[77] 産館の守護者
私達は産館の中にいた。
古い建物で痛みも激しく掃除も行き届いているわけじゃないけど、荒んでいる雰囲気はない。
中でゴーシュに、妻のエニーと下男のページを紹介された。
エニーは枯れ木のように細く背の高い女で子ども達や妊婦の世話をし、ページは禿げあがった猫背の老人で墓堀人だが普段は物資の運搬を担当しているそうだ。
医師はいないが、エニーは産婆で多少医療の知識を持ち、それでしのいでいるらしい。
西の園は、土地も含めると後宮の6割くらいの広さはある。
その隔離された空間の中で、彼らと子ども達はひっそりと暮らしていた。
「奥の部屋には臨月の侍女が2人、上には子どもが18人います」
エニーが案内をしながら、私の質問に淡々と答え説明する。
先王フランシスの庶子は、無事に誕生したのが今の所35人。
そのうち8人は14歳を迎えて成人し、市井に降りた。
そして9人が成人するまでに亡くなったとエニーが淡々と語り、心の準備は出来ていたもののその数に心が痛む。
子ども達を御覧になりますかと尋ねられ、ドアを開けたまま中を覗かせてもらうだけに留めた。
「ユカ様はてっきり子どもがお好きで、触れ合いたがるかと思っていましたよ」
隣に立つイーライが意外そうに言う。
「私も子どもは好きよ。だけどここは外から来る人もいなくて聖地のような場所。外から来た私達は今子ども達には触れないほうがいいと思うの」
「それはどういうことでしょうか」
私の言葉に、エニーはほとんど表情のない顔にわずかなとまどいを見せる。
「子ども達は外の世界との接触がないと、病気への抵抗力がつかないそうです。普通は色々な人に接触し病気などを経験し、育ちながら耐性がつくの。ここから外に出た子も、最初は病気で苦労するんじゃないかしら。だからお医者さんが用意できない今はやめておきましょう」
「なるほど、それで生まれつきの病以外で病気になる子が少なかったのですね。そういえば、一度軽い風邪を引いた妊婦が来た時に、主人から子どもに感染し死んだ子までいました。そういうこともあるのですね」
2階では、乳児と幼児で1部屋づつ、残りの3部屋は5歳から14歳までの子ども達を均等に振り分け、年長の子に面倒をみさせていた。
どの部屋も適度に掃除され片付いている。
子ども達は大人しく本を読んだり絵を描いたり行儀良く過ごしているし、赤ちゃんも、並べられた大きな籠に入り、すやすやとよく眠っている。
「案外普通だね。孤児院と変わらないね。いや、それよりも着るものも食べるものも行き渡っている。それに子どもがいるとは思えないくらい落ち着いて静かだ」
背後でウィルーがぽつりと言った。
私もそれは同感だった。
気になることは色々あるけど、どんな凄惨な光景を見る事になるかと覚悟していたぶん、目にするのは静かな光景ばかりで拍子抜けしてしまった。
処置室は中央にぽつんと鉄製のベッドが1つ置かれ、壁際に洗った盥がいくつか立てかけてある。薬品や道具が入った棚があるだけだった。
がらんとしたそこだけは徹底的に清潔に保たれ、血の臭いを消すかのように病院でかいだ消毒薬の臭いが充満していた。
妊婦の部屋はベッドが4つ並ぶ。
各自のベッドと私物を入れる棚、そしてトイレがある他は、時間をつぶすためにといつの時代のものか分からない古い書物が並ぶ本棚があった。
もうすぐ出産に臨む女達はベッドの中でうとうととしている。
私達は、戸につけられた覗き窓から覗いていた。
この部屋には鍵がかけられ妊婦達は監禁されていたからだ。
そっとその場を離れた私達は、玄関ホールに戻った。
そこで私は、気になっていた鍵の理由をエリーに問うた。
「これは皆の為なのでございます。女達は子どもと引き離される運命、子どもと会話をするうちに親心がついてしまいます。それに子ども達は自分達の出生は知らせていません。余計なことを吹き込まれても困るので……」
「今日はここであなた方のやり方に何も言うつもりはありませんわ」
「恐れ入ります。私どもは代々このやり方できたものですから……」
エニーが頭を下げた。
「そういえば、外にたててあった白い杭、あれは墓標ですか」
私の問いに、ゴーシュが答える。
「あれは可哀想な哀れな者達の墓です。ここで亡くなった女や子ども、後宮で不始末を起こしたり自殺した者達。他にも城で殺され……」
「ゴーシュ!それ以上禁忌を口にしてはならんっ」
私達の背後から、張りのあるよく通る声が響いた。
護衛達が剣に手をやる。
開け放たれたままだった扉の所に、マントのフードを深くかぶった男が立っていた。
「何者だ」
イーライが声をかけると、男は不適に笑った。
「俺はこの産館の守護者。ここに無断で立ち入った者の命を貰いに来た」
そう言い放つと問答無用で剣を抜き私達に襲いかかった。
私はイーライに抱えられ、後に下がる。
その前に三人の護衛が立ち剣を構えた。
最初に男の剣を受け止めたケリーは、何度か太刀を切り結んだ末に、男の薙ぎ払うような一撃で吹っ飛ばされ、壁に激突し崩れ落ちた。
「軽いのに正面から来てどうする。さあ次はそのでかいのがくるか」
ガリヤが男を剣で叩っ切るように豪快に振り果敢に挑むが、最初は力で押したもののすぐに剣さばきで勢いを流されるようになった。
それでも何度も剣を合わせていたが、剣に集中するあまり油断していた足元をすくわれ、倒れた所で剣を飛ばされた。
しかも腹を踵で踏みつけられ、身体をくの字に折って悶絶する。
「剣に頼り過ぎだ、でくの坊が。おっ」
ウィルーが先手を打って飛び出しざまに切り付け、男が剣で受け止める。
「先制攻撃か。さて、お前さんはどうかな」
剣が上に下にぶつかり、剣戟の音が響く。
男はウィルーの攻撃を何度か受けるが、易々と止めてしまう。
「なんだそのぶざまな剣技は。本気を見せてみろ。お前が負ければ後の黒髪の女の命はもらうぞ」
男の挑発に、ウィルーの目の色が変わった。
剣を持っていない方の手で腰の後から鋼鉄製の警棒を取り出して構え、打ち込んでいく。
「ほう、変わった獲物を使うな、片目よ」
ウィルーは、彼の剣を警棒で自在に受け流しながらもう一方の手に持つ剣で切り込む。
さっきより二人は複雑な動きで切り結び、だんだんと男が押されているようにも見える。
男は剣をかわして懐に踏み込むとウィルーの腹に膝を打ち込んだ。
後に飛び下がりながらもそれを受け数歩下がったウィルーは、踏みとどまった前の足を軸に、詰め寄る男の横腹に回し蹴りを叩き込んだ。
たまらず男が倒れ込み、その首筋にウィルーの剣の刃があてられ、警棒で彼の手から剣を叩き落とす。
「はい、そこまで。ウィルー良くやったな。でも離していいぞ」
「隊長!こいつはユカ様を殺すと言ったんですよ」
イーライが私から離れて男の側に膝をつき、ウィルーを強引に彼の上から引き離した。
そして男が起き上がるのに手を貸す。
「大丈夫ですか?」
「ああ、どいつもまだまだ未熟だが、面白いのばっかり集めたな。特にその黒髪の片目はいい」
男はそう言うと口元に嬉しげな笑みをたたえた。
そしてマントのフードを外し、頭を全て晒すと私の前に跪き礼をした。
「2度ほどお会いしたが、覚えていらっしゃらないでしょうな。先王の、フランシス様の侍従長を務めておりましたリカルドです。どうぞお見知りおきを」
灰色の髪の壮年の男は、私に人好きのする笑顔を見せた。




