[74] 秘密の通路を求めて
「な、な、なりません。王妃様がそのような不浄な場所に踏み込まれては」
「あーもう面倒な。ゴーシュ、命令ですよ。私と直接会話なさい。もう通訳は不要です」
私はゴーシュの骨と皮のような手をとると、小柄な彼を強引に立たせた。
「だっ、駄目です私に触れてはっ!私は不浄なものを触る立場でございますから」
「次期王妃の名において、今後、あなたが自身のことを不浄と言うことを禁じます。また、産館を不浄と言うことも禁じます。善かれ悪かれ、産館とあなた方は後宮にとって必要なものでした。悲しい目にあったものの行き着く場であっても、助けにもなったはずです。そして命の誕生や死は神聖なものではありませんか。そのことに携わる場所を不浄だなんて悲しいことは言わないでください」
「王妃さま……」
「さあ、私をそこへ案内なさい!あなた達は助けを求めているのでしょう?」
腰に手をあて、一気に言い放った私は我に返った。
王妃らしく話すつもりだったのに、うっかり感情に任せて口にしてしまったとほぞを噛む。
「ユカ様、少しお声が大きいかと」
後からダイアナがそっと私の袖を引いた。
あたりを見回し、心配そうな顔をしていた。
「わかっています。少し言い過ぎました」
「王妃様、勿体無いお言葉を頂きありがとうございます。このゴーシュ、尊い方々に直々にお言葉を頂いたことはもちろん、このように言って頂いたことは一度もございません。生きて、生きていてよかった」
ゴーシュが足下にひれ伏したまま、おんおんと泣き出した。
護衛達が困った顔で周囲を見渡している。
ゴーシュの泣き声を聞いて、周囲の部屋から何事かと顔が覗く。
仕方なく、護衛達にゴーシュを強引に近くの空き部屋へ連れ込んでもらった
まるで拉致された人のように必死に抵抗するゴーシュだったが、扉の前にガリヤが座り込むと外に出ることをあきらめた。
「最初からこうすればよかったですわね」
「ほんと。でも最初は状況がよくわからなかったから、強引にってわけにはいかなくて」
ダイアナと顔を見合わせて苦笑した。
「でもユカ様、本気で参られますの?産館とやらへ」
「行くわ。こういうのはやっぱり自分の目で見なくちゃね。ねえ、ウィルー?」
ケニーと並んで壁際に立っていたウィルーが、一瞬驚きを見せたが、すぐに冷静な顔に戻った。
「ご随意に。私はユカ様に従うまでです」
親衛隊の一員になり護衛として私の側につくようになったウィルーは、こういう慇懃な喋り方をする。
他の人達は、少しは砕けた喋り方をするようになっているのに、彼だけはまだ固い。
まるで仮面を被っているようだわ。
「ゴーシュ、産館へ行く方法は?北西への出入り口は城の1階にはない。どうやってここまで来た」
イーライが、床にへたりこんでいるゴーシュに尋ねた。
「はい、館番と王だけが知る通路です。こここから……」
「まて、その通路は王とゴーシュしか知らない秘密の通路だな」
「左様です」
イーライは難しい顔をした。
「何か問題があるの?」
「駄目だ、ユカ様。オレ達はそこを仕えない。使うには王の許しが必要だ」
「なるほど、秘密の通路、だもんね」
前に教えてもらった王子の秘密の通路と同じ。
王と王の選んだ者しか使うことは出来ないはず。
じゃあ、他に私達が出入り出来る所は……
「ゴーシュ、後宮から孕んだ侍女がそちらに行く手段は?」
「後宮から秘密の通路があるとか。ただ、私めは産館の側にある出口の扉しか存じません。なんせ後宮には入れませんで。鍵もかかっていますし」
「では誰が鍵を持っているの?」
「婆です」
「婆?」
「黒いマントを着ていて、女を連れてきたり、物資を用意してくれます。確か数人いたような」
黒いマントに老婆、なんとなく記憶にある。
私は記憶を辿り思い出した。
黒いマントの老婆、いたよね、いたいた。
「彼女達って後宮の人だったのね」
「ユカ様、ご存知ですの?」
「城で1度だけね。役目的にも多分彼女達のことだと思う。でも、どこにいるかまでは……」
「その婆達に会ったら、ゴーシュの頼みだと伝えてください。案内してくれるはずです」
「分かったわ、探してみる」
「ではゴーシュ、お前は先に通路から屋敷に戻れ、我々は後宮から赴く」
「はい、お越しをお待ち申し上げます」
ゴーシュと別れた私たちは後宮へと移動した。
といっても、後宮のどこを探せばいいんだろう。
私は歩きながら途方にくれていた。




