[8] 休日の過ごし方
「ユカ様、それは何でございますか」
「何だと思う?」
私はナナに微笑みながらも、せっせと手を動かしていた。
今日は休養日。
毎日みっちり詰まった王妃教育も、5日に1度は休みとなり自由な時間が与えられた。
庭を散歩したり、本を読んだり、ナナ達とゲームをしたりと様々なことをして過ごしていたが、今日の私は縫い針と格闘していた。
裁縫は得意でないけど、ミシンはないから手縫い。
取り寄せてもらった白い綿布を広げて線を引き、布を裁つとざっくり縫い上げていく。
「それは、姫様が時々してらっしゃるぶらじゃーですか」
私は重々しく頷いた。
この世界に来た時にスーツ姿だったのだけど、幸いなことに鞄の中にはジム用の着替えも入っていた。
だから普通のブラとスポーツ用2日を交互に使っていたものの、やはりローテーションが早いせいで痛んできた。
大人しくしているならまだしも、ダンスのレッスンでこれがないのは辛い。
それに、私にはしたいことがあった。
それはもう8年ほど日課だったジョギングだ。
ダンスのお陰で身体は鈍っていないけど、いかんせん遣う筋肉が違う。
何より私のストレス発散の意味があった。
「運命の花嫁」「神の姫」と呼ばれ妙に崇められている中、ジャージ姿を晒すわけにはいかない。
用意されたドレス以外で私好みのものを仕立ててはと、紹介されたお針子さんに頼んで、こっそり騎士の訓練用の衣服に似たものを特別にあつらえてもらった。
そしてその余り布を分けてもらって、ブラを自作している。
針の扱いがあぶなっかしい不器用な私の手元を見て、ナナはお針子さんに頼めばいいのにと言う。
でもこの世界にない材料のかわり何を使えばいいか、どうしたらいいかをうまく説明する自信がない。
試行錯誤してこれぞというものが出来たら、改めてお針子さんに依頼して色々なバリエーションを作ってもらおうと思っていた。
横で私に付き合い刺繍や繕い物をする3人の侍女達の、発育途上の胸と、若々しさの詰まった形の良い胸、そして成熟した香りを漂わせる胸を眺めた。
私につけられた侍女は、ナナの他に、メラニー伯爵夫人の遠縁で豪商の娘だというシュリと、若い頃現王妃に侍女として仕えていたというアイーダ子爵夫人だ。
アイーダさんは結婚退職したけど、夫の子爵が亡くなって寡婦になった為、再出仕したのだそう。
経験者の彼女は若い二人の良き指導者で、すぐに私の性格を飲み込み、必要な時にさりげなく助けてくれる。
元の世界の職場で、事務部だった私が秘書に配属された時、引き継ぎの半年間しか一緒でなかったけど、その仕事ぶりに私をすっかり惚れ込ませた先輩秘書の合田さんに、仕事ぶりも雰囲気もよく似ている。
うん、名前も似てるのでつい「合田さん」と呼びかけてしまうのよね。
ナナは神殿で出会った時から変わらず子猫のように可愛らしく、私の癒し的存在になっている。
シュリはナナより少し年上で、素直で大人しく、綺麗好きでくるくるよく働くいい子だ。
私の言動がよく彼女を驚かせているようで、しょっちゅう緑色の瞳をまんまるにして驚いている様子が可愛い。
そんな彼女達に、暇があれば彼女達視点から見たこの世界のことを、色々教えてもらっている。
今日も針仕事をしながら楽しく会話をと思っていたけど、私の手際に肝を冷やしたアイーダさんから、手を動かす間は黙って集中するようやんわりと諌められた。
「訓練ではなく運動?それはまたどういったものなんだ」
カイルが私の部屋に来た時に、城内を案内してもらった時に見かけた騎士団の習練場を使わない時に毎日30分ほど借りれないかと頼んだ。
武芸を嗜んでいるのかと問われ、ただ走りたいだけと答えると、首をかしげられてしまった。
平民にとってエレベーターもエスカレーターも電車も車もないこの世界ではわざわざ身体を動かす必要はなく、必要とする何かしらの「訓練」の一環でしかない。
貴族も狩りや乗馬やダンスといった娯楽でそれなりに身体を動かす為、わざわざ健康のために身体を動かす習慣がなかった。
「身体の機能の向上といえばいいのかな。走ったり身体の各部の筋を伸ばしたりすることは、強くなるためだけじゃなくって、健康にいいしストレスの発散になるし、気持ちよく寝られるわ」
「なるほど、確かに素振りをし気持ちよい汗をかくとすっきりするな」
「本当は、庭や通りを走りたいところだけど警備とか大変でしょ?だからあそこの中だけでいいから。お願い」
「ですが、あの『じゃーじ』とやらは困ります」
異界の衣服というので興味を示したので、ジム用のグレーに紫のラインが入った某スポーツメーカーのジャージを着てみせると、ユリウスにカイルまでが赤面し、侍女達はあわてて私を寝室へ連れ戻した。
どうも、上のラインが出るのは構わないけど下のラインが出るとはしたない部類になるらしい。
だから動き易いデザインで身体のラインがあまりでない訓練着を用意したのだ。
それならと渋々許可が降りた。
カイルの手配で、翌日の早朝には朝食前に1時間ほど使わせてもらえることになった。
その時間であれば、騎士の隊舎には当直の者しかおらず、修練場も空いているからだ。
この世界で夜に用意される灯りは、ロウソクかランプで元の世界に比べるとかなり暗い。
その為長時間の読み物や書き物は向かず、自然と規則正しい早寝早起き生活になっていた。
あれは確実に目が悪くなっちゃうよね。
コンタクトはもちろんあるわけないし、眼鏡も牛乳瓶の底のようなガラスの厚く重たいものがある程度。
出来ればお世話にはなりたくないわ。
朝起きると顔を洗い、用意した訓練着を着る。
そういえば、試行錯誤した手縫いのブラだけど、機能的にはなんとか用途を果たす仕上がりになった。
やっぱり元の世界の技術は素晴らしいよね。
機能性とファッション性まで兼ね備えてるんだもの。
下着のCMや広告でみかけたうろ覚えの構造図を参考にしながら、パーツパーツを縫い上げた。
ブラのアンダーと肩の紐を太くベルト状にした形。
実際には肩の部分は背中でクロスするよう縫い付け、アンダーの紐を長くして後ろをぐるっとまわして前で固くむすぶ。
カップには布を重ねたパットを入れてみた。
見た目は…男性にはお見せできない仕上がりになったけれどね。
思った以上に難航し、1つ作ったら根気もやる気も尽きてしまった。
それでお針子さんに相談したら、次々と新しいアイデアを提案され、全てお任せすることになった。
するとさすが王宮お抱えのプロフェッショナル。
こんな布を開発してもらいましたと、なんと織り方でゴムのように伸縮性を持たせたものを開発。
そして見本で見せた私のブラについていたホックも特注で作らせてしまった。
お針子さん自身も試行錯誤の過程で自分用に作り、今後私が満足するような下着を開発しますと力強く表明してくれた。
というわけで、少なくとも色々と詳しく説明し話を詰めていけたのは試行錯誤で具体的に考えることが出来たからで、指先に針を指しまくった私の努力も無駄ではなかったはず……と言っておこう。
さて、お針子さん特製ブラの装着具合を服の上から確かめると、仕上げに背中の中ほどまで伸びた髪をナナにポニーテールに結ってもらって準備完了。
部屋の外で待つ護衛の騎士を伴って修錬場に向かう。
私の護衛の騎士は、カイルがユリウスの親衛隊から選んでくれた3人。
熊のような巨漢で温厚な顔と性格をしたバッハ、女性的な線の細さに端正な顔立ちで侍女達や貴族の子女にファンを持ち剣技は騎士の中でも1、2を争うイーライ、そして目立つ所はないが、実直で騎士の鏡のようなジャック。
ローテーションで休みをとりながら、常時2人が私の部屋の護衛の待機室で出入りを管理し、部屋を出る時は護衛につく。
私が部屋で過ごすことが多い為、運動不足解消と護衛を兼ねて一緒に走らないかと誘うと、ジャックが自分の当番の時なら付き合いたいと申し出た。
ちなみに、イーライは不要に汗をかきたくないから遠慮したいときっぱり断られた。
うん、私もふくめ城中の女性は汗臭い彼を見たくないと思う。
バッハは休日を鍛錬に充てているからと言ってた。
身体が重そうで走るの苦手かなとか思ってごめんなさい。
多分、私の想像を越えた身体の鍛え方をしてるんだろうな。
こうして毎朝せっせと『じょぎんぐ』や『すとれっち』をしていることが、騎士達の噂にのぼるようになった。
修練場の入り口は封鎖されるが、隊舎の窓から一瞥出来、それは制限されていなかったので、時々目をやると窓にはりついた騎士達と目が合い、手を降ると雄叫びのような声があがっていた。
そして、私の真似をして走り込みをする騎士達が増えたらしい。
あと、今まで不人気で希望者がおらず当直の割当を苦労していた騎士団長が、お陰で希望者殺到ですよとご機嫌で挨拶にきたのは、また別の話。
閑話回にしていましたが、本編扱いにしました。