[67] 苦い選択
ユリウスが剣を振ると王はそれを見切って難なくかわす。
そして大柄な身体が素早く懐に飛び込んだかと思うと、ユリウスの腹に拳が入った。
「なんだ、肩や足ばかり狙いおって。余を殺す気で来い。そんなことでは一兵卒程度しか殺せぬぞ」
数歩下がったユリウスは、腹を押さえ顔をしかめながらも再び剣を構える。
王はベッドから下り、拳を構えユリウスと対峙した。
部屋の中で剣を振り回すのは難しい。
それでもユリウスは突きを使って果敢に攻めた。
何度も蹴りや拳を受けながらも、次第に彼の剣先が王の腕や腹にかするようになる。
「駄目だ駄目だ、お前はこんなでかい的さえも狙えぬのか」
王は自分の心臓を上を拳で叩いてみせた。
「手加減しているんだ」
「馬鹿者っ!」
王はユリウスを叱咤する。
「手加減は格下と闘う時に使う言葉ぞ。素手の余に押されて何をほざく」
「わかった、では参る」
ユリウスの剣は風を切った。
素人目から見ても、ユリウスの動きに無駄がなく速くなった。
今まで剣先が届かないかかわされることが多く、当っても手足の端をかするばかりだった。
その剣先が、胸や腹に向けられ、王はすんでのところで後にかわすのでせいいっぱいに見える。
やがてユリウスの剣をかわしきれなくなると、傷つくのも構わず左腕で攻撃を防御していたが、一歩、また一歩と下がることになり、王はとうとう壁際に追いつめられた。
その喉元に、ユリウスの剣がつきつけられる。
「父上、降参を」
「断る。殺せ」
「父上!」
「そなたは王に剣を向けた。それはどういうことか分かるか。それは王を倒して王になることだ」
「嫌です、あなたはどんな人であれ俺の父親で王だ。このままユカから手を引き、退位していただく」
「それは聞けぬな。余を今殺さねば、そうだな、この場にいる全員の命を奪うぞ」
「なぜそんなことを言うのです。俺は王になるが父上は殺さない。退位後北山の離宮で隠蟄居していただく。決して皆に手出しはさせない」
「ふふ、ここまできてそのようなことを言うか。失望したぞ。そなたの歳以上在位していた余が、閉じ込められたくらいで力を失うと思っているのか。このまま生かしておけば必ず後悔するぞ、大事なものを全て失ってな」
「こんなこと…父上は俺がそんなに憎いのですか」
「憎い、だと?はっはっはっ、片腹痛いわ。息子よ、余の中に愛だの憎しみだのという感情はない。余は王として生きてきただけだ。王でなくなるのは余が死ぬ時と決めておる。どうだ、余が憎いか?憎いであろう?その憎しみを余に突き立てよ」
「そんな…父上はそのために、俺を憎ませるためにイリーニャとユカを、女達を傷つけてきたのですか?そこまでして俺を親殺しにしたいのですか」
「どうやら育て方を間違えたようだ。ターニャ!ターニャよ!」
ふいに王が大きな声を出した。
ターニャ王妃は震えながら一歩前に出た。
「さあ、こんな息子に育てた不始末の片をつけるのはお前だ。母として、王妃として責任をとれ。さあ今こそ誓いを果たすのだ」
私たちは驚いた。
王の言葉にターニャ様がぎこちなく動き、暖炉の上の奥に手を伸ばし、どこに隠してあったのか短刀を取りだした。
「ターニャ様!」
私の叫び声に呆然としていたカイルとイーライが動こうとしたが、ターニャ様が決死の覚悟を感じさせる声で私たちを止めた。
「近寄ったら、自害しますわ」
ターニャ様は柄を握り、刃を自分の喉に向けて一歩一歩二人に近づく。
「さあユリウスよ、もう迷う時間はないぞ。その手で余を殺すか、ターニャが余を殺すか選べ。母を止めればその隙に余はどちらかを殺す」
「ユリウス、おどきなさい。それは私がやるべきことなのです。あなたの手を汚す必要はありません」
「何をおっしゃっているのです、母上」
「いえ、もっと早く決断すべきでした。20余年前、王妃となった時にフランシス様に誓ったのです。フランシス様が王でなくなる時は私の手で終らせると。でも私にはそんなことが出来ないと察して、息子のあなたの手にかかる道を選ばれたのですね。私はそれに気付かなかったばっかりに皆を傷つけてしまったわ。この償いは全て私がします。だから私を止めないで」
「駄目だ母上」
既にユリウスのすぐ隣まで進んでいたターニャ様は、両手に握ったナイフを肩の上に振り上げた。
その横顔には、迷いも何もなかった。
王はただターニャ様を見つめ笑いながら立っていた。
そしてターニャ様の腕が王の胸に振り降ろされた瞬間、ユリウスはその手のナイフをはたき落とし、彼女を突き飛ばした。
そして手にした剣を父の、王の胸に突き立てた。
「よく…った……よい王…に…」
口から血と言葉を吐き出しながら、大きな躯が倒れた。
覇王の剣を胸に突き立てたまま。




