[87] トクベツな夜
託宣の間を出て階段を昇る間、私を待つ人達にどこまで話すべきか迷った。
結局おじいちゃんやカイル達には、エデンから教えてもらった使徒や召喚の真実には触れず、神と対話したけど私は確かに運命の花嫁として召喚され、やはり帰る手段はなかったとだけ告げた。
結局何も変わらなかったわと精一杯微笑んで見せると、皆は何も言わず抱きしめてくれた。
ウィルーがなかなか離れようとしないでいると、カイルが引きはがし、周囲の笑いを誘う。
そんなちょっとした事で心が和むのを実感し、彼らがいてくれることに感謝する。
カイルとウィルーは城で側にいることがあっても会話も交わさず他人行儀だったのに、私が居ない間にすっかり氷解したみたい。
そしてソルにまでぎこちなくはにかみながら抱きしめてくれたのには驚いた。
城に戻った夜、私はユリウスの居室を訪れた。
彼は怒った顔をしながらも腕を広げ、私はそこに飛び込んだ。
その瞬間、私の涙腺は決壊した。
花嫁と王妃になる覚悟はもうとっくにしていたし、今日で元の世界への未練も断ち切った。
なのにどうしてだろう。
自分でも何の涙かよく分からなかった。
ユリウスの胸は温かく、私を抱く彼の腕が力強くて心地よく、私はすがりつき身を任せ泣きじゃくった。
そしてしばらくして落ち着くと、ユリウスには、おじちゃん達に説明した話に加え使徒の話もした。
ただ未来人というのは説明が面倒なので置いておき、使徒は私と同じようにこの地に現れ、帰れなかった人だとだけ。
彼らはもともと人々が持っていた土着の太陽信仰を文明的な信仰にと昇華させていただけなので、彼らが何者であっても神の存在は揺るがないことを説明した。
使徒は私よりも遥かに進んだ世界の人達なので、寿命も(冬眠装置を使っていたお陰で)長く知識も比べ物にならない。
それに比べて私はただの花嫁だけどねと笑うと、ユリウスは私を見つめて「俺の花嫁だ」と言い直した。
そうそう、私が召喚されたせいで、神様があと2回で召喚の役目は終ると話すとユリウスは仰天し、数日後におじいちゃんを城に呼び、私と共に国民にどう説明するかを相談した。
そしてそれから今日まで、私は日々の公務と花嫁となる準備に追われ、気がつくと白いドレスに身を包んでいた。
お針子さんが3ヶ月かけて作った特製のドレスは身にまとった私も感嘆の声をあげるほど素晴らしかった。
金色の百合文様を織り込んだ白い絹のドレスは、日に当たるとユリウスの巻き毛のように煌めく。
前日までつけていた黒いベールをではなく白いベールを被った私は、その上に金の小さな冠を乗せていた。
この王子の婚約者の冠は、大神殿でおじいちゃんの手によって王妃の冠へと置き換えられる。
本来、戴冠の儀と成婚の儀が重なる時は、まず王が家臣達達が居並ぶ中央の赤絨毯の上を一人歩き、神官長の手で先王から預かった王冠を頭に戴き、神の祝福を受ける。
その後、改めて王妃が入場し成婚の儀が執り行われる。
だが、新しい王は違った。
王妃と手を取り合い神殿に入場し、堂々と赤い道を進む。
そして神官長はそこで、まず成婚の儀を執り行い両者が終生の愛を神に誓った後、改めて戴冠の儀を行った。
王に王冠を、そして王妃には本来成婚の儀の時に与えられる王妃の冠を乗せる。
前例にない進行に、貴族達の間からざわめきが漏れた。
そんな中で新王は堂々と声をあげ、アイオナ国40代国王、ユリウス・カイン・ドランブリックと名乗った。
そして新王は王妃の名を出し、付き従うのではなく横で支える王妃であることを明言した。
彼の言葉を聞き、王妃の尻に敷かれ青いなと苦笑する貴族達は、その後の王の口からでた報せに言葉を失う。
「王妃は余の花嫁になるにあたり、新たに神の神託を得た。神からの恩寵の証である託宣と召喚は余から後二代で断たれることになる」
新王は一同を睥睨した。
「恐れることはない。それは神が余に花嫁を与えたことでその役目を終えると判断されたからだ。そして王妃は、使徒の知恵のかけらを持ちし者と神が告げた。その知恵の助けを借り、これからは人の手で世を切り開くようにと道を示された」
王は王妃と固く握る手を上に掲げ叫んだ。
「我らの新しい世に祝福あれ」
大神殿の広間は歓声で溢れ、神の祝福を受けた王と王妃の新時代が始まった。
「格好良かったわよね」
純白の衣装に緋色のマントを翻し、神々しいほど輝いていたユリウスの姿を思い出しながら、私は今夜何度目かのため息をついた。
その度に、ユリウスは得意げな顔をする。
「そうか?そうか?」
「本当に見違えたもの。王らしい威厳もあって」
「なんだかそこまで褒められるなんて、俺のことじゃないみたいだな」
凛々しいユリウスもいいけれど、やはりこういう反応をするところに愛しさを感じてしまう。
私とユリウスは城内の王の居室の寝室で、無駄に大きいベッドの上に向かい合って座っていた。
現在後宮にあった建物は全て取り壊され、地下に張り巡らされていた通路も埋められて、新たに王と王妃の離宮、そして王族用の館を建築中だ。
後宮解散後も残っていた職員はそちらが新しい職場になる。
それまで私達は、この部屋がシュリが言うところの愛の巣となる。
毎回改装されているとはいえ、何十人もの王が使ってきたこの部屋は、やたらと広いくせに息が詰まりそうな重苦しさがある。
窓の外は深夜だというのにかがり火が焚かれ夕方のようにオレンジ色の灯りが差し込む。
城内も城下も、今日から3日間はお祭り騒ぎが続く。
そんな浮かれた空気の中、私達は静かな部屋に二人きりなわけで。
「なんだか緊張するな」
「いつも一緒に寝ているでしょ?」
「だって、そりゃあ今夜はトクベツだし」
「そうね、トクベツだものね。」
今夜のためにお針子さんがあつらえてくれた古式ゆかしい純白の絹の寝間着。
その下には同じくお針子さん特製の白い大胆な下着が待っている、のだけど、私達はもう長い間向かい合って座ってた。
いつまでも赤面しながら上や右や左にと視線をやり落ち着かないユリウスに業を煮やした私は、ベッドの中央に横たわり胸の前で手を組む。
「なにやってるんだ?」
「今夜は花を持たせてあげようと思って。さあ、お好きにどうぞ」
「そんな風に改まられると、もっと緊張してきた」
「大丈夫よ。ほら、いつも通りキスをして」
私が目を閉じせがむと、小鳥がついばむようなキスが唇をかすめた。
「……え?」
「いや、なんだか上からって照れくさくて」
「しょうがないな」
私が腕を広げると、胸元にユリウスが飛び込んでくる。
そして私が目を閉じると、下から押し上げるようにユリウスが唇を重ねてきて、いつもの熱を帯びた長いキスをする。
さっきまでの躊躇はなんだったのかと言いたい。
「もう少しだけ、このままでいいか?」
「うん、いくらでもどうぞ」
「夢じゃないんだな、ユカが俺を選んでくれた」
「ユリウスも私を選んでくれたでしょ」
「あの時、ユカが神殿に行った時、もう会えないかもしれないと覚悟した時に、俺は後悔していたんだ。いつもユカに抱きしめてもらってばかりで、どうしてもっと俺が抱きしめておかなかったんだろうって。だからもう、二度と手放さないから」
「で、私に抱きしめられているのはどうしてなんでしょうね」
「やっぱり俺はユカにこうしてもらうのが好きだ」
「私もこうしてるとなんだか落ち着くのよね」
「なあ、まだ俺はユカの中で、可愛い王子のままなのか?」
「馬鹿ね。私の愛する、可愛い王様よ」
「じゃあユカは、強くて優しくて愛しい俺の女王様だよ」
ずいぶん長くなりましたが、これで完結となります。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
軽いノリのファンタジー作品を書くつもりだったのに、ずいぶん濃い話になったなと自分でも驚いています。
少しでも楽しんで頂けましたでしょうか。
短期間での完結を目指した連載だった為、誤字も多く荒いまま公開してしまい、見苦しい点が多く、大変失礼しました。
執筆後に取り急ぎ推敲はしていますが、後日あらためて修正改稿をするかもしれません。
(本筋を変更することはありません)
また、別立てになりますが、番外編や後日談などを書いて載せていけたらなと思っています。
初めて長編を書ききって、しばらく惚けていると思いますが、また別の作品を書いた時はよろしくお願いします。
★WEB拍手を再開しました(3.16)
執筆中、沢山の拍手とコメントでの応援を、本当にありがとうございました。
頂いたコメントのレスは活動報告に置いています。
★本編の間に挿入していた、side、閑話を「女王様とお呼びっ!【閑話集】」に移動しました(3.17)




