[78] 元侍従長の企み
「リカルドさん、お名前はターニャ様とユリウス様から伺ったことはあります。今は王子と侍従の相談役をされているとか。あなたのことでしたのね。でもどうしてここに?」
「それは上から偶然ここにあなた方が入るのが見えて飛んできたんですよ。不逞の輩かと思ってね」
「上?ああ、城の上層階からはここが見えるのですか」
「もちろん場所は限られる。そして見るものは禁忌地だと知っている」
「入ってきた時に、一目でオレ達だって分かったでしょうに」
イーライがリカルドさんを睨んだ。
「ああ、だがせっかくだから、噂の王妃親衛隊の力量を試してみたくてね。騎士隊以外から拾ってきたそうだが、面白いのが多いな。腕も悪くないが及第点といったところ。今後の成長に期待だな。ただ、俺に煽られ一人づつかかってきた所はいただけんな。お前ら馬鹿か、その腕前で三人がかりなら、俺は早いうちに追いつめられただろう」
「うちのは、どれも先が楽しみな有望株ばかりですよ。ただ仰る通り、護衛としての戦いはまだまだ未熟。ご教授頂いた所はこれからみっちり鍛えていきますよ」
「隊長、お知り合いなんですか?」
ウィルーが機嫌の悪そうな顔をしている。
私の名を出して脅したことを怒ってるんだろうな。
他の二人もけげんそうな顔をしてリカルドさんを見ていた。
「お前ら知らないのか。先王の侍従長は騎士隊隊長と互角の腕前を持ち、戦功をいくつもあげてるって話。修錬場にふらっと現れては、時々稽古をつけてくださっている」
「なに、王亡き今は、ただの隠居の老いぼれさ。ただ、実戦をくぐってない若いもんには、この不自由な腕でもまだ負けんがな」
老いぼれと言うが、まだ50歳前後のはず。
常人より精気に満ちた彼がそう言うと、嫌みにしか聞こえない。
ハンデをつけてやったんだと匂わすリカルドさんの言葉に、彼と闘った三人は一斉に悔しそうに顔をしかめた。
「イーライ、今度親衛隊で稽古をする時に俺を呼べよ。手ほどきしてやる。特にその黒い片目、我流もいいが正統な剣技の前ではやはり弱い。自覚があるからその棒っきれを持ってるんだろ。だが護衛は主を守りながら戦うもんだ。両手が使えん状況もあるから、剣だけで闘えるよう腕を磨け」
「よかったな、ウィルー。リカルド殿がお前をお気に召したようだ。しっかり鍛えてもらえ」
「隊長、僕は必要ありっ、うぐっ」
「ユカ様を守るんだろう?それならリカルド殿を利用し鍛えてもらえ。騎士以上に強くなれるぞ」
イーライの腕で首を締め上げられながら、ウィルーは彼の言葉に不承不承同意した。
「ユカ様、あなたはこの場所をどう思った?」
急にリカルドさんが私に尋ね、皆の視線が向く。
「悲しい場所ですね。でも凄惨な場ではないし不思議に静謐な場所。死者が眠るには相応しい」
「では、あなたならここをどうしたい?」
「この場所はそっとしておきたい。ただ、出来るならちゃんと弔ってあげたいです。病気、謀殺、処刑、理由は色々あるのは察しがつきますけど」
私はリカルドさんが登場した時にゴーシュに言わせなかったことをさらりと口にし、続ける
「ここは死の園でいいと思います。だからこそ、これからを生きる子ども達にはもっと生命力に溢れる場所で成長して欲しい」
「ゴーシュ、どうだ?」
「ほんとに良き王妃様になられることでしょう。私めは王妃様のお言葉に従いたいと思います」
「わかった。そのようにユリウス様にも伝えよう」
ゴーシュとリカルドさんが親しげに会話をしている。
ゴーシュさん、頼る宛がなくて私を呼んだとか言ってなかった?
私は二人の側に一歩寄った。
「お二人とも、これはどういうことなのでしょう」
「も、申し訳ございません、わたくしは王妃様をたばかるつもりは全く。助けて頂きたかったのは本心でございます」
ゴーシュさんがたちまち土下座し、煙が出そうな勢いで床に薄くなった頭をこすりつける。
「ゴーシュは非常時用で俺との連絡手段を持っているんですよ。それで相談を受け王子に報告したんです。産館のことはユカ様に任せるから相談するようにと命を受けたので、俺なりに任せてみたってことです。でもまさかここまで早くたどり着くとは思いませんでしたよ。お陰ですっかり出遅れちまって」
「テスト、したんですね」
「もちろん合格ですよ。いやあ、坊主が入れ込むのも、フランシス様の興味を引いたのもよく分かりました」
リカルドさんは意地の悪い笑顔を浮かべた。
「ずいぶんユリウスと親しいのですね」
「聞いていませんでした?フランシス様のかわりにあいつが生まれた時から見て来ましたからな。甥っ子みたいなものです」
リカルドさんは太陽のように明るく温かい人だ。
王の侍従長を務めていたほどの人だから、必要があれば凍てつく氷にもなれるんだろうけど。
私は彼の名を出す時の、ユリウスの表情が和らぐのを思い出した。
父親である王の話の時は未だに固まるのにね。
父と顔を合わせることのなかった幼いユリウスには、身近な数少ない大人の男性で、きっと良い「叔父さん」だったのだろう。
ユリウスが王子なのに自分のことを「俺」って言うのも、彼の影響かもしれない。
「なにか嬉しいことがありました?」
小さく笑う私をリカルドさんが見咎める。
「いえ、なんでも。まずは全てユリウスに話し相談をしてからと思っていましたが、この産館のことは私に任せてもらえるのですね」
「西園は王の管轄。産館は便宜上ここに置いていただけで、もともと後宮の管轄ですからね。ただこの死の園という墓地の存在は、決してこれから動かすことも表に出す事もない。それを念押しをする必要もあなたにはないようだ」
その晩、色々歩き回り疲れたので、早めに休む支度をしていた私の部屋のドアが叩かれた。
ナナに導かれ入ってきたのは、怯えの表情を浮かべた寝間着姿のユリウスだった。
いつもは手ぶらなのに、今日はリボンのかかった菓子の箱を手にしている。
「今日は私、疲れているから一人で寝たいんだけど」
離宮でのあの夜の後から、ユリウスは夜を過ごしに私の部屋をよく訪れるようになった。
といっても会話をし、キスをして、抱き合って眠るだけ。
お互い多忙なので、3日に1度くらいのご訪問なんだけどね。
「すまない、夕方リカルドから報告を受けて驚いて。俺は執務室に相談に行けと言ったつもりだったのにあんなことをするなんて……」
「リカルドさんも独断だって言ってたし、怒ってはいないわよ」
「でも、リカルドに丸投げしたのは俺だし。ナナが今夜のユカは機嫌が悪いと教えてくれて」
私が視線をナナに向けると、彼女は寝室の用意をしますと逃げていった。
「試されたのはそりゃ気分は良くないわよ。彼の登場には本当にびっくりしたしね。でも、お陰で後宮の地下の存在という収穫もあったし。ユリウスやリカルドさんに怒ってるわけじゃないの。産館も最悪の予想をしていただけに誠意を持って運営されていてほっとしたわ。それよりあのお墓の数の多さに圧倒されてしまったの。君主国だから王や権力者の周りに死がつきまとうのは、自分も襲われたし分かっていたつもりだったんだけどね。その闇の深さを実際に目にしてしまったのがね」
「すまない。西の園に関しては本来王妃は知る必要も、まして目にする必要もないことなんだ。王妃が心を痛めるのは、国民に向けるべきだから。でも、ユカには知っておいて欲しかった。俺と共に立ってくれるなら」
「うん、知ってよかったと思うわ。ユリウスがこれから背負う、王が背負うものは私が肩代わりしてあげられない。でもその重さを私は知っておきたいの」
この城でどれだけの人が亡くなってきたのか。
目を閉じると、家族のもとや生地に戻ることもできなかった死者が眠る、名すら記されていないあの墓標が林立する草原が浮かぶ。
目に見えないけど、この城はそれだけ血に染まっている。
国を治める為には、流血は切り離せないものなのかしら。
私やユリウスの時代は、墓標を増やしたくないけれど……。
ベッドの中で、私達はすっかり馴染んだ唇を求め合う。
ユリウスも最近は私を翻弄するようにもなってきた。
巧いというより私の悦ぶツボを心得てきたよう。
唇が離れると、ユリウスは私の胸元に顔を埋め、私は彼の頭を抱える。
少しすると、胸元から寝息が聞こえ始めた。
私も彼の髪に顔を押し当てるうちにとろりと眠気に包まれた。




