[71] あと2ヶ月
兄さん、そして弟よ、元気にしてる?
私は元気に仕事しています。
異世界に来てまでワーカーホリック気味なのは、血筋だよね。
ユウイチ兄さん、営業の仕事と道場の師範代の両立、ちゃんとできてる?アカネさんと仲良くしてる?
ユタカはちゃんと木工所の仕事を続けてる?指物職人の修行は大変そうだけど逃げ出すんじゃないわよ。
さて、私は2ヶ月後に結婚することになりました。
30まで結婚しない宣言をした、兄さんみたいな強くて渋くていい男を捕まえると結婚式の家族代表挨拶で言ってた、一戸建てじゃなくてもマンションでいいから賃貸じゃない自分の城を持ちたいわとか言ってた私がよ?
異世界で、25歳で城付き金髪碧眼の王子様と結婚することになって、しかも王妃になることになりました。
兄さん、結婚相手は俺より強い奴じゃないと認めないって言ってたけど、ユリウスは武器使用可だったらなんとか勝てそうです。
ユタカはユリウスを気に入ると思うよ。
でも会わせたくないな、気に入りすぎて虐めそうだもん。
結婚することに迷いはないけど、やっぱり家が恋しいよ。
兄さんとユタカに逢いたいな。
向うの世界のことが気になるけど、帰れるなら帰りたいけど、死んだらもしかしたら帰れるかもって状況だから、とりあえずこっちで幸せになるよう努力します。
だから二人も幸せに暮らすんだよ。
執務室の窓から鳥が旋回する青空に向って、ビデオレターもどきな独り言を呟いていると、背後から咳払いが聞こえた。
振り向くと、補佐官秘書のミラーさんが立っていた。
「お暇ですか」
「思索にふけっていたら、いつの間にかアンニュイに浸っていたわ」
「それはお邪魔して申し訳ありませんでしたね」
「で、どうしたの?」
「リックとダイアナがまた……助けていただけませんか」
「また?毎日よく飽きないことね」
私は入り口ではなく横のドアを開いた。
ライムグリーンで塗り直された壁の部屋は、所々に観葉植物が置かれ、奥側の部屋の半分は白い木製のパーテーションで6つに分けられ、それぞれ机や棚が設置されている。
手前の左手に作業や打ち合わせ用の広い机が置かれ、右手には来客用の応接セットと、人員は揃っていないものの事務所の体裁はととのえられていた。
その改装で心機一転した事務室の中央で補佐官のリックと私の執務秘書のダイアナが口論をしていた。
ダイアナは無事父親の説得に成功し、半月前から王妃執務室に勤めている。
お嬢様育ちの彼女は、最初は全てのことに戸惑っていたけど、失敗しながらも着実に仕事を覚えていっている。
予想外だったのが、リックとダイアナの相性が良すぎてしまったことだ。
同じ侯爵家の子弟としていい刺激を与えあうことを期待していたら、家がライバル関係にあるとかで、ちょっとしたことですぐ喧嘩になってしまう。
だいたい火をつけるのはダイアナなんだけど。
「二人ともそこまで。今日は何が原因で揉めてるの?」
「リック様がお願いした書類を御覧になっていませんでしたの。今日お手紙を書かないといけませんのに」
「はい、リックの言い分は?」
「至急の印がついていなかった」
「じゃあリックは今からそれを処理して。これはダイアナのミスね」
「そ、それなら最初にそう言っていただければ……」
不満そうに頬を膨らませ、トレードマークの縦ロールが落ち着かなさげに揺れている。
「どうするんだった?」
「リック様、も、申し訳ございません。次からはこのようなことがないよう気をつけますわ」
「よし、じゃあダイアナは依頼箱の中をもう一度ミスがないか確認してきなさい」
「はい、いってまいります」
ダイアナは悔しそうに一角に設置してある棚に走った。
その姿が初々しくて可愛いらしく、私は微笑みを押さえられなかった。
「さて、リック。言いたい事分かるわね」
「ええ、売り言葉に買い言葉は禁止、ですよね」
「その通り。ダイアナにわざとちょっかいださないでよ」
「いやあ彼女可愛くて、ついね。あのごめんなさいとかたまりませんよね。あと、ぷりぷりした頬も」
「気持はすっごく良く分かるけど、余計な手間を増やさないで」
「ユカ様、お二人は喧嘩してたのではなかったのですか?」
「ミラーさん、二人がプライベートな内容の言い合いを始めたら、強引に止めていいですよ。リックが仕事をさぼるためにからかって遊んでるだけですから」
「ああっ!ユカ様、ひどいー」
「さぼるですって?本当にあなたって人は生来の怠け者ですね。ではそんな気が起きないようにもっと仕事を差し上げましょう」
ミラーさんは柔和な顔のまま、リックの首根っこを掴んで机に連れ戻していった。
彼は「さぼる」という言葉に最近えらく敏感になっている。
それだけリックに手を焼いているんだろうな。
「ユカ様。お約束のあった親衛隊の方々がご挨拶にいらっしゃいました。もう中でお待ちになっていますわよ」
私はダイアナに呼ばれて執務室に戻った。
机の前には既に、揃いの黒い騎士服を着た男2人が立ち、その後に4人の男が膝をついて胸に手を当て頭を垂れて礼をとっていた。
「イーライ!バッハ!」
久しぶりに見る懐かしい顔に、思わず声をあげ二人に抱きつく。
二人とも新しい制服がよく似合い、バッハはより強そうに、イーライは男ぶりがあがって見える。
「ユカ様、お待たせしました。王妃親衛隊の編成が完了し、代表して隊長と副隊長、そしてうちの精鋭4名がご挨拶にあがりました」
「イーライ、ご苦労さま。皆さんこれからお世話になります」
「我ら、ユカ様に忠誠を誓い、身命を賭す決意と覚悟でお仕えさせていただきます」
「ありがとう、どうぞよろしく。でも、無茶はしすぎないでね」
「オレとバッハは今更ですね。じゃあ4人をご紹介しましょう。彼らは今後ユカ様の身辺警護担当です」
バッハは後に下がり、私は跪く男達の前に立たされ、その横にイーライが立った。
「端から順にユカ様にご挨拶を。まずはソル・カッシーニ」
「ユカ様に忠誠を誓います」
左端の中背でがっしりした体格の、銀髪で短髪の青年が顔をあげ、私の手をとり口づけた。
「ソルは剣の腕もいいが目がいいんですよ。次、ケニー・グラス」
「ゆ、ユカ様に忠誠を」
小柄で焦げ茶色の髪の愛嬌のある童顔な青年は、震える細い手で私の手をとりそっと口づける。
「ケニーの足の早さと素早さは誰も勝てません。いいジョギング仲間になりますよ。次はガリヤ・マリニ・ルーカス」
「お守り出来て光栄です。ユカ様に忠誠を」
ユリウスみたいな綺麗な金髪だけど、バッハに迫るほど体格が良く顎が割れ骨ばった顔立ちの青年が手をとり、力強く口づけた。
「熱血漢でうざいんですが、剣の腕はオレと同格。力はバッハ並ですよ。最後、ウィルー・タルタス」
「ユカ様に永遠に変わらぬ忠誠を」
黒い長めの髪を後で束ね左目に黒い眼帯をつけた男が顔をあげ、琥珀色の隻眼で私を見つめたまま私の手にゆっくり口づけた。
おまたせしました。いよいよ最終章です。




