[9] 王子の贈り物
とうとう、この日がやってきた。
メラニー伯爵夫人に手ほどきされた淑女教育と、コンラット男爵夫人の厳しいダンスレッスンが一区切りつく日。
その卒業発表ともいうべき成果のおひろめとして、私は伯爵夫人が主宰する小さな夜会に出席することになった。
小さいといっても、招かれたのは伯爵家に懇意の貴族達で、国家の重鎮や大貴族が多く、しかも今回は王子のパートナーとして社交界デビューとなる。
朝にはユリウスからの贈り物が届いた。
私のためにドレスを用意してくれたのだ。
包みを開けて私やナナ達は驚いた。
なに、この無駄に豪華なドレス!
豪華さにもだけど、それ以上に彼の趣味に唖然とした。
白いシフォンをめいいっぱい使ったふわっふわのボリュームのあるフォルム。
胸まわりは光沢のある白い絹の布に小粒のピンクパールがふんだんにあしらわれている。
スカート部分には流行の薄桃色の絹布がアクセントに使われて、シフォンの間から見え隠れする。
彼の中で私ってどんな存在なのよ。
試しに袖を通してみたけど、肌の色や髪の色には合うのよ。
だけどいかんせん、デザインが子どもっぽすぎてどうしようもなく似合わない。
かといって、今から別のドレスを用意するわけにはいかないし、ユリウスの気持ちというものもある。
頭を抱える私に、アイーダさんが急ぎいつものお針子さんを呼んでくれた。
彼女はドレスを見て凍り付きうわごとのように口走った。
「失礼ですが王子はユカ様のどこを見てらっしゃるんでしょうか、すっとこどっこいですね」
だけど、既に昼になろうとしていて、夜会までに間にあわせるにはあと4時間ほど。
これをなんとか着れるようにしてよと泣きつくと、なんとかしましょうとお針子さんは道具が入ったトランクを開いた。
「素材も素敵だし、流行も抑えて素敵なドレスです。ですがユカ様に合わないのはこの丸いフォルムがいけません。シャープな大人の魅力を出すべきですが、もしかしたら王子はご自分との釣り合いをお考えだったのかもしれませんが……」
「釣り合いね。気持ちは分からなくもないけど、ちょっと無理よね」
「ええ、無理です。むしろドレスへの冒涜です。これをユカ様になんてひどい」
あれ、私よりドレス重視?
お針子さん、憤慨したまま据わった目で裁ちバサミを手にすると、おもむろにジャキっとシフォンでできたパフスリーブにはさみを入れた。
ナナとシュリは小さく声をあげるが、お針子さんの手に躊躇はない。
そのまま、両袖を切り取ると、次は腰からふんわりと膨らむスカートのシフォンが重なった部分を数枚切り取ってボリュームダウンさせた。
そして今度は、ハサミから針に持ち変え、切り取ったシフォンを縫い始めた。
「ユカ様、どうなるのでしょうね」
「さあ、彼女の腕とセンスは確かですもの、任せましょう」
小声のナナに私も小声で返した。
用意された傘の骨のようなパニエは使わないのでと言われ、ナナは片付けに。
アイーダさんはそれを片付け、シュリと共にシフォンのリボンの端の始末をしていく。
私も何か手伝うと申し出ると、頼むから何もしてくれるなと言われてしまった。
仕方なく部屋の隅でダンスのステップのおさらいをしているうちに、お針子さんの最後のひと針が縫い止められ、彼女は精魂尽き果てたのかぶっ倒れた。
「ユ、ユカ様、コンセプトはピンクパールです。宝石はゴールドとパールのものを…」
そう言い残すとお針子さん真っ白に燃え尽きた。
ありがとう!あなたの死は無駄にしないわっ!
お針子さんは侍女部屋の寝台に寝かせ、私はさっそく支度をすることにした。
入浴を済ませ、下着姿のまま化粧をして髪を結い上げてもらい、ドレスを手にとる。
その斬新なデザインと美しさに私たちはため息をついた。
袖を切り落とした跡は綺麗に縫い直され、パフスリーブに使われていたシフォンは開いた胸元を透かしながら首まで被い、共布のスタンドカラーの襟につながっていた。
腰まわりはボリュームダウンさせて丈が調節され、足さばきで裾がはためき広がるようになっている。
そして腰の後ろにシフォンを大きく薔薇のように形づくり、アイーダさん達が手伝ったリボンがひらひらと揺れていた。
仕上げにユリウスが置いていった宝石箱からパールにゴールドをあしらったネックレスと揃いのイヤリングを選び身につける。
完成した姿に三人が三様に褒めてくれた。
お針子さんリメイクのこのドレスは、私の身体にぴったりと合い動き易い。
正装なのでとコルセットをつけられていることもあるが、自分の姿を鏡に見ると自然と背筋が伸びた。
せっかく頑張ったのだから作品を見ないととナナに叩き起こされたお針子さんは、私の姿を見て満足げに微笑み涙ぐむと、そのまま再び眠りの沼に落ちていった。
時間となり、慇懃にドアがノックされユリウスが現れた。
彼は私を見てしばらく声を失った。
そして、後ろにいたカイルにひじでつつかれ、我にかえった。
「ユカ、すごく綺麗だ」
「ユリウスも素敵よ。黒色もよく似合うのね」
私は彼の姿を見て微笑んだ。
私に贈ってきたドレスのような、ベタな白の盛装をすると思っていたら、漆黒に染め上げた布に黒い石がちりばめられた上着に揃いのズボン、中のシャツは相変わらずふりふりだけど彼の瞳と同じ青色でよく似合っており、いつもと違いシックで大人の装いだ。
彼は私の手をとると城の正面に用意された迎えの馬車へとエスコートし、私はマナーの授業で習った通り、彼の腕にそっと手をかけ半歩遅れて歩いた。
馬車は私たちを乗せると、前後に護衛の乗った馬車をいくつも従え出立した。
夜会の会場は、メラニー伯爵邸。
城からすぐ近くなので、すぐにつくという。
久しぶりの城外だけど、今日の私はそれを楽しむどころでなかった。
挨拶に参加者の名前、そしてダンスの順番。
必死に頭の中でおさらいする。
そのせいで、私は気づいていなかった。
ユリウスの機嫌がどんどん悪くなっていたことに。