◆第七話『まよまよ』
「あれ……? あの村、地図にないぞ」
山間を幾つか抜け、平野を歩いていたところで小さな村を見つけた。
ただ、村にある多数の木造家屋は無造作に壊れ、廃墟と化している。
まるで、なにかから襲撃されたあとのようだ。
リングスが広げている地図をヘレンが覗き込んでくる。
「本当ねぇ。なんか不気味だわ~……。幽霊とか住んでたりして」
「そんなわけあるか。大方、魔物にでも襲われたんだろ。でも、地図にないのはたしかに不気味だ」
「まあ、地図といっても常に新しく描きかえられるわけではありませんから、人知れずこうした村ができていてもおかしくはないでしょう」
マナの言うことはもっともだ。
世界の動きをすべて把握できるものがいるとすれば、それはもう神そのものでしかありえない。
「勇者さん、どうします? 見たところぼろっぼろでなんにもなさそうな村ですけど」
「……行く」
さほど迷わずに、勇者は答えた。
「幸い、次の村まで遠くはありませんしね。それに、わたくしたちでもなにか力になれるかもしれません」
「なんつーか……」
「なに~? マナちゃんの顔をじろじろといやらしく舐め回すように見たりしてどうしたのん?」
「いや、マナが初めて善人に見えたから……ちょっと驚いてた」
「そういえば……。あ、もしかして目の前にいるのは本当のマナちゃんじゃなかったり? もう幽霊がやってきたのね!」
「あなたたち……わたくしをなんだと思っているのですか。もとは聖職者の看護師ですよ。ちゃんと清い心を持っています」
「どす黒い、の間違いじゃ――」
「なにか言いましたか? リングスさん」
「いいえ! なんでもないです!」
リングスたちは村に向かった。
近くで見た村の印象は、遠くから見たときよりもさらに酷かった。
無事な家屋などひとつもない。
損傷しているものばかりだ。
「こりゃ酷いわねぇ。誰もいなさそうだし……やっぱり幽霊が――」
「だから、そんなのいるわけないだろ。って、なんか爺さんが出てきたぞ」
ある家屋からひとりの老人が現れた。
こちらに向かって歩いてくる。
近づくに連れて、老人のやつれた顔が鮮明になる。
「旅のお方よ。この村は危険じゃ。早々に立ち去られた方がよいぞ」
開口一番にそんなことを老人が告げてきた。
老人なりの親切心なのだろう。
注意を受けた勇者はと言うと、
「わかった。ばいばい」
迷うことなく踵を返していた。
「ちょ、ちょっと待たんかっ! あっさりしすぎじゃろ! 理由を訊いていかんかっ!」
「……訊いて欲しいの?」
足を止め、振り返る勇者。
「そ、そんなことないもんねー!」
意地を張る老人。
「じゃ、ばいばい」
「お願いします、聞いて下さい」
「……ん」
最終的には勇者が話を聞くことで落ち着いた。
な、なんなんだこの爺さん。
恐らくマナとヘレンも同じことを思っているに違いない。
老人が語り出す。
「見ての通り、この村――ヨナポトはぼろぼろじゃ」
「魔物に襲われでもしないとこうはならないだろうな」
「そう、魔物の襲撃を受けてな……」
「この様子では、生き残っている人もほとんどいないのでしょうね」
「いや……、全員生きておる」
「え?」
マナほど達観した見方をしていたわけではないが、少なくとも死人はいるだろうと思っていた。
しかし予想は違ったようだ。
マナ共々、リングスは驚きを隠せなかった。
「奴らは……いや、ヤツは魔物でも頭が切れるやつでな……。度々山から村に下りてきては、食糧などを奪っていくのじゃ」
「なるほど……。生かされている、ということですか。あなた方が生きていなければ食糧は生産されませんからね」
「そういうことじゃ。みなは魔物に怯えて、滅多に家の中から出てこんがな」
「な~んだ。幽霊じゃなかったのねぇ」
つまらなさそうにヘレンがため息をついた。
そんなヘレンを横目に、老人がいきなり神妙な顔つきになる。
「旅の方たちよ。見たところ、腕が立つように見受けるが……」
「そんな風に言われたの初めてだな。正直言って、どこをどうみても色物集団にしか見えないと思うけどな」
「ですが、腕はたしかです。とくに、ここにおられるお方は勇者さまですから」
「ほぅ……」
愛らしい見た目の少女が勇者だと言われても、老人は驚いていないようだった。
「おぬしらに頼みがあるのじゃが……」
「その魔物を倒せっていうんだろ?」
「うむ……。引き受けてくれるか?」
みんなして勇者の方を見た。
「いいよ」
「ほ、本当か……?」
「……ん」
こくん、と勇者が頷いた。
途端に老人が歓喜の声をあげる。
「おぉ、ありがたいことだ。これでヨナポトも救われる……!」
「喜んでいるところ申し訳ないのですが、少しお話があります。ちょっとこちらにきてください」
突然、マナが老人を連れてリングスたちから距離を取った。
なにやらこそこそと喋っている。
『報酬』がどうのこうのと聞こえてきたが、気のせいだと思えないのがマナという人間の印象だ。
話がついたのか、マナたちが戻ってくる。
心なしか、老人のやつれた顔がさらに酷くなっているように見えた。
「では、その魔物がどこにいるのかを教えてください」
「う、うむ……。ヤツはあの山の頂におる」
村からそう遠くない山を老人が指差した。
「城が見えるじゃろう? そこをヤツは棲み家にしとる」
「おっきぃお城ねぇ。あんなお城に一回住んでみたいわぁ」
「……あそこにいるヤツを倒せばいいの?」
勇者が老人に訊く。
「あ、あぁ。そうじゃ」
「……ん、わかった」
なにやら勇者がきょろきょろし始めた。
目当てのものが見つかったのか、歩き出す。
その足は、地面から顔を出している岩の前で止まった。
ぺたぺたと岩に両手を当てている。
「あの~、勇者さん? いったいな……に……をぉっ!?」
勇者が岩を引っこ抜いた。
ここにいる全員の身体をあわしても足りないぐらい巨大な岩だ。
勇者を抜いた全員が、ぽか~んと口を開けていた。
「……ここから倒す」
手に持った巨大な岩を、勇者が山頂にある城に向かって投擲した。
届くはずがない、と思うところだが、投げたのはあの勇者だ。
山なりに弧を描いた巨大な岩は予想通り山頂に落ちた。
勇者が眉をひそめる。
「……惜しい」
残念ながら城には当たらなかった。
ただ、僅かにそれた程度だ。
次があれば本当に当ててしまうかもしれない。
再び勇者が岩を探し始める。
「の、のう……。あれずるくないか……?」
口を大きく開けたまま、老人が訊いてくる。
「ずるいというか、あんなこと勇者さんにしかできないからな。それに、もともとあんたが頼んだことだろ。村も助かるし、いいじゃないか」
「ま、まあ、そうなんじゃが……」
どこか老人は歯切れが悪かった。
この爺さん、さっきから変だな。
そんな疑問は、突然聞こえてきたヘレンの鼻息によってかき消される。
「はぁはぁ……。さっき外したときの勇者ちゃんの顔、いいわぁ……。むしゃぶりつきたいくらい」
今日もヘレンは絶好調だった。
「もっかい見るっきゃないわね」
そう呟いたヘレンが、すっと目を閉じた。
ヘレンの身体を光が包む。
両手を前に突き出し、ヘレンが叫ぶ。
「パンッ、ツーッ! 丸っ! 見えぇええええ!」
風の魔法が放たれた。柔らかな風が勇者に向かって飛んでいく。
やっぱりかよ!?
いつの間にか岩を見つけていた勇者が投擲の格好をとっていた。ちょうど岩を投げる瞬間、風の魔法が当たる。投げられた岩は山なりに飛んでいき……またもや城からそれた。
「む……」
あからさまに勇者が不機嫌になったのがわかった。逆にヘレンは狂喜している。
むきになった勇者と、味をしめたヘレンの闘いが始まった。
岩を見つけては城に投げる勇者。
こっそり風の魔法を勇者に放つヘレン。
何度繰り返されたかわからなくなった頃、ついにその闘いに幕が下ろされる。
今まで山なりの弾道だったのが、超低空の直線的な弾道に変わったのだ。
凄まじいその速さに、ヘレンの魔法も意味を成さなかった。
巨大な岩が山頂の城に直撃する。
どごーん、と一際大きな音をたてて城が崩れた。
「ん……」
満足そうに勇者は頷いていた。
ヘレンはというと、泣き崩れている。
崩壊した城を指差して、勇者が老人に訊く。
「あれでいい?」
「あ、ああ……。しかし、本当にヤツが倒れたのかここからではわからん。確認してきてはくれんかのう。もしヤツが生きておったら、なにをされるかわかったもんじゃない」
狼狽した様子で、老人が言った。
たしかに、ここからでは魔物を倒したかどうかは確認できない。
と言っても、生きているとは到底思えないが、襲われていた身としては僅かな可能性でも排除したいところだろう。
「……わかった」
「すまんのう。それじゃあ頼んだぞ」
老人に見送られ、リングスたちは山頂にある崩壊した城へと向かった。
「この有様じゃあ、生き残ってるやつなんていないだろうな……」
荒れ果てた城の姿を前にして、リングスは笑うしかなかった。
隣にいたヘレンも同じように呆れている。
「死体が残ってるのかさえ怪しいわねぇ。っていうか、どんな姿してるのか聞いたっけ?」
「あ、そういえば忘れてたな。まあ、適当に強そうなやつを見つけてさっさと帰ろう」
各々、辺りを探索し始める。
あちこちに瓦礫の山ができあがっているせいで、歩くのが困難だった。
さらに瓦礫の下に死体が埋まっていないかどうかも確認しなければならないため、一苦労だ。
それでも探索を続けるが、一向に強そうな魔物の姿が見当たらない。
というか一匹として魔物の姿はなかった。
なにかおかしい。
そう思ったとき、どこからかマナの声が聞こえてくる。
「みなさん、ちょっとこちらにきてください」
辺りを見回す。と、城の敷地ではなく、近くの森の中から顔を出しているマナを見つけた。傍まで行くと、間もなくして勇者とヘレンもやってくる。
「なんで城じゃなくてこんなとこにいるんだ?」
「そ、それは……。こほんっ、今はそんなことはどうでもいいのです」
絶対サボッてたなこいつ。
近場にある草むらをマナが指差す。
「こちらを見てください」
「んん~? なんにもないわよ~?」
「もう少し近づいてみてください」
マナに言われ、草むらの中に足を踏み入れたヘレンがすぐに振り返る。
「なんなのこれ? いわゆる隠し階段ってやつかしら?」
「の、ようですね」
勇者と共に、その隠し階段とやらを見に行く。
草むらの先、たしかに階段があった。
灯りがないためにどこまで続いているのかわからないが、少なくとも浅くはないことが雰囲気から感じられる。
不気味さも相まって、思わずごくりと喉を鳴らしてしまう。
「こ、こんなの見つけてどうすんだよ?」
「入るに決まっているでしょう? もしかしたら宝の山が眠っているかもしれませんし」
「俺はあんまり乗り気じゃないな……。勇者さんはどうします?」
この階段の雰囲気はいいものではない。
正直に言って入りたくなかった。
たぶん、勇者も無駄なことはしないはずだから、問題は――。
「行く。こーゆーの気になる」
ないと思ってたんだけどね!?
意外にも勇者はこういう場所が好きらしい。
いつもより軽い足取りで、いち早く階段を降りていった。
「あたしも行くわよ~。暗闇で勇者ちゃんを怖がらせて……はぁはぁ」
「では、わたくしも行きますね。こんな暗闇の中に女性だけを行かせる臆病で怖がりなリングスさんはいつまでもそこにいるのがお似合いです。わぁ、なんて格好悪い人」
「行くから!! そんなこと言われなくても行く気だったから!!」
結局、勇者のあとに続いてリングスも階段を下りる。
中には灯りなどなかった。
松明を灯し辺りを照らす。
勇者は夜目が利くのか、照らされていない域にも平気で進んでいく。
暗闇の中、コツコツと階段を下りる足音だけが響いていた。
同じ光景ばかりが続くせいか時間の流れが遅く感じる。
しばらくして先の方から松明とは別の灯りが見えてきた。
「やっと光が見えてきたわねぇ……思ったより長くてもうへとへとよ~」
「わたくしももう歩けません……」
「あんたらほんと旅人らしくないな」
程なくしてリングスたちは灯りのある場所に出る。
小さな村一つ分ぐらいはあるのではないかという空間が広がっていた。
天井や壁のあちこちで炎がめらめらと燃えている。
ろうそくから燃え上がっているのではなく、炎だけがあるのだ。
おそらく魔法で熾されたものだろう。
「なんだ、このでかい扉は……」
階段を下りた先を真っ直ぐに進むと、見上げるほどの大きな扉があった。人が通るために造られたものでないことは一瞬でわかる。
誰が、なんのためにこんなものを造ったのか。
「これは期待が高まりますね。この先にきっとお宝が……」
「この扉、全然開かないわっ、よっ」
早速、ヘレンが扉を開けようとしているが、びくともしていなかった。
リングスも手伝ってみるが、押しただけでは開く気がまったくしない。
「みなさん、ちょっとこちらに」
扉の右下にいるマナのところに、みんなは呼ばれるまま向かった。
マナの視線の先にあるものが、見せたいものだとわかる。
「鍵穴か」
「ええ、恐らくはこの扉のものでしょう」
「でも、こんなに大きくて太い鍵なんてあるわけないじゃない」
「なんかヘレンが言うと卑猥に聞こえるな」
「んふふっ」
確信犯か!
「まあ、ともかく鍵がないと開けられないんじゃしょうがないな。引き返そう」
「……鍵、いらない」
「え?」
扉に背を向け、引き返そうとしていたが、勇者の一声に反応して振り向く。
扉の中央にて悠然と立ち尽くしている勇者が目に入った。
これからなにをするのか一瞬で予想する。
まさか……。
そのまさかだった。
予備動作なしに突き出した勇者の右こぶしが、扉に穴を作っていた。
「さっすが勇者ちゃん~」
「……ん」
体に抱きつくヘレンを引きずりながら、勇者が扉にできた穴の中に入っていった。
「勇者さまの前では鍵など無いに等しいですね……」
「まったくだ」
「お宝盗み放題です」
「そんなことする勇者がいたら是非とも見てみたいな」
マナと共に勇者たちのあとに続く。
中は、先ほどの扉と同じ横幅を持った赤い絨毯がずっと伸びていた。
絨毯の上を歩いていると、間もなくして薄暗い広間に出る。
そこは以前に訪れたボジュール王の玉座の間に似ていた。
「ここに誰かがきたということは、地上にいる魔王は死んだか」
聞こえてきただみ声に、リングスは酷い不快感を覚えた。
突如、ずしんずしんという音と共に辺りが振動し、天井から幾つもの粉塵が落ちてくる。
「な、なんだ?」
「地震じゃないの!?」
「ではなさそうですね……」
光の当たっていなかった場所から、巨大なナニカが現れる。
な、なんだこいつはっ!
それは二本の足で立ち、異様に大きな手をした魔物だった。
褐色の肌に数え切れないほどの角を生やし、筋肉の隆起がそこかしこに見られる。
ナニカの身体は、先ほど見た巨大な扉と同じぐらいの大きさだ。
圧倒的な存在感にリングスは戦慄する。
マナとヘレンも同様に、極度の緊張状態から声がでないようだった。
「なにものだ?」
「……勇者」
勇者だけが唯一、物怖じせずに毅然としている。
さすがと言うべきか。
だが、普通の魔物とは比べ物にならない強さなのは一目瞭然だ。
いくら勇者と言えど、今回ばかりは危ういかもしれない。
「ほう、勇者か。少女の姿をしているが……、たしかに力はあるようだ。いいだろう、相手をしてやる。聞けっ! 小さき勇者よ! 我はマヨ――ごほぉぁっ!!」
突然、魔物がなにかを言いかけてやめた。
いつの間にか距離をつめていた勇者のパンチを食らい、言い切れなかったのだ。
勇者が離れると魔物が腹を押さえながら崩れ落ちる。
やがて、そのまま動かなくなった。
ぽかんと口を開けながら、リングスは気になったことを口にする。
「マ、マヨ……?」
「あんな切られ方したら、続きが気になるわねぇ」
「気になりますね……マヨ……マヨ……」
強そうな魔物をあっさりと勇者が倒してしまったことよりも、言いかけた言葉の続きが非常に気になった。
首を傾げながら、勇者が言う。
「……マヨマヨ?」
「可愛いし、それでいいかも。マヨマヨ討伐成功~!」
見た目に反して可愛らしい名前に決定した。
それから周辺を探索してみたが、宝はまったく見つからなかった。
落ち込んだマナが八つ当たりでリングスの精神を痛めつけてきたのは言うまでもない。
来た道を戻っていると、階段の中間あたりを過ぎてから、徐々に違和感を覚える。
「なんか暑くないか?」
「たしかに、ちょっと暑いですね」
「……わたしも暑い」
「上着、脱いじゃおうかしら」
「いい案ですね。ではわたくしも……といいたいところですが、リングスさんの鼻息が荒くなっているので、遠慮させてもらいます」
「ヘレンと一緒にしないでくれるかな!?」
「あたし、そんなことしないわよ。……勇者ちゃんの下着はぁはぁ」
「いや、してるから!?」
「まあ、リングスさんが先頭を歩いてくだされば問題ありませんね。後ろを見たら命がないと思ってください」
「あ、ああ。わかったよ」
先頭に立ち、勇者たちに背を向ける。
すぐあとに、衣擦れの音とマナたちのぼそぼそと呟く声が聞こえてきた。
勇者たちは三人とも目を奪われるほどの美女や美少女だ。
そんな三人がすぐ後ろで下着姿になっている。
そう思うと居た堪れなくなった。
「ま、まだかー?」
「もう少しで終わります。どうせですから、リングスさんも脱いだらどうですか? そのままでは暑いでしょう」
「そりゃあそうだけど」
「大丈夫よ~。リングスくんのぷりぷりなお尻は見ないようにするから」
「誰がそこまで脱ぐかっ!!」
「えぇ~、つまんないの。叩こうと思ったのに」
「叩かれてたまるかっての……。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうか」
さっと上着を脱いでパンツ一丁になる。
「着替えたぞ」
「早いですね。こっちも脱ぎ終えました。もう歩いていいですよ」
言われたとおり歩き出すと、後ろから勇者たちの足音も聞こえてきた。
男として、この状況は喜ぶべきものだろう。しかし、今のままではありがたみも薄い。
この階段を上り終えたとき、偶然を装って振り返ってみよう。
そんな計画を密かに立てた。
階段を上がるに連れて、段々と気温が高くなっていく。
程なくして、やっとのことで地上に出たのだが、
「なんだよこれ……」
辺り一面にあった木々が炎上していた。
予想外の出来事に、計画のことなどすっかり忘れていた。
だが、こちらに飛び散ってきた火の粉を見て、みんなが下着姿だったのを瞬時に思い出す。
露出の多い今の状態で、火の粉が当たれば身体に痕が残ってしまうかもしれない。
「危ない!」
勇者たちを庇おうと無意識に振り返ったのと同時、目の前の光景に唖然とする。
「って、なんで服を着てるんでしょうか……?」
「なんで、とはどういうことでしょうか。まさか、本当にわたくしたちが服を脱いでいたとお思いでしたか? そんなことするわけないではないですか。変態ですね」
「リングスくんのむっつりスケベぇ~」
「……もっこり」
「なっ、なっ……騙したな! 純情な青少年を騙したな! てかもっこり違います!」
「それより、リングスくん。さっきから背中に火の粉当たりまくってるけど大丈夫?」
「え……?」
勇者たちが下着姿ではなかったことへの落胆と、騙されたことへの怒りのせいで今まで気づかなかったのか。
ヘレンに言われて神経を背中に向けると、一気に痛みが襲ってきた。
「あちぃいいいいいいっ――――!!」
這いずり回った。
しかし地面が熱を持っていたせいで身体が焼けるように痛み、最終的には棒立ち状態で精神を収める。
満身創痍で、だらだらと服を着た。
「でも、これはどうしようかしらねぇ。見渡す限り逃げ道なんてなさそうよ……」
「山火事は広がるのが早いと聞きますが、どうにも早すぎる気がしますね……。わたくしたちが階段を下りてから戻ってくるまでさほど時間は経っていないはずですし。意図的に誰かがやったとしか考えられません」
「でも、マヨマヨに会うまで魔物と一度も遭遇してないよな」
「そういえばそうですね……。こんな山の中、しかも魔物の根城まであったのですから、魔物と会わないなんてことはおかしいですね」
「ってことはぁ~、人間がやったとかじゃないの?」
「まさか。この辺りにいる人間ってことはヨナポトの人たちだけど、あの人たちが俺たちをここに――って、待てよ……」
「どうしたのですか、リングスさん。そんな、女性に頑張って告白したのにフラれてしまったけれど、新しい恋を見つけたと思ったら実は相手が恋人持ちだったみたいな顔をして」
「どんな顔だよ!? 想像しにくいわ!」
「では、なんですか? そんな神妙な顔をして」
「いや、実は村の爺さんと話してるときにずっと思ってたんだけど、なんか挙動がおかしかったんだよな。普通、勇者さんみたいな子が勇者だって言われたら驚くだろ?」
「ええ、そうですね」
「あたしも最初は信じられなかったなぁ。こんな可愛い子が勇者だなんて。ん~勇者ちゃんっ」
「……む」
いきなり抱きついてきたヘレンに勇者が鬱陶しそうな顔をする。
「まあ、それが普通の反応だと思う。けど、あの爺さんはまったく動じてなかった。まるで知ってたかのように」
「たしかに言われてみれば……。と言うことはまさか」
「ああ、俺はそうなんじゃないかと思う。罠だったんじゃないかってね」
「でも、そんな……ただの人間がわたくしたちを殺す理由なんて――」
「人じゃない」
そう言った勇者は両手で二つの筒を作り、両目に当てていた。
視線の先はヨナポトだ。
「さっきのジジイと同じ服着た魔物と、他にも数匹。山から火を持って村に帰ってる」
「ここから見えるんですか?」
「ん」
どんな視力してるんだ。
「聞いたことがあります。魔物の中には人に化けられるものもいると……。でも、まさかそんな……わたくしの報酬が……」
言って、マナはがくりと項垂れてしまった。
やはり報酬をもらう気だったらしい。しかも独り占め。
マナらしいと言うかなんと言うか。
「とにかく、ここを切り抜けないとな……。どうしたものか」
「火だから……水の魔法」
ぼそっと勇者がそう呟いた。
「ああ、そういえばヘレンがいるんだった。でも、ヘレンって水の魔法使えるのか?」
「んん~? さぁ~? でも、適当にやったらできるんじゃないのぉ~。すりすり」
勇者に頬ずりしながら、ヘレンが生返事をしてくる。
適当に魔法を使えたら苦労しない。
しかしそれができてしまうのが、変態と言う名の魔道師ヘレンだ。
「……じゃあ、水かけて」
「み、水をかける……。勇者ちゃんに水をかけたら服が濡れて……って、勇者ちゃんが濡れる!? や、やばいわっ、想像したら鼻血がっ! あぁん、もうだめっ! ぶほぉ――っ!」
どうやら変態は変態でしかなかったらしい。
勇者の言葉からなにを連想したのか、ヘレンが鼻血を噴いてぶっ倒れた。
「……使えない」
こちらに見向きもせず、勇者が廃墟になった城跡の方へ歩いていく。
もともとなにも期待されていないのだろうが、ヘレンだけ声をかけられたのが悔しかった。
「あ、あの~。勇者さん。俺にもなにか……」
「なにか……できるの?」
訊かれて周囲を見る。
「できません。すいませんっした!」
「そう」
俺、情けねえぇ……。
ひとり落ち込みながら、勇者の背を目で追う。
城跡に着いた勇者が、なにやら残骸のひとつを手にしていた。
城壁の割れたものだった。
いくら割れたものとは言え、城を形成していた一部だ。
大きさは半端ない。
そんな城壁を勇者は軽々と持ち上げ、燃える木々の手前まで運んでいた。
いったいなにをするつもりなのか。
そう思ったとき、勇者がおもむろに城壁を投げた。
燃える木々を吹き飛ばしながら、斜面を抉るように飛んでいく。
そのまま麓まで辿り着くが、勢いは止まらない。
わざとなのかそうでないのかはわからないが、近くにあったヨナポト村に城壁が直撃する。
さらに、もれなくついてきた大量の土砂によってヨナポト村は一瞬にして壊滅した。
勇者が言っていた魔物が本当にいたとしたら、あの様子では恐らく命はないだろう。
いつもながらのはちゃめちゃっぷりに、リングスは開いた口が塞がらない。
そして勇者は抉られた斜面を指差し、
「……ん。道できた」
この一言である。
ははっ……俺が勇者さんにできることなんて、やっぱりなにもないな……。
魂の抜けたマナと、ぶっ倒れたヘレンを引きずりながら、リングスは勇者のあとを追いかけた。