[68] 計画的結末
ユリウスは倒れた父の側で、それを見下ろしながら立ち尽くしていた。
私も目の前で行われた行為に愕然とする。
そして思わず叫んでいた。
「ユリウス!」
私の声に振り向いた彼は、泣きそうなのか笑ってるのかよくわからない顔だった。
あわてて側に来て、手の帯を解き、ガウンを着せてくれる。
そして腰で帯を結んでくれる手は微かに震えていた。
「助けに来てくれて、ありがとう」
「ユカ、俺…遅くなった」
「ううん、遅くないわ。私、ユリウスを待ってた。ちゃんと来て助けてくれたわ」
私は彼の首に抱きつき、金色の短い巻き毛に指を絡ませた。
「俺は父を手にかけた」
「うん」
「初めて、人を殺めた」
「うん」
「俺が選んだことは…」
正しいか間違っているか、そういうことを口にしようとしたんだと思う。
だけど、ユリウスはその言葉を飲み込んだ。
私を抱きしめると軽く唇を合わせる。
そして少し身体を離し、私の手を握って瞳を見つめた。
「俺は父上のようにも、父上が望んだような王にはなれないし、ならない。だけど俺も良き王になる。ユカは俺の隣で王妃になってくれるか?」
王はあの時、隣に立つなと言っていた。
なぜあそこまでして、わからせようとしたのかな。
それとも、そこまでの覚悟があるのかと言いたかったのか。
ユリウスを傷つけるために私を責め立てるだけなら、あんなことに拘る必要もなかったのに。
彼の真意が計りかねて、もやっとしたものが残る。
それでも既に走り出してる私は、今出来ることをやるだけ。
私がなかなか返事をしないので、心配そうに私を青い瞳がのぞきこんだ。
いつものユリウスらしい表情に,私は不謹慎にも笑いそうになってしまった。
「ええ、なるわ。あなたを支える王妃になりましょう」
ユリウスは私を抱きしめる。
私は彼の肩越しに、ターニャ様を見た。
血の気の引いた顔をしていたが、イーライに支えられながら私に深く頷いて小さく微笑んでくれた。
「母上、この始末は恐らく全て父上が用意されているのでしょう」
ユリウスが、ターニャ様に声をかけた。
いつもの少し甘えた息子の声とは違い、固くよそよそしさがあった。
「そうです。まず急いでこの屋敷を封鎖します。私が許可を出すまでは誰も外に出さないように。そしてハムト医師を呼んでちょうだい。私が主寝室で倒れたと言えば通じるわ。それからフランシス様の侍従のリカルドを。同じように私がこの部屋で倒れたと伝えてちょうだいそこの騎士達の手当をしなくてはね、他に怪我をした人はいるの?」
「部屋の外に一人と下のは気絶させただけだ」
「よかった。じゃあ、ハムトさんが来たら一緒に診察してもらいましょう」
「カイル、連絡を頼む」
「はい」
「ハムトさんの死亡宣告をもって王の崩御とします。王妃と床を共にしている間の死去。心の臓が止まったと発表します。だけどその実は、病を苦にした自刃したことに。もしそれすら疑われるようなら愛情のもつれで私の手によってということにします。これは決定事項よ」
ターニャ様は自嘲するような、かすかな笑みを浮かべた。
王をよく知るものならありえないと思う出来事。
それでも今日は王自身がこの離宮に赴いた。
そのことから、きっと色々な憶測が飛び交うに違いない。
それでも事実は変わらない。
これは長年、用意周到に仕組まれた自殺だ。
沢山の人を傷つけてまで、王が王たる死を迎えないといけないのか、それとも次の王をたてないといけないのか。
私はそれに振り回されたユリウスとターニャ様の二人を見た。
彼らがこれから少しでも幸せになるようにと願いながら。
「ユリウスは、ユカさんの部屋に忍んで来ていたことにします。よろしいわね」
私たちはこくりと頷いた。
「階下の者達への説明は私がしますから、全員を居間に集めてもらえるかしら」
「イーライ、私はユリウスと一緒にいるから、大丈夫だからターニャ様のお手伝いをお願い出来る?」
「はい」
「ユカさん、身体は大丈夫?」
「ええ、少し休ませていただければ大丈夫です。これでも鍛えてますからね」
「あなたとユリウスは今からでも二人で休みなさい。明日の朝からはあなた達が一番忙しくなるのだから」
「わかりました」
「それからユリウス、こんなことになって…ごめんなさい」
「母上が謝ることじゃない。全て父上が仕組んだことだ。母上は何も悪くない。……でも、王ってのは、ここまでしなくてはなれないものなのかな。俺には父上のお考えがまだ理解できないのですよ」
ユリウスはターニャ様の返事を待たずに、私を抱きかかえ部屋を出た。
「ユカ様!ご無事でしたか」
私がホールに降りると、ナナが駆け寄ってきた。
私は周囲の視線を感じて黙るように命じ、私たちの後を追わせた。
部屋に戻ると改めてナナを抱きしめる。
「ナナ、ありがとう。あなたのお陰よ」
「警備兵の目を盗んで、よく誰にも見られずに俺の部屋まで来た。最初は驚いたが。俺からも礼をいう」
「よくやったわね」
「私はただ、ユカ様のために必死で…心配したんですよう」
ナナは私の胸でむせび泣いた。
一人で夜の庭を走り、城に忍び込むなんて恐かったことだろう。
「そろそろ離宮内の人達にターニャ様からのお話があるはずよ、居間に行きなさい。私のほうは大丈夫だから、イーライとターニャ様を手伝ってあげて。あと、ターニャ様とイーライ以外にはあなたが外に出たことは言わないでね。何か聞かれたら部屋に隠れてたっていいなさい。それ以上何か言われるようなら私に聞くようにとね」
ナナは泣きはらした目をこすりながら、口をへの字に結んで深く頷き、部屋を出ていった。
私たちは、まだ温かい残り湯で一緒に湯浴みをし身体を清めた。
そして裸のままベッドに潜り込む。
ただ抱き合って、お互いの肌の温もりを感じながら少しづつ昂ってい心を落ち着かせていく。
言葉は交わさず、お互いの呼吸と鼓動を聞いているうちに、少しづつ意識が遠のいてきた。




