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女王様とお呼びっ!  作者: 庭野はな
王妃への道編
75/88

[75] 黒マントの老婆

ひとまず私達は執務室に戻った。

情報を整理し作戦をたてる。


「まず手がかりは西側よね。後宮の建物か塀に扉があるのか、地下通路になっているのか。うーん、もっと詳しく聞けばよかったかな」


「多分、外観からは簡単には分からない造りになっているはずだ」


「次の手がかりは、黒いマントの老婆ですわよね。ユカ様ご存知だとおっしゃっていましたけど」


「そうそう、王妃審問にかけられた時にね、乙女の証を調べるからと現れたのが彼女達だったの。もちろんすぐに断ったから顔もほとんど見ていないけどね」


「ユカ様、若者には刺激が強い話なので……」


イーライとウィルー以外の者が赤面していた。

断ったって言っているのに


「その彼女達をどう見つけるかよね。産館の全容が分かるまでは内密に事を進めたいから確実に知ってそうな人にあたりましょう。王が侍女に手をつけ妊娠が分かったら、誰に相談する?出産するなら仕事との兼ね合いもあるし、でも彼女らの主の妾妃ではないと思うのよね。王の手がついた話は出来ないでしょう」


「女官長ですわ!妾妃様に相談できないことは彼女に相談するようになっていると侍女から訊いたことがありますわ」


ダイアナが彼女しかいないと断言するので、私達は女官長の部屋に押しかけた。

ターニャ様と共に既に何度も顔を会わせたことのある彼女は、一見大人しそうで印象に薄い中年の女性だけが、その誠実な仕事ぶりで後宮を良く束ねてきた。

護衛4人も引き連れた物々しさに緊張した面持ちの彼女は、最初は後宮の暗部を私達に話すことに抵抗を見せた。

それを説得し、彼女が知ることを教えてもらった。


後宮の地下で、後宮に長年務めた侍女や女官で後宮に残ることを選んだ者達が暮らしている。

さしずめ老人ホーム?

後宮の生き字引である彼女達は「賢女」と呼ばれ、彼女達が目立たず移動するための、彼女達のみが使用できる地下通路と出入り口が後宮にいくつも存在しているらしい。

そして女官長に後宮内の様々な情報をもたらし、相談役となり、王が手をつけた侍女達のその後の処置を担う。

その他にも、望まれれば媚薬調合や房術指南もするらしい。

では、その「賢女」とはどうすれば接触できるのか。

それはすぐに解決した。


「彼女らの元へは、地下へは招かれねば入れません。ですから招いてもらうのです」


女官長は立ち上がると、私達を廊下へ招いた。

それに従いしばらく歩くと、普段なら道具部屋かと素通りしそうな、部屋の名のない扉の前に立った。

そして女官長は、周囲を見回し人気のないことを確認し、ドアをノックするでもなく静かな声でその言葉を口にした。


「後宮に住まう賢き方よ。お力を貸しください」


短い時間だったけれど、沈黙のせいかやけに長く感じだ。

中には今誰もいないのでは?と口にしようとした所で、鍵の開く音がした。


「どうぞお入りください。用のない者は入れないことになっておりますので私はこれで」


そう言い残すと、女館長は私達を中に入れ外から扉を閉めた。

さほど広くない部屋は窓がなく、ロウソクが数本揺れていた。

護衛達は私とダイアナを囲むように立ち、剣に手を添えている。

薄暗い部屋に溶け込むように、私の足下には黒マントの小柄な老女が跪いていた。


「あなたが賢女ですか?」


「次期王妃様にはご機嫌うるわしう。以前、一度お目にかかっておりますが改めてご挨拶をさせていただきます。私は地下に住まう者、賢女ネルと申します。」


年齢が分からないほど顔中に皺が刻まれ、落窪んだ瞳は淀んでいる。

それでも、口調は妙にしっかりとしていた。


「やはりあの時の3人はあなた方でしたか」


「昔は、後宮に入る妾妃様や王妃候補の方々は必ず我らの手で証を調べておりました。ですがそれも廃れ、経験を持つのは賢女でも我ら年寄りだけになりましてな。それで王命を受け老骨に鞭打って行ってみれば、調べる前に不要とは。この賢女が知る中でそのようなことは次期王妃様が初めてでしたよ。ほっほっ」


老女は楽しそうに笑った。

よかった。

あそこで彼女達の仕事を邪魔したのを怒っていたらどうしようと内心心配していたから。

横のダイアナを見ると、端正な顔をひきつらせていた。

時代が時代なら、彼女もその対象になったのよね。


「そう、それで用件なのだけど急いでお願いがあるの」


「我ら賢女に何をお望みで?後宮に住まう者の秘密?それとも次期王のための媚薬?なんなりとお申し付けください」


「産館に案内してちょうだい」


老女の顔色が変わった。


「王妃になるお方がそのような不浄な言葉を口にしてはなりませぬ。無論、不浄な場所にご案内することはできませぬ」


私はため息をついた。

またゴーシュの時と同じ蒸し返しだ。

あ、そういえば。


「ゴーシュからの伝言です、私を案内して欲しいと。彼の使う道は私達は使うことが出来ないのです」


「なんと!彼らは不浄の者、奴めにお会いになったのでございますか」


「ネル、後宮の長い慣習は承知しています。あなた方や産館は、存在はどうあれ後宮にとってはなくてはならないものでした。でも、ユリウス様は、次期王は妾妃を持たぬこと、後宮の休止を既に決定されています。賢女であればそのことはご存知でしょう。そうなるとあなた方や産館は今までの慣習の通り存続することは難しくなります。ゴーシュはそれで私に助けを求めてきました。皆が困ることがないよう采配するのは私の役目。私は不浄を恐れません。さあ、案内なさい」


「……お覚悟はおありということでよろしいか」


「ええ」


「お側の方々も?」


老女が固い顔で念を押すので私は少し不安になった。

ここまで不浄だと言い切るのは、概念的なもの以外にも何かあるのかしら。

若い娘さんには見るべきではないものがあるのかもしれない。


「ダイアナは置いていきます。他の者は護衛ですので一緒に。いいですね?イーライ」


「当然です」


「そんな、私もご一緒します!」


「いいえ、これは私の命令です。あなたは執務室に戻りなさい。日が落ちても戻ってこないようなら王子に状況をお伝えして。遅くなるようなら知らせを入れるわ」


私はダイアナを部屋の外へ出し諭した。

そして背を押すと、彼女は縦ロールを逆立てるようにむくれながら執務室へ戻って行った。


「さて、では案内をお願いしますね」


ネルはゆっくりと立ち上がり腰を何度か叩くと、壁に歩み寄り、かけられていた古ぼけた絵を下に引いた。

すると、横の壁の一部が蝶番をきしませながら扉のように外側に開き、地下へ通じる階段が現れた。

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