◆第三話『魔道師じゃない魔道師』
最終話を除いて今回から一話完結でお送りしますー。
翌日。
早朝にラバナディア村を出発したリングスたちは、幾度も魔物に襲われながらも怯むことなく、次の村に向かって歩んでいた。
「はぁああああああああっ!!」
スカッ。
「おぉおおおおおおおおっ!!」
スカッ。
「てりゃぁああああああっ!!」
スカッ。
リングスの張り上げた声が荒野に響き、剣が虚空を斬る。
一仕事終えたように、額に浮かんだ汗を拭った。
「ふぃ~」
「まったく役に立っていませんね」
「うっ……。でもそれを言ったらあんた――じゃなくて、マナもだろ」
前方をてくてくと歩く勇者のあとを、リングスはマナと並んで追っていた。
昨夜、部屋にやってきたマナが勇者に旅の同行を求めた。
これを勇者が迷うことなく承諾。
なぜあんな簡単に同行を許したのか。
今ならわかる気がした。
たぶん治癒魔法を使えるならなんでもいい、といった感じだろう。
……訂正。
たぶんではなく絶対そう。
「まあ、そうですけれど。仕方ないではありませんか。勇者さまが強すぎて全然傷を負わないのですから。あ、そうですわ。リングスさん、この際だからちょっと魔物にやられてみません?」
「なんでお茶でもご一緒しませんかみたいな軽いノリなんだよ」
「あら、リングスさんとお茶なんてするはずないじゃないですか。お金が勿体無いです」
「お願いだから例えに素で答えないでいただきたい。心が痛む」
勇者と二人きりの旅が終わってしまったことに酷く落ち込んだ。
ただ、こうしてマナと喋りながら旅をするのも悪くないかもしれない。
少しばかり……いや、かなり毒舌で二言目にはお金お金と口にするのが玉に瑕だが。
「しかし、困りましたね……」
顎に手を当て、マナはなにか悩んでいるようだった。
「どうした?」
「いえ、これでは勇者さまにわたくしの活躍を見ていただけないではありませんか」
「あぁー……ていってもどうしようもないだろ? 見てみろよあれ」
先頭を歩く我らの勇者さまが、今も襲ってくる魔物をデコピンだけで片付けていた。
「仕方ありませんね。こうなったら奥の手です」
そんな意味深な言葉をマナが口にしてから、いくらか時間が経った。
魔物との戦闘も幾度かこなし――もちろん勇者だけ――着々と次の村までの距離を縮めている。
マナはなにかの機会をはかっているようだった。
そして、そのときがやってくる。
辺りが砂地の場所で、地面からなにかが隆起する。
それはどんどんと高さを得ていき、
「で、でけえ……」
リングスたちに影を落とすまでになった。
人型の巨大な魔物。
リングスの五倍ぐらいの高さがある。
見たところ、身体はすべて土を固めたような材質だ。
「きましたね。この辺りにあれが生息しているのは知っていたのでもしかしたら、と思っていましたが、現れてくれて助かりました」
「お、おいっ。なんなんだあれは!?」
「ゴーレムです。その強固な身体は上位の魔物の中でも一、二を争う頑丈さだとか」
「ま、まじか……」
実際、上位の魔物がどれほどなのかは知らないが、強いということだけはわかった。
しかしそんな強い敵を前にして、マナはなんだか嬉しそうだ。
「さて、勇者さまの攻撃に耐えられるかどうか……」
「なにをするつもりだ? 言っとくけど、いくらあのゴーレムが強くても勇者さんには勝てないと思うぞ」
「見ていればわかります」
勇者がゴーレムに向かって行く。
歩みに淀みは感じられない。
比べるまでもなく勇者の方が小さいのに、その強さを知っているからかゴーレムよりも大きく見える。
近づく勇者に、ゴーレムが槌のように両腕を振り下ろした。
瞬間、ゴーレムの肩から先が粉砕する。
勇者が天に伸ばした腕から、いつものデコピンを放ったのだ。
ゴーレムの腕を形成していた土が、ぱらぱらと辺りに舞う。
「おっしゃあ! さっすが勇者さんだぜっ!」
自分のことのようにリングスは喜んだ。
マナも笑っていたが、リングスとは違った不気味な笑い方だ。
「ふふ、どうやら大前提は満たしているようですね。では……」
ゴーレムの方へ手をかざしながら、マナが言葉を放つ。
「いたいのいたいの飛んでいけ~っ!」
その間抜けな言葉をマナが口にしたとき、辺りに散っていた土がゴーレムの失われた腕に収束していった。やがて、それらがゴーレムの腕を復元させる。
「おい、いったいどうなって――」
「わたくしの治癒魔法です。こっそりゴーレムを治癒しました」
「なにしてんのあんた!?」
「勇者さまをわたくしの回復魔法で癒してさしあげるためです。そのためにはあのゴーレムに頑張っていただかなければ」
「相手は魔物だぞ! そんなこと――!」
リングスの声など聞く耳持たず、といった感じだ。
再び勇者に振り下ろされたゴーレムの腕が粉砕、これもまたマナの回復魔法で元通りになる。
それが何度も繰り返された。
しかし結果は変わらない。
ゴーレムの腕が何度粉砕したのかわからなくなってきた頃、ふとリングスは思う。
これは勇者に格好いいところを見せるチャンスではないか、と。
幸い、ゴーレムは勇者にばかり攻撃している。
今ならゴーレムに近づけるかもしれない。
早速、後方から前線に近づくが、ちょうどゴーレムの腕を粉砕した勇者が振り返り、こんなことを言ってきた。
「ちょっとだけ本気出す。……離れて」
「えっ?」
ゴーレムに向き直り、勇者は二、三度屈伸する。
すると、ひょいっと軽やかにジャンプし、ゴーレムの胸にパンチした。
ゴーレムの全身に亀裂が走る。
勇者のパンチに勢いがありすぎたせいか、ありえないほどの突風が起こる。
木っ端微塵になったゴーレムの身体は吹き飛び、跡形もなくなった。
静かに着地した勇者が満足そうに頷き、歩みを再開する。
リングスは唖然とした。
あれが、ちょっとだけ本気になった勇者。
強いのはわかっていたが、ここまでとは思っていなかった。
一体、真に本気になったらどれだけ強いのか。
想像がつかない。
「な、なんなのですかあれは……」
マナの想像も遥かに超えていたようで呆れた声が聞こえてきた。
顔を見合わせ、二人は引き攣った顔で笑いあう。
果たして、これから自分たちが活躍できるときはくるのだろうか。
とにかく今は笑うしかなかった。
リングスたちはタルデボーアの町に到着した。
閑散とした様子ではあるが、ラバナディア村のように若者が少ないということはない。
寧ろいるのは若者ばかりだった。
建物は洒落たものが多く、舗装された道に添えるようにしてきっちりと並んでいる。
ただ、あちこちに路地が存在し、なにやら怪しい雰囲気を漂わせていた。
「相変わらずですね、ここは。いつきても好きになれません」
「なんだ、マナはきたことあるのか?」
「ええ、お仕事の都合で何度か」
「……その仕事についてはなにも訊かないことにする」
「懸命です。知ってしまえば二度と表の世界に戻ることはできません」
どんな仕事だよ。
小話を交えつつ、勇者のあとに続く。
どこに向かっているのかわからなかったが、とにかくリングスは勇者に従うしかない。
たぶんマナも同じだ。
まず、魔道師がいるかどうかを町の人に勇者は訊いていた。
が、この町にも魔道師がいないことがわかる。
憮然とした顔の勇者に、マナが諭すように話しかける。
「もともと魔道師は少ないですからね」
「……どうして?」
「魔道師になるためには、現存する魔道師に師事し、修行をするという方法が一般的なのですが……この修行が相当に厳しいらしいのです」
思い出したようにリングスも会話に入る。
「あ、聞いたことあるぞ。詳しい修行内容は知らないけど、大体十年以上はかかるとか」
「魔法の原はやはり精神力ですから。厳しい修行になるのは仕方がないことでしょう。そういう理由もあって、魔道師になれる者は少ないのです」
「でもたしか、親が魔道師だったらろくな修行もせずに使える人もいるって聞いたな」
「ええ。ちなみに治癒魔法でも同じで、わたくしはお父さまから引き継ぎました。代々、聖職に就いている家系なので、当然と言えば当然ですが」
マナの説明を聞いた勇者は、「そう」とだけ答えて町の中を散策し始めた。
マナと共にリングスは勇者のあとに続く。
そして、ある区画に入った。
「あ、あの勇者さん? ここに何の用が……?」
この妙に色めいている区画は、どうみても夜の運動場だった。
ここで行われている競技は用意された個室にあるベッドを使うものだ。
基本的には二人一組だが、別にそれ以上の人数でも構わない。
ただし初心者にはあまりお勧めしないが。
正直に言って勇者のような少女がくるような場所ではなかった。
「宿屋、さがしてる」
「た、たしかに宿ではありますけどっ。ちょっとここの宿はやめた方がよろしいかと」
「……なんで? 安い」
たしかに安いが、だからと言って勇者をここに泊めるのはさすがに抵抗がある。
「安いのにも理由があるんですよ。実はここ、夜になると地震が起こる宿なんです。しかもそれを承知で泊まってる酔狂な輩がたくさんいて、悲鳴という名の歓喜の声をあげたりするので、うるさすぎてゆっくり休めたもんじゃないですよ」
「……やっぱやめる。うるさいのいや」
素直に勇者が聞き入れてくれてほっとする。
ふと、口元をにやにやさせたマナが目に入った。
「わたくしは別にここでもよかったのですけれど、地震が起こるのでは仕方ありませんね……ふふ」
「あんたは黙っててくれ!」
勇者さんの教育上、こういった場所はよろしくないと思ってだな……。
そんなことを思いながら歩いていると、見知らぬ人がいきなり勇者に抱きついた。
「や~ん、なにこの子! ものっそい可愛いわ~! 可愛すぎて抱きついちゃいそう! って、もう抱きついてたわ! ねえねえ、名前なんて言うの? はぁはぁ……」
女の人だった。
しかもとびきりの美人。
しなやかな体つきと、たわわな胸に目を引かれた。
背はマナよりも高いように見える。
もしかしたらリングスと同じぐらいかもしれない。
そんな風体の美女が上半身で隠しているのは胸だけだった。
下半身は腰から足首まで覆ってはいるものの、切り目の入ったそれから見え隠れする太股がこれまた魅惑的だ。
結い上げられた髪もよく似合っている。
ここまで外見はべた褒めした。
だが、今もなお鼻息荒く勇者に抱きついている姿は、どうみても残念すぎた。
「ゆ……う……しゃ」
美女の大きな胸に顔を圧迫されながら、勇者が必死に答えていた。
端から見ても不機嫌そうなのがわかる。
「えっと勇者ちゃん? 変な名前ね。まあ、いいわ。そんなことはどうでもいいの。可愛ければどうでもいいの! ねえ、勇者ちゃん。お菓子上げるからお姉さんといいとこいかない? はぁはぁ……」
「ん~~~~~」
「ね、ねっ? いいでしょ~!?」
「んん~~~~~」
まずい。
なにがまずいってあの美女の身が、だ。
勇者が怒ると、恐らく誰も止められない。
「あれ、そろそろ止めさせないとやばそうですね」
どうやらマナも同じ見解に至ったらしい。
「そうだな、じゃあ行くか」
「頑張ってください」
「え、俺だけ!? マナもきてくれよ! てか、きてください!」
「お断りします。第一、わたくしは後方支援が得意ですので、こういったことは前衛のリングスさんにお任せしますわ」
「さっき妨害してたやつがよく支援とか言えるな……。まったくと言っていいほど納得してないけどわかったよ、行けばいいんだろ、行けば」
「いってらっしゃい。もしケガを負ったら治してさしあげます。もちろん有料で」
「そこ無料で頼むよ!」
いやな役を押しつけられてしまったが、それでもひとりの尊い命を守るため勇者のもとに向かった。
「そこの綺麗なお姉さん。もしよろしければその子と俺を交換してみませんか?」
「……?」
美女から白い目で見られた。
「……という冗談は置いておいて。その子、放してもらえませんか?」
「えっと、キミは誰かな?」
誰かと訊かれれば、答えないわけにはいかないだろう。
「俺はリングス。コンチニワ村出身の格闘家だ。これでも村では一番強いんだぜ」
いつものごとく定型の自己紹介をした。
未だ勇者に抱きついている美人の目線が、リングスの剣帯に向けられる。
「ふぅ~ん……。格闘家ねえ……」
「な、なんだよ?」
「うんにゃ、なにも。あたしはヘレン。よろしくっ」
「あ、ああ。よろしく……」
美女――ヘレンから屈託のない笑みを向けられ、思わずたじろいでしまう。
「それじゃ、あたしは今取り込み中だからまたあとでね。ん~っ、勇者ちゃんっ!」
「おう、それじゃあな。…………って、待て待て! ステキな笑顔で誤魔化されたけど話はまだ終わってないぞ! 勇者さんを放せ!」
「もうっ、しつこいな~。キミ、この子の知り合いかなにか?」
「仲間です」
勇者がジト目を向けてきた。
「あ、嘘です。従者です。嘘ついてすみませんでした」
「ふぅ~ん。じゃあ、この子いいとこのお嬢様かなにかなんだ。お嬢様……いい響きね! ますます放したくなくなったわ! はぁはぁ……」
「んん~~~~~っ!!」
さすがに勇者も人間相手には力を出さないらしい。
抱きつかれるままだ。
しかしなにかの拍子で本気を出した場合、大惨事になる。
……なんとかしなければ。
不意に、どこからか声があがる。
「ヘレ~~~ン! どこにいるの~~~! お店の準備サボってないで、さっさと戻ってきなさ~い!」
「やばっ! 仕事中なの忘れてた!」
聞こえてきた声の内容から、ヘレンがどこかで働いているのはわかった。
そしてサボっていることも。慌てたように勇者を解放すると、ヘレンは手を振りながら近くの路地に入っていく。
「勇者ちゃん、またね~!」
むすっとした表情で勇者は答えていた。
ヘレンが入った路地には、目の前にある建物の裏手口らしき扉があった。
目の前の建物をリングスは仰ぎ見る。
そこにはピンク色に輝く看板があった。
「い、息抜きも必要だよな……」
勇者さん……、もう寝たかな?
静かな寝息が聞こえてくる。隣のベッドにて寝ている勇者のものだ。
前の村で一緒に寝泊りをしたからわかるが、勇者は日が暮れるとどうやら眠くなるようだった。
早寝早起き、と規則正しい生活を送っている。
よし……、行くか。
ベッドから出て、リングスは入り口の扉まで行く。
部屋には三つのベッドがあるが、窓側が勇者、真ん中にマナ、入り口側がリングスのものだ。
だが、真ん中のベッドにマナはいない。
用事があると言って、部屋を取れたと同時にどこかに行ってしまったのだ。
音をたてないようゆっくりと扉を開け、部屋にて眠る勇者に「行ってきます」を告げる。
はだけた布団を掛け直してあげたい気分になるが、手を出したが最後。
ぶっ飛ばされるのがオチなので我慢して部屋を後にした。
外に出ると、目に映る光景に心が躍った。
あちこちにある灯りが暗い町中を照らし、昼間見たときとは大違いに華やいでいたのだ。
人も多く、活気づいていた。
噂で聞いたことがある。
夜の町タルデボーア。
なるほど、と思う。
だが、この光景を見ることが目的ではない。
もっと別の……そう、男として成さねばならない使命だ。
そんな意気込みを抱きながら歩いていると、ふと見知った姿を見つける。
マナだ。
あの金髪と明るい服装は嫌でも目立つ。
用事があると言っていたが、それがなんなのか少し気になった。
マナに声をかけにいこうとする。
しかし人が多すぎて思うように近づけない。
狭い路地にマナが入っていく。
急いであとを追うが、路地の入り口についたときには既に誰もいなかった。
どうやら見失ってしまったらしい。
……まあ、いいか。
もともと、そこまで気になっていたわけではない。
マナのことは頭から追いやり、当初の目的地に向かった。
「いらっしゃいませ~」
色っぽい声と微笑みで、綺麗な女の人がリングスを迎えてくれた。
「ど、ども。こういうとこ初めてなんですけど……」
「あら、そうなの? んふっ、可愛いわねえ。じゃ~あ、おねえさんが相手してあげるわん。こっちにおいで」
「あ、はっ、はいっ!」
前を歩く女の服装は、体の起伏を強調させるぴったりとしたものだった。
この女だけでなく、見渡す限りの女性がこういった色気のある服装を着ている。
そして席につく男たちに酌していた。
ここは綺麗な女が男に酒を注ぎ、話し相手になる店だ。
修行に明け暮れていたため、一度でいいからこういった店に来たいと思っていた。
「あっ、キミは昼間の! えっと、リングスくん!」
「え?」
聞き覚えのある声だった。
前を歩く女ともども、足を止めて声の主を探る。
この店にいる女性は全体的に水準が高い。
それでも今、目に映っている女の前では霞んでしまう。
「あ、えっと……ヘレンだったよな」
「そそ。覚えててくれたのね。嬉しいわっ」
声の主は、昼間、勇者に抱きついたヘレンだった。
この店に勤めているようだったから、居ることになんら不思議なことはない。
もしかしたらいるかな、ぐらいには思っていた。
「ヘレン。あなたの知り合い?」
「うん。って言っても、今日知り合ったばかりだけど。……あ、そうだ。ねえ、ちょっと」
案内してくれていた女をヘレンが手招きした。
寄ってきた女とヘレンがなにかこそこそと話しはじめる。
いったいなにを話しているのか。
リングスは客だというのに完全に蚊帳の外だった。
「あ、あの~……」
「ああ、ごめんごめん。それじゃ、そういうことでっ」
どうやら話は終わったようだったが、なぜか案内してくれていた女が離れていく。
投げキッスを放ってきたあと、そのまま他の客のところに行ってしまった。
「じゃ、いこっか」
「へ? あの、ちょっと!?」
有無を言わさないヘレンに連れられ、案内された席につく。
「なんのつもりだ?」
「なに? さっきの子と代わってもらったこと?」
「そう」
「いいじゃない。あたし、この店で一番人気なんだから。とりあえず飲みなよ」
「あざっす」
「なにそれ。緊張してんの?」
「う、うるさいな」
ヘレンがグラスに酒を注いでくれる。
人懐っこい喋り方のヘレンではあるが、その美貌は群を抜いている。
そんなヘレンと二人きりになって緊張しない方がおかしい。
緊張を誤魔化すように一気に酒を仰いだ。
普段はあまり飲まないからか、焼けるような喉の痛みに顔が歪む。
「あはっ、良い飲みっぷりね。じゃあ、もう一杯いこっか」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。そのノリはどんどん飲まされる予兆を感じる!」
「えぇ~。ノリ悪い男ってモテないわよ?」
「ありがたくいただきます」
「そうこなくっちゃ!」
それから乗せられるまま酒を飲み続けた。
もうどれくらい飲んだかわからなくなった頃、ヘレンからこんな質問がされる。
「ねえ、リングスくんってこの町になにしにきたの?」
「魔道師を捜しにきた! けど、いなかった! げふっ」
辛うじて質問に答えられたが、思い通りに言葉がでない。
「魔道師? なんでまたそんな珍しいのを」
「俺たちは魔王を討伐してこいってボジュール王から仰せつかってる!」
「え? あのボジュール王から!?」
「そうだっ! あのぼじゅ~るぼじゅ~るってうるさいボジュール王だ! げふっ。魔王を倒した暁には『勇者が認めた仲間』に褒美が出る! なんでもだ!」
「もしかしてリングスくんが勇者……? あ、昼間のあの子――」
「勇者は勇者さんだ! 可愛い顔してすごく強い! ぶっちゃけ俺がいなくても勇者さんは、勇者さんは…………うぐっ」
「ちょ、ちょっとちょっと! なに泣いてるのよ!?」
急に切なくなってきた。
目から涙が零れ落ちる。
次の瞬間、自分でもわからないうちに目の前の机に飛び乗っていた。
腰に携えた剣を抜き、掲げる。
「俺はリングスっ! コンチニワ村一番の格闘家だぁ! 今は故あって剣を持っているが、いつの日か自分の拳で戦うこと誓う! その日は、俺が最強の――」
突然、視界が揺らいだ。
自分の身体が傾いだのだ。
ヘレンが叫んでいるが、なにを言っているかわからない。
踏ん張りがきかず、リングスはそのまま倒れ――。
意識が途絶えた。
翌日、やはり出発は早朝だった。
ずきずきと痛む頭を抑えながら、リングスは静かな町を歩く。
「あ~、頭痛い……」
今朝、目を覚ますとそこは道端だった。
昨夜は遅くまで飲んでいたが、途中からの記憶がまったくない。
大方、酔いつぶれて帰り際に倒れでもしたのだろう。
慣れない痛みに戸惑いながら、前を歩く勇者とマナのあとを追う。
「む……」
「あら? あなたは昨日の……」
町の入り口に来たとき、突然、勇者たちが足を止めた。
何事かと勇者たちの視線の先を追うと、そこにひとりの女が立っていた。
「おはよう、勇者ちゃん。ん~っ、朝から可愛いっ!」
「……おは」
その女は昨日、酌をしてくれたヘレンだった。
「あれ、ヘレン? どうしてここに……?」
「あたし、実は魔道師なの。だから~、勇者ちゃんの旅に一緒させてくれないかなっ」
「って、えぇえええ!?」
ヘレンが魔道師。
そんな素振りはまったく見せなかった。
てか、この町に魔道師はいないはずじゃ……。
そんな疑問を抱いていると、勇者が簡潔に答える。
というか頷いた。
「……ん」
「って、えええぇええええ!?」
「やったっ! これからよろしくね!」
勇者は魔道師ならどうでもいい、といった感じ。
マナはお金以外どうでもいい、といった感じ。
唯一、疑問を抱いた自分の声だけが静かな町に響いた。
町を出てから少しして、こっそりヘレンに訊く。
「なあ、ヘレンって本当に魔法使えるのか?」
「……ねえ、リングスくん。人はね、自分で限界を決めるからそこで諦めちゃうんだと思うの」
「つまり使えないんだな」
「あはっ」
この日、仲間になった魔道師は、エセ魔道師だった。
ああ、頭が痛い……。