[79] 飲ミニケーション
王の崩御後の政務の引き継ぎも一段落したらしく、これから即位の準備を本格的に始まる。
その前に両陣営の文官と武官スタッフの顔合わせと慰労をと、今夜は王妃執務室横の事務室を使って懇親会を開いていた。
情報共有や意見交換など、これから色々連携をとることが増えて来るだろうしね。
ユリウスの6人の侍従は、若い文官のエリート中のエリートの集まりで、揃いの白い制服に身を包む姿は若い貴族の令嬢の憧れの的だ。
白い隊服に身を包む親衛隊もしかり。
反対に、うちの執務室スタッフははまだ頭数も少なく顔ぶれも個性的で男女混合、衣装も私服。
もともと王妃の侍従は1人だったこともあり、全て一から仕事を作り上げている最中なので王の侍従のように統制がとれていないのは仕方が無い。
親衛隊も黒い制服と個性豊かすぎる人材のせいか、女性達の中ではまだ評価は検討中といったとこらしい。
そんな二陣営が打ち解けられる場を作ろうと、私とダイアナ、そして女官と侍女達が張り切って準備をした。
本来は正式な食事会のようなものを開くべきだけど、喪に服している私やユリウスの名で催しを行うことは出来ない。
もちろん、誰かの開く集まりにも、私達は参加してはいけないとされている。
それなら執務室同士の懇親会だったらいいのではとユリウスに相談し、こうやって内々で開催することになった。
別に私が酒盛りをしたいからってわけじゃないのよ。
飲ミニケーションの効果は侮れないと思っているから。
事務室で宴会だからって侮ってはいけない。
作業用の机や応接セットを移動させ、空いた場所に後宮から高級で繊細な織りのふっかふかな絨毯を借りて敷きつめてある。
同じく後宮から借りた極彩色のクッションが置かれ、ムーディーな細工の灯りが光を揺らす。
そして、これまた後宮の物置にあったペルシャ風っぽい、唐草の彫り物の入った足が極端に短い低い大きなテーブルを置き、そこに食べ物や酒を並べる。
料理は後宮のコックが腕を振るい、王族が口にするような山海の珍味が並ぶ。
お品書きを見て贅沢すぎると心配すると、私の後宮生活が質素すぎるから腕を振るわせろとコックさんに怒られた。
そのコックさんの腕で生み出された料理達は、全員から感嘆と賞賛を浴びた。
本人に料理を目にした時の皆の溜め息を聞かせてあげたかったわ。
「王が亡き後より皆には引き継ぎなどで苦労をかけた。だが、これからまた戴冠式の準備など忙しくなる。その為にも今夜は英気を養って欲しい。無礼講だ、気兼ねなく楽しんでくれ」
「これからの王妃の公務は、より国民を豊かにするために務めていきたいと思っております。その為にも、王の侍従の皆様方のお力をお借りすることも出て来ると思います。手を取り合う事で、より良い方法や発見が生まれ、国の発展につながるよう祈っています。今日は大いに語らってください」
私達の挨拶に温かい拍手が湧く中、ユリウスが杯を手にした。
「まだ喪中ゆえ乾杯は出来ぬ。だからこのまま美酒を口にし、我らの手で新しい世が栄えることを願おう」
ユリウスが杯の中のワインに口をつけると、皆も同じように杯に口をつけた。
宴もたけなわとなり、部屋は熱気に満ちた。
王の侍従の白い制服をきっちり着込んだ5人の青年達に、うちの自由な服装のスタッフ達が座り、色々と議論を交わしている。
ダイアナはその中に混じり、一番年少ということもあり慎ましく皆の会話に耳を傾けている。
議論が白熱しすぎると、間に侍り酌をする女官、後宮解散で新しく女官に加わった、元妾妃のヒルデ様とカレーニア様が、その美貌と微笑みでその場をなごませる。
ヒルデ様は南の国ターメリアの王家の姫君で、紅茶色の髪を夜会巻きに結い上げた明るく社交的な30歳。
国に戻っても居場所がないからと女官となり、新しい伴侶を探す女狩人になっている。
そしてカレーニアさんは亜麻色の髪を左肩から胸へ降ろした聖女のようにいつも微笑みを浮かべた方で、以前年齢を聞いたら笑顔だけが返ってきた。
彼女は王が戦場から戻る途中、戦勝報告に寄った神殿で見初められ強引に妾妃にされた女神官で、国の助けになれるならと私の女官になってくださった癒し系の美女。
そんな王が愛でた美女に侍られて、鼻の下が伸びないなんて男じゃないわよ。
って思ってたら白い制服姿がよく似合うユリウスの侍従長を務めるカイルと、彼の斜め横に座る、先王からの侍従だという赤毛を短く切りそろえた細目のフィンという青年の二人は、表情ひとつ変えず杯に口をつけていた。
リックなんて、脳みそまで溶けたような顔をしているというのに。
そんな頼りない補佐官の代わりに、補佐官秘書のミラーさんがエリート達と対等に渡り合っていた。
本当は法律顧問のおじいちゃん、フェブリーさんにも声をかけたのだけど、若者の集まりに水を差してはと遠慮されてしまった。
もちろん、ユリウスとカイルが胸をなで下ろしたのは言うまでもない。
静かに文官達が交流する中、テーブルの反対側では、私とユリウスの護衛達が賑やかに盛り上がっていた。
せっかくなので非番の人達に声をかけたのだけど、こちらは白い隊服と黒い隊服が入り交じって座り、和気あいあいとしている。
酒を飲まないバッハとケニーが今夜の護衛に立ってくれているので、後で残り物をたっぷり夜食に持たせるよう頼んでおこう。
ちなみに、護衛の人達には侍女のナナやシュリ、二人とカイルの推薦で新しく侍女に加わったエリルが酌をしたり話の輪に加わっている。
可憐な少女達のお陰で、荒っぽい雰囲気になることもなく和やかに場が盛り上がっていた。
ただ、ふいにエリルがウィルーに「お兄様」と呼びかけた時に、一同がいっせいに酒を吹いたのは見物だった。
親衛隊の誰も彼らが兄妹だと気付いていなかったらしい。
そのうち若者同士で恋の花が咲いたりするといいわよね、と貴賓席として座椅子のようなものが置かれた中央の席から微笑ましく見ていると、私の隣に人が座る気配がした。
「あら、おかえりなさい」
「たまにはこういうのもいいな。普段出来ない話や議論が出来て刺激的だ。ユカはもう行かないのか?」
「うん、今日は皆の懇親が目的だからね、場も温めたことだし」
杯を手に、侍従達や護衛達との会話に加わっていたユリウスが戻ってきた。
あまり酒が強いほうではないので、途中から果実酒を水で薄く割ったものを飲んでいるけど、頬がバラ色に染まり、青い目が少し潤んでいる。
私は宴が始まってすぐに文官の輪に加わった。
きっかけが掴めないのか、仲間同士でばかり会話をしていて交流もあったもんじゃない。
そこで私が強引に割り込み、端から声をかけて労い、色々と話題を振った。
王の侍従達はさすがに慇懃な態度だったけど、私の進める6院改革について質問したり国政に意見を求めてきたりして会話が弾み、そのうちリックやミラーさんと直接議論を交わすようになった。
もう少しくだけたらいいのにと思って、この場の女性達でどなたが好みかと話を振ったら、カイルに文官の輪からつまみ出されてしまった。
その逆に武官達は、食べ物や女の話、武具や訓練の話など話題も豊富で楽しい談笑で時間を忘れそうになったけど、気を使わせるので退散し、私は場の雰囲気を肴に一人杯を傾けていた。
「ちゃんと食べておかないと、酔いがまわるわよ」
ユリウスの皿に、野鳥のローストと木の実とパンとハーブを和えた詰め物、そして付け合わせの野菜をいくつかとってやる。
私も一緒に、魚卵の塩漬けとチーズを薄切りのパンに乗せてかじった。
「この後の準備は出来てるのか?」
「ええ、あの人待ちよ」
「だが、本当にうまくいくのか?」
「自信はないけど、あの人なら何か知ってると思うの」
「そっか、任せるよ」
「あっ!ちょっと何してるのよ」
私はフォークに差した肉を頬張ろうとしていたユリウスを咎めた。
「今、茹で菜花をお皿に戻したでしょ。少しだけなんだから食べなさいよ」
「それは嫌いだ。宴の席なんだからいいだろう」
「ほんの一口じゃない、ほら、上手に茹でてあるから、さわやかなほろ苦さがお肉のソースの濃厚さを抑えてくれるわ」
「じゃあ、ユカが食べてくれ」
「……ほら、あーん」
私は、さっき皿に乗せたよりも多めの菜花をフォークにとると、ユリウスの口元につきつけた。
野菜全般が苦手なユリウスは、顔をしかめ口をへの字に閉じて首を横に振る。
私はやさしく微笑んだ。
「ほらほら、恥ずかしがらなくていいのよ」
「い、いや、恥ずかしいんじゃない、苦手、うわっ」
反論しようと口を開いた隙に菜花を放り込むと、固まって涙目になった。
「お二人とも仲がよろしいな」
「あら、リカルドさん、お待ちしてましたわ」
いつの間に現れたのか、私とユリウスの前にリカルドさんが立っていた。
急に武官の輪が静かになったと思ったら、リカルドさんを見て凍り付いている。
この人、彼らに何をしたのかしら。
「遅くなってすまん。色々と野暮用を済ませていてな。俺はここに座ればいいのか?」
「いえ、別室を用意していますので。ナナ、そろそろ私達は引き上げます」
ナナは私を見て頷くと、シュリに耳打ちをし、立ち上がった。
私とユリウスは一同に声をかけると、リカルドさんを伴って部屋を出た。




