◆最終話・後編『勇者さん、旅立ち!』
「勇者さん、本当に大丈夫ですか?」
「ん。余裕」
翌日。
いつもとなんら変わりなく、勇者一行は早朝に出発した。
幸い勇者は朝になったらなにごともなかったかのように起きていた。圧倒的回復力。これも古の勇者の力なのかと思うと、リングスは心が痛んだ。
勇者のあとを、だらだらとついていく。
夜更かしをしていたせいで、まだ少し目蓋が重い。
昨晩、旅を楽しんでいる勇者の気持ちを知った。だが勇者は、勇者であるから魔王を倒さないといけない。
そして、それは旅の終わりを意味する。
だが、そうはならない。
なぜなら目的の場所には既に魔王がいないからだ。
今まで勇者を妨害してきたリングスだが、さすがに魔王を逃がすのには抵抗があった。しかし、勇者の気持ちを知った今では正しいことなのだと思えてしまうから不思議だ。
今日、終わるはずだった旅はまだ続く。
勇者が望んだ旅はまだまだ続くのだ。
これからの旅が、勇者さんにとって楽しいものになればいいな。
勇者の小さな背中を見ながら、リングスはそんなことを思う。
やがて、『魔王城 ここを真っ直ぐ』と書かれた看板を通り過ぎ、リングスたちが昨晩訪れた魔王城の場所までやってきた。
魔王城の脚を起動させ、城ごと逃げると魔王は言っていた。
言っていたのだが……。
「こけてるし!?」
魔王城が、地面の上でもがいていた。
「なんとも滑稽ですね……」
「ちょっと可愛いかも……」
どうして魔王城がこけているのか。
答えは簡単である。
「あぁ、腕がないからバランス取れなかったのか……」
どうやら立ち上がることすらできないらしい。
状況は最悪だ。このままでは魔王がやられてしまう。
「……あれを倒せば旅が終わる」
勇者が無表情で呟いた。
感情の起伏が薄いその顔の裏に、どんな想いが秘められているのだろうか。
旅を続けたいという気持ちを勇者は心の奥底で抱いているはずだ。
けれど彼女は魔王を倒すことで自ら旅を終わらせなければいけない。
なぜなら勇者だから。
いや、古の勇者の遺伝子が、魔王を倒さなければいけないという意志力となって彼女に働きかけているのかもしれない。
だからこそ、彼女は魔王を倒すことに固執しているのではないか。
古の勇者の遺伝子に彼女が逆らえないのなら。
旅の継続を望む彼女自身の気持ちはいったいどうなるのか。
勇者だからという理由であっさり捨てないといけないのか。
「……んなの、おかしいだろ」
リングスは初め、圧倒的な力を持つ勇者のことを羨ましいと思っていた。
しかしその力のために、勇者は同い年の少女が送るような日常を過ごせなかったのだ。
もちろん平凡な日常を勇者が望んでいるかはわからない。
恐らく彼女自身、ずっと城から出られなかったせいで、なにが楽しいのか、なにが必要なのか。そういった判断が、自分の中でまだ綺麗に整理できていないのだと思う。
だが、一緒に旅を続けてきた中で、勇者はあることを口にした。
――旅、終わるのは……なんかやだ。
その言葉を思い出したとき、リングスの決意が固まった。
魔王城に向かって勇者が歩み出したのと同時、リングスは言う。
「マナ、ヘレン。……勇者さんを頼んだ」
「リングスさん、なにを――」
マナに答えることなく、リングスは勇者の前に躍り出た。
足を止めた勇者が、怪訝な顔を向けてくる。
我ながらバカなことをしているな、と思う。
「勇者さん、すみません……」
それでも引くわけにはいかなかった。
「ここから先には行かせない」
ひとりの少女の願いを叶えるため、リングスは世界を、勇者を敵に回した。
リングスは武芸に秀でている。
しかしそれは並みの人間より、だ。
恐らくこの地上で最強である勇者を前にしては、リングスの力などゴミ同然に等しい。
だから、せいぜいできるのは時間稼ぎ程度だ。
「魔王ぉおお――っ!! 今から時間を稼ぐ!! その隙にさっさと逃げろぉお――!!」
荒野にリングスの声が響く。
それが魔王に届いたかはわからない。
だが、今は魔王が逃げ延びてくれるのを願うしかない。
「……どういうつもり」
「言えません。ただ、ひとつだけわかっていることがあります」
悠然と構える小さな勇者に、リングスははっきりと告げる。
「俺がいる限り、勇者さんは魔王を倒せない」
「……どいて」
「どきません」
「ぱんちする」
「それでも、どきません」
「あなたじゃ、私には勝てない」
「わかっています。それでも……」
リングスは目を瞑った。
コンチニワ村での修行の日々が思い出される。
師匠から習った数々の奥義。
その中でも人知を超えた身体能力を得られる最大の秘技があった。
だがそれは己の寿命を犠牲にし、ときには命まで奪うという禁忌の技でもあった。
――お前にどうしても守りたいものができたとき、使うことを許す。
そう告げたときの師匠の厳しくも優しい声が、脳内で鮮明に再現される。
師匠……。俺、守りたい人ができました。だから……。
「オトコには譲れないものってのがあるんだよぉおお! いくぜえええええ! コンチニワ流究極奥義――」
リングスは直立の状態を取る。
地面に対して一寸の狂い無き直角だ。流れるように体を前に傾がせる。倒しすぎず、それでいて相手に不快を与えない程度の角度。完璧な礼の体勢を演出する。そして、万物への感謝の気持ちをすべて吐き出す。
「アリガトウッ!!」
リングスの曲がった腰に激痛が走った。
そこを起点に身体のあらゆる場所が悲鳴をあげ始める。
だがそれは一瞬だった。
感じていた痛みはなくなり、全身が脈動する。
筋肉が隆起し、身体中に力が漲ってくる。
いける。これならっ!
「……邪魔するものは全部ぱんちする」
「ええ、遠慮なくきてください! そして、あなたに最大の感謝を!」
リングスが深く腰を落とし身構えると、大地が振動した。
究極奥義アリガトウは、大地から気を吸い上げることで本来では有り得ない力を得る技だ。
つまり、今のリングスは大地と密接した状態にある。
ただ、良いことばかりではない。
大地に満ち溢れた力を人間という小さな器に閉じ込めているのだ。
負担は半端ない。
その証拠に、リングスの心臓が先ほどから強く圧迫されていた。
これは本気でやばそうだ。けど、今の俺にはやらなきゃいけないことがある!
リングスが決意を固めたとき、勇者の足が少し浮き上がったのを視認した。
瞬間、勇者がこちらに向かって飛んでくる。
リングスも飛び上あがり、二人は空中で初撃を交えた。
互いに突き出した拳が合わさり、低く鈍い音が辺りに響く。
「ぐっ――」
リングスの右腕が後ろに弾き飛ばされる。千切れはしなかったものの、右腕の感覚が痛みしかなくなった。
右腕はもう使いものにならない。
すかさず距離を取り、体勢を整える。
究極奥義を使い、リングスの身体は大幅に強化されている。だというのに、勇者との力の差は歴然だった。
だが、リングスは止まらない。
果敢に勇者に飛び掛った。
垂れ下がった右腕のせいでバランスは取りにくくなったが、動きそのものが封じられたわけではない。リングスの振り上げた左拳が勇者に迫る。
――当たる!
そう思ったが、寸前で勇者の姿がかき消えた。
勇者が立っていた場所にリングスの拳が深く突き刺さる。
穿たれた穴が円形に広がった。すぐさま拳を抜き去り、その場から離れようとしたとき、勇者の声が聞こえてくる。
「――遅い」
直後、背中を襲った衝撃に身体が地に叩きつけられた。衝撃は死なずに跳ね返り、宙に浮かぶ。リングスがむせ返る中、勇者の追撃がやってきた。腹を蹴り上げられ、リングスの身体が空高く飛んだ。上昇する勢いがなくなる前に、さらなる攻撃が加えられる。いつの間にか傍にいた勇者が、リングスの背にパンチをかましてきた。
反射的に胃液を噴き出したのと同時に、身体は急降下を開始する。
一瞬後、リングスは大地に横たわっていた。
ここまでほんのわずかな時間だった。
辺りに舞う砂塵の中、立ち上がろうと必死にもがくが、身体が言うことを聞いてくれない。さらに、咳き込んだ際に血を吐いてしまう。それを見て冷静になると、心臓への圧迫が増していることに気づく。
「そこで大人しく寝てればいい」
リングスを一瞥し、勇者が背を向けてきた。
勇者の向かう先は魔王城だ。このまま行かせてしまえば、確実に魔王は倒される。
そうなると、勇者の望んだ旅が終わってしまう。
くそっ、ここまでなのか。ひとりの女の子の望みも俺は叶えられないのかよっ!
旅に出るまで城の外には出られず、ただただ魔王を倒すためだけに育てられてきた。
そんな勇者が唯一、楽しいと感じてくれたこの旅を終わらせるわけにはいかないのだ。
まだ終わっちゃいない。終わっちゃいないんだ。俺が諦めさえしなければ、勇者さんはっ!
傷ついた身体に鞭打ち、リングスは気力だけで立ち上がった。そして、裂帛の気合を込めて言い放つ。
「俺はリングス!! コンチニワ村最強の格闘家だぁあああああっ!!」
瞬間、まばゆい光が発生した。
突然のことにリングスは狼狽するが、すぐに光の発生源が判明する。
リングスが帯剣している勇者の剣からだった。
勇者が足を止めて、何事かとこちらを窺っている。
《勇気ある者よ。汝の強き想い、しかと聞き届けた。この力、受け取るがいい》
ふと、どこからか声が聞こえてきたかと思うと、突如、リングスの身体が燐光に包まれる。これはヘレンが魔法を使うときと同じ現象だった。
すぅーっと痛みが引いていき、究極奥義アリガトウによる胸の圧迫もなくなる。
さらにリングスの両手に炎が宿った。
「な、なんだこれ!? 手が燃えてる!?」
《古に忘れられし秘技、やきゅう――いや、違った。魔法拳だ。敵の防具を無条件で剥ぐ力がある。さあ、我が力、汝が意志のため、とくと使うがいい!》
「なんだか知らないけど……この漲る力……」
勇者に向き直り、リングスは声高らかに言う。
「まだ終わっちゃいません! 俺はまだ戦えます!」
「何度やっても同じ……」
「やってみないとわかりませんよ」
リングスは両拳を突き合わせ、得意気に新たな力を見せびらかす。
この力があれば、もしかしたら勝てるかもしれない!
「でも、手を抜いてやるとさっきみたいに長引くから……」
「え? もしかして今までのって……」
「ちょっと本気出す」
「な、消えたっ!?」
数瞬後、リングスの懐に勇者が現れる。
「ちょ、ちょっと待っ――!」
「待たない」
勇者の拳がリングスの腹にめり込む。
「ぶほぉぇ――っ!」
リングスはぶっ飛び、何度も地面を跳ねる。
突起した岩に衝突し、ようやく勢いが止まった。
「そ、そんな……力を使う前にやられるなんて……無念にもほどがある……」
今度こそ再起不能になったリングスを確認したあと、勇者は歩みを再開する。
それから魔王城が崩壊するまで呆気ないものだった。
勇者が一突きした途端、もがいていた魔王城が一瞬にして崩れてしまったのだ。
終わったんだ……。これで、勇者さんの旅も……。
張り詰めていた緊張が解け、リングスは脱力する。
「いたいのいたいの飛んでいけ~っ!」
不意に聞こえてきた声はマナのものだった。
傷ついていたリングスの身体が癒えていく。
「まったく……どうしようもないバカですね。あなたは」
「マナ、か」
立ち上がるが、上手く身体に力が入らなかった。
よろけて、またすぐに尻餅をついてしまう。
「治癒魔法は表面的な傷しか癒せませんから、まだ安静にしていてください。……それにしても、どうしてあんなことをしたのですか? 直接的な妨害をしてしまえば、勇者さまの仲間にはなれないのですよ」
「それは……」
「リングスくんは、勇者ちゃんのためを思ってしたんだよね」
いつの間にかヘレンも近くにきていた。
ヘレンの問いに、リングスは小さく頷く。
「なんにせよ、魔王が倒れてしまった今では、もう勇者さまに認めてもらう機会はなくなってしまいました。残念ですが、ボジュール王の褒美も得られませんね」
「まあ、こうなっちゃ諦めるしかないわね。店に戻ったら休んだ分、頑張らないとなぁ~」
マナたちは既に終わったものだと割り切っているようだった。
リングスも同じだったのだが、二人を見ていると沈静化していた悔しさがこみ上げてくる。
勇者は、未だ魔王城の前に佇んでいた。
魔王を倒した今、彼女はなにを思っているのか。
それを知ることはリングスには叶わない。
もう、あの小さな背を追いかけて旅を続けることはないのだ。
勇者が振り返り、こちらに向かって歩み出した。
そのとき、
「ふはははははっ! 勇者よ! 残念だったな! ワシはまだ生きておるわ!」
突如聞こえてきた声と共に、空に大きな幻影が映し出される。
見紛うことなく、それは魔王の姿だった。
「魔王城などワシにとっては狭い小屋も同然よ! ワシはにはこの広い世界すべてこそが相応しいのだ!」
「魔王さま、恐れながら嘘はいけないと思います。さっきまで城から出るのにごねていたのはどこのどなたですか」
どうやら悪魔も近くにいるようだ。
声だけが聞こえてきた。
「なっ、悪魔よ! お前はワシの部下だろう! もっとワシをよいしょせんか、バカもの!」
「はっ! 失礼しました。……こほん。自ら魔王城を警備するとは、魔王さまはなんと素晴らしいお方か!」
「ふん、そうだろうそうだろう。と、いうわけでだ」
なにが、というわけなのかは分からないが、魔王と悪魔は相変わらずなようでなぜかほっとする。
「勇者よ! きさまとの勝負、預けておく! 次に会ったときは容赦しないからな、覚えてろよ!」
見事なまでに負け犬の捨て台詞だった。
空に映っていた幻影が消えていく。
どうやら、リングスの時間稼ぎは無駄ではなかったらしい。
無事に魔王は逃げ延びたようだった。
これで、勇者さんは旅を続けられる。
「リングスさん、嬉しそうですね」
「そりゃそうよぉ。また勇者ちゃんと旅を続けられるんだもの。あたしだって嬉しいわよ」
「そうですね。褒美をもらえる可能性がまだあるのですから」
「もう、マナちゃんったらまたお金のことばっかり」
「ふふっ、お金はいくらあっても困りませんからね。さあ、リングスさん」
マナが手を差し伸べてくる。
これと似たような光景が以前にもあったのを覚えている。
マナと初めて出会ったとき、倒れていたリングスを起き上がらせようとしているのかと思いきや、パンツを見た代償に金をせびってきたのだ。
金の話をしていた脈絡もあった上に、先ほど治癒魔法を使ってもらったのを思い出す。
リングスは素直に金を渡した。
「なんのつもりですか?」
「違うのか?」
「わたくしはただ、リングスさんを起き上がらせて差し上げようとしているだけですよ」
「そのわりにはちゃっかり金は受け取るんだな」
「もらえるものはもらう主義ですから。さあ」
催促するようにマナが手を伸ばしてくる。
その手をじっと見つめたあと、リングスは視線をそらした。
「悪いけど、その手は取れない」
「どうしてですか? その身体ではひとりで立つことは無理でしょう」
「あれじゃないの~? マナちゃんの手を借りたらまたお金を取られるとか思ってるんじゃ」
「心外ですね。リングスさんのおかげで魔王は逃げ延びられたのですから、別に今回は頂くつもりはありませんよ」
「今回は、なんだ。あはは」
「違うんだ!」
和気藹々と喋るマナたちの会話に、リングスは強い否定の言葉を発した。
突然のことにマナたちは目を丸くしている。
「そうじゃないんだ……。俺はもう、みんなとは……勇者さんとは一緒にいられない」
「先ほどの件、ですか」
リングスは勇者を直接的に妨害してしまった。
これは、影でこっそりと妨害してきた今までとはわけが違う。
妨害したことを勇者に知られた。
つまり、敵と認識されてもおかしくない行動をしたのだ。
「だから、さ……あとは頼んだぞ」
「まさかリングスさん、最初からそのつもりで」
「勇者さんのこれからの旅、もっと楽しいものにしてあげてくれ」
「リングスくん……。それはキミがいたから――」
「ヘレンさん、今のリングスさんになにを言っても無駄です。勇者さまを理解したつもりでいる、ただのへたれ地味男には」
「なっ! マナになにがわかるんだよ!? 俺は勇者さんのことを思って――」
「少なくともあなたよりはわかっているつもりです。それに勇者さんのことを思って、ですか。勘違いもここまでくると甚だしいですね。本当に勇者さまのことを思っていたならば、あのような行動に出ることはなかったでしょう」
「俺はあれが一番の選択だと思って」
「あなたはただ、自分に酔っていただけです。……それでは、またどこかで会いましょう。行きますよ、ヘレンさん」
「ちょ、ちょっとマナちゃんっ!」
ヘレンを引き連れ、マナが勇者のもとに向かっていく。
その足取りからは、先ほどの言動と同じように怒りが感じられた。
マナのやつ、なんであんなに怒ってるんだよ。それに俺がただ自分に酔っていただけだって? そんなはずはない。俺は勇者さんのことを第一に考えていたはずだ。まあ、なんにしろ、もうマナと会うことはないだろうな……。
喧嘩別れをしてしまったことに心残りはあるものの、リングスは清々しい気分だった。
勇者の望みを叶えられたのだ。ただ、それだけで良かった。
だが、そこに自分が加われなかったのはやはり残念ではある。
勇者さんと、もっと旅を続けたかったな。
そんなことを思いながら、リングスは視線の先にいる勇者を眺める。
マナとヘレンは、こちらに歩いてきていた勇者と合流していた。
立ち止まり、なにか身振り手振りで説明しているように見える。
リングスのことを話しているのだろうか。いや、それは思い上がりだ。
勇者の妨害をしたリングスのことなど、話すはずがない。
だが、なにやら様子がおかしい。
移動を促しているように見えるマナを無視し、勇者はじっとこちらの方を向いていた。
やがてマナが肩を落とすと、勇者と共にこちらに向かって歩いてくる。その後ろを歩くヘレンはなぜか嬉々とした様子だ。
いったい、どうしたんだ?
その答えはすぐにわかった。
「いつまで座ってるの。早く立つ」
「ど、どうして……。おい、マナ。どういうことなんだ?」
「バカで地味で唐変木のリングスさんなど置いていきましょうと言ったのですが、勇者さまがお聞きにならなかったのですよ」
「そんな……。でも俺は勇者さんの邪魔をしてしまったんですよ」
「だからなに」
「魔王が逃げたのだって、俺のせいです! 俺が時間を稼いだから……」
「わたしが本気を出してたら、あんなのすぐに終わった」
「でも、俺が邪魔をしたのには変わりありません。それも魔王に味方したんです。人間を裏切ったのと同じだ……殺されても仕方ないぐらいです」
「じゃあ、あなたの命。わたしがもらう」
迷いなく即答した勇者に、リングスは呆気に取られる。
だが、すぐに平常を取り戻した。
「勇者さんに殺されるのなら本望です。一思いに、やっちゃってください」
「……なに言ってるの」
「え? あれ? 俺の命をもらうんじゃ……?」
「そう。だから、あなたはわたしが好きなようにする。あなたの命はわたしのものだから、あなたはわたしの命令に逆らえない」
「え、いや、でもっ!」
「何度も同じこと言わせないで。早く立つ」
「は、はいっ! ただいまっ!」
有無を言わさない勇者の威圧に、一瞬にしてリングスはその場にビシっと直立する。
「じゃあ、出発する」
短くそう告げると、勇者は歩みを再開するが、すぐに足を止めて振り返った。
「言い忘れてた。旅が終わるのはいやだけど、誰かが欠けるのもいや」
勇者のその言葉を聞いた瞬間、リングスはマナの言っていたことを理解する。
ああ、そうか。そういうことだったのか……。
旅が終わるのを望まなかった勇者だが、同時に誰かがいなくなることも望んでいなかった。今回のリングスのように、自分を犠牲にするような行為はまさに勇者の望まざるものだったのだ。それに気づけなかったことに恥ずかしくなり、同時に悔しくなる。
だが、
「でも……ありがと」
そう告げられたとき、すべてが報われた気がした。
自分の行為は無駄ではなかったのだと。
失敗はしたが、勇者の望みを叶えられたのだと。
「まったく……。今回は勇者さまに救われましたね。とにかく、これでもとに戻った、というわけですか」
「おかえり、リングスくん」
そして、温かく迎えてくれる仲間がいた。
自分は、まだここにいていいのだ。
そう思うと、自然と笑みが零れた。
「ただいま」
最後まで読んでいただきありがとうございました。