だからちゃんをつけるなっ! ……まあ、待て。これには順番に全員が自分の信念を込める必要がある。そのあと、私が『行くぞ』と言ったら全員で『おー』だ。わかったか?」

「なんとなくだけど、わかった」

「よし、じゃあ私から順に行くぞ」


 一拍置いて、悪魔が声を張り上げる。


「魔王さまのためにっ!」

「お金のためにっ!」

「可愛い子サイコーっ!」

「ゆっ――。愛のためにっ!」

「行くぞっ!」

「「「「オッ――――!!」」」」


 勇者妨害作戦は成功するのか。

 このとき、そんな不安が円陣によってかき消された。




 翌日。

 早朝に出発したリングスたちは、つつがなくフタマタ峡谷に辿り着いた。

 魔物との遭遇はここまでなし。

 昨夜、悪魔が魔物たちを集めると言っていたから、その影響だろう。

 今頃は二つの道のどちらにでもいける、中央の岩壁上部に潜んでいるはずだ。

 分かれ道前にて、リングスは地図を広げる。


「勇者さん、どっちからいきますか?」

「……どっちも長い」

「そうですね。まあ、どっちを通ってもさほど距離は変わりませんけど」

「そこ通ってたら夜になる」

「いや、まあそうですけど。でもこの二つしか道はありませんよ?」

「遠回り」

「え?」


 眼前にある巨大な岩壁に勇者が近づく。

 なんとなくだが嫌な予感がした。


 まさか。


 まるでなにかを探るように勇者は手のひらを岩に当てていた。

 やがて、その手が止まる。

 次の瞬間、今までに見たことのない勢いで勇者が岩壁に拳を突き込んだ。

 爆音と共に吹き荒れる風が辺りを襲う。

 気づいたときには目の前に聳えていた岩壁があとかたもなく消し飛んでいた。


「……ん」


 広々とした一本の道が出来上がった。

 道というより荒野という方が正しいかもしれない。

 その道を、勇者は何事もなかったかのように歩いていく。

 勇者を見ながら、いつものごとく唖然とするリングスたち。


「どうやら俺たちは勇者さんを甘く見すぎていたらしい……」

「そのようですね……。でたらめすぎます……」

「悪魔ちゃん、大丈夫かしら……」

「この有様じゃ……」

「生きていたら奇跡でしょうね……」

「短い付き合いだったけど、残念ね……」


 目頭が熱くなる。

 ヘレンにいたっては涙を流していた。

 崩壊したフタマタ峡谷に向かって、リングスたちは並んで立つ。

 そして各々、胸の前に星型を描き、こう呟いた。


「「「ラーメン」」」


 魔物との共同による勇者妨害作戦は失敗に終わった。

 結果。

 恐らく魔物は全滅。

 勇者と愉快な仲間たちは無傷。

 そしてこの日、地図が変わった。

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