[76] 西の園
私達は、点々とランプが吊るされた地下通路をゆっくり進む。
ネルは足は悪くないが、歩調が遅い。
すえた臭いに物を燃やしたような臭い、カビの臭いなどあまり良い臭いとはいえないものが鼻をつく。
地下室にありがちな湿気は少ない。
両脇には扉が並び、地上と同じように部屋が並んでいるようだった。
ただし、ドアの間隔からみて部屋が狭いことは想像がつく。
時折黒マントの老女と廊下で出会うと、小さく悲鳴をあげて部屋に駆け込んでいく。
けれどドアの隙間が閉じることはなく、そこからたくさんの視線を浴びていた。
護衛達が周囲を睥睨する度に、そっと近くの扉が閉まる。
「ネル、ここにはどのくらいの賢女がいるの?」
「さあて、40人は下らぬかと思いますが」
「そんなに?」
「病で床に伏したものも少なくなく、実際に賢女として動ける者はそう多くはないですがね。老いて死ねば減る。これからはもう減るだけでございましょうな。ああ、ほれ、ここです」
ネルは廊下の途中でふいに立ち止まると、そこにあったドアを顎で指し、枯れ枝のような指をノブに絡ませて引いた。
中には上に昇る階段がある。
それを一歩一歩昇った先にもドアがあった。
ネルは袖口から鍵束を取り出し、手探りで目当てのそれを探し当てるとドアに当てた。
そしてフードを深く被り目元を隠すと扉を開ける。
外から差し込む光は予想より強くなかったけど、暗闇に慣れた目にはまぶしかった。
「さあ、どうぞお進みください。西の園、別名、死の園でございます。その先に、産館がございます。もしお戻りになる時は、ドアを叩いてくださればよい。すぐにお迎えにあがります」
老婆はドアを閉めて鍵をかけた。
私達が踏み出したそこは、後宮の建物の西側、そして城壁の側だった。
建物のこちら側には窓がない。
まさか誰が、壁の向こう側にこんな光景が広がっていることを想像しただろう。
左手、城側には背の高い樹齢の高い木々が生い茂り、それと壁に挟まれるように草原が続いていた。
その一角、木々の側に隠れるように離宮ほどの大きさの建物があった。
こちらは装飾的なものは一切なく、暗い色の石造りの建物で、屋根も黒い。
そこへ続く道が、扉から通じていた。
そして私達を驚かせたのが、背の高い風に揺れる草の中で等間隔に地面に突き立てられた、おびただしい数の白い木の杭が並んでいたことだった。
「もしかして……これって、墓標?」
ネルが口にした、死の園って、墓地という意味?
私は思わず身をすくめた。
いったい、何人が、ううん,何百人がこの狭い場所に眠っているのだろう。
彼らに何が起こって、どうしてこんなところで……
吹き付ける風の冷たさに、それ以上に目の前の光景が心を冷やした。
「ガリヤ、ケニー、館まで策敵しろ。館についたらゴーシュに到着を知らせ、中の安全を確認しろ。よければ合図を」
イーライが命じると、二人は周囲に目を配りながら館に向った。
「ユカ様、平気ですか?」
「大丈夫。ちょっと驚いただけよ。私達はここでしばらく待機ね」
「失礼、あまり風に当ってはお体が冷えます」
突然、私の背後に立つウィルーが自分の上着を私の肩にかけてくれた。
上着に残る彼の温もりに包まれ、微かに感じる彼の匂いが懐かしい。
「ありがとう。でも、あなたは大丈夫なの?」
私もだけど騎士達も部屋の中から移動した為にマントは羽織っていない。
普通に後庭に出る時は平気なのに、この場所は妙に風が冷たく、空気も薄ら寒く感じる。
そんな中、薄いシャツ1枚のウィルーは気にする様子もなく無表情に答えた。
「私は平気です。お気遣いの必要はありません」
「おい、ウィルー、そろそろその態度やめたら?」
「隊長、ユカ様の前で何を仰るのですか」
「今はオレらだけだから言っておく。お前のその態度、皆取っ付き難くて困ってる。馴れ合えとは言わないがもう少し打ち解けろ。もちろんユカ様にもな」
「私はただユカ様をお守りするのが使命。分を弁え職務を全うするだけです」
「お前の言い分は正しい。親衛隊員はそうあるべきだ。だけど護衛としてはそれだけじゃ駄目だ。始終そんなガチガチでいると一緒にいる者も緊張する。ご公務の最中ならそれでいいだろう。だが、休まれている時、プライベートな時までそんな風だとユカ様が落ち着かないだろう。もう少し柔軟になれ。お前ならそれが出来るだろう?」
イーライの言葉に仮面のような顔が動いた。
葛藤しているような苦悩の表情を浮かべる。
「会った時から言いたかったの……」
「ユカ様……」
「また会えて嬉しかった。まさか親衛隊に入るとは思わなくて、すごく驚いたわ。私はもうユウじゃないから前と同じようにとは言わないわ。でもあなたは僕って言ってるほうが好きよ」
私は、ウィルーに向って笑ってみせた。
王妃の微笑みじゃなく、素の私の笑いを。
「私は、僕は、ユウもユカ様も同じようにお慕いしお守りしたいと思っています。ユカ様が望むなら僕はその通りに。ただ、今はあなたの一兵に過ぎません。ユウにとった態度はとれないのをお許しください。あなたは王妃になる方だから……」
「おいおい、本当に面倒な奴だな。馴れ馴れしい態度をとれって言っているんじゃない。公然とるともちろん不敬だ。でも、私的な時に打ち解けるくらいは構わないさ。職務を忘れない程度に力を抜け。あとは常に理性を持てよ」
イーライは軽い口調で言いながらも、釘を差すような厳しい目をウィルーに向けている。
その目を隻眼で睨みかえしながら、ウィルーは不承不承頷いた。
「ということで、ユカ様も宜しいですよね?こいつに主従の関係を躾けるのはあなたの役目です」
そんな犬じゃあるまいし、と思ったけど彼の目が本気だと言っている。
ウィルーを暴走させることなく操縦しろということね。
頷く私を見て、何故か顔を赤らめ妙に嬉しそうにしているウィルーの背中を、イーライが満足げに叩いた。
「お、合図だ。そろそろ行きますか」
建物の外にガリアが出てきて、大きく手を振っているのが見えた。
その隣には、ゴーシュも小さく手を振っていた。




