[66] 命令と拒否
途中まで暴力的な表現を含みます。長く続いてごめんなさい。
王は私の腿の上に股がり、満足げに私を見た。
それに羞恥を見せず、ただ目の前の双眸を睨みつける。
「お気に召しまして?」
「悪くはないが平凡だな」
「お好みでない女にこんなことをしてもつまらないでしょう」
「そう卑下するものではない。この髪とその反応は気に入っておるのだ」
肌に爪をたてられ私はうめいた。
王のいくぶんざらざらした舌が、牙が、そして言葉が私を襲う。
だがすぐに王の動きが止まった。
「まだ足りぬ、な」
王は私に動くなと命じ、扉に歩み寄ると外にいる兵に命じた。
何が起きるのか、私が怪訝に思っていると、そこに連れてこられたのはターニャ様だった。
彼女は私の姿を見て息を飲んだ。
王に駆け寄り私を許すよう懇願するが、足蹴にされ、騎士に腕をとられ私の視界に入る壁際に立たされた。
「どうしてここまでするんですかっ」
「言ったであろう、この国にあるものは全て余のものだ。それが王妃であっても、神でさえもな」
「罰が当たるわよ」
「神罰か、そんなものを恐れていては王ではいられぬ。余は国の為に戦い、殺し、裏切り、奪ってきた。それは時に理不尽で私欲を満たすためだけのものもあった。だが罰など受けたことはない。それをこんなことで神が見咎めると?はっ、神などただの信仰、国祖が作り上げたまやかしよ」
私は衝撃を受けた。
王は神は存在いないと言い放った。
国教として国民全てが信仰し、神殿が存在すると明言している神を。
それが元の世界、日本であれば正常な言葉として受け流される。
だけどこの異世界では私ですら存在を信じかけていたほど、皆が当たり前のように信じている。
だからこそ、王である彼の口から出たその言葉は異常だった。
「でもこの世界には確かに神が存在すると神官長が。その証拠に託宣もあるし、色んな神具や私が召喚されたているじゃないの」
部屋に笑い声が響いた。
心から愉快そうな、今までで聞いた中で一番壮快な笑いだった。
王は私の顔をまじまじとのぞきこみ、にいと悪魔のような笑いを浮かべた。
「そう、皆は信じておるな。だが真実は神と余しか知らぬよ」
王は再び私を組敷いた。
「さあ、ターニャよ、王の命だ。そこに立って黙って見ておれ、目を閉じることも口を開くことも動くことも許さぬ。ユカよ見てみろ。あの従順さが王妃というものだ」
ターニャ様は、今にも気を失いそうな青ざめた顔で騎士に腕をつかまれ、涙を浮かべながらこちらを見ていた。
剣はもう不要とみたのか、ベッドの下に投げ置かれた。
王はよっぽど気に入ったとみえて、片手は私の髪を掴んだまま離さない。
既に抵抗する事に、足で蹴りつけるのも疲れてきた。
奪われないと約束したけど、これ以上はもう守れそうにないよ。
このまま王の手に堕ちてしまうのは嫌だけど…。
涙が溢れ霞む視線の先で、ターニャ様を見る。
ランプの灯りに輝く金色の巻き毛。
私はそれを愛おしげに見つめながら、かすれた声で名前を叫んだ。
その時勢い良く扉が開き、三人の男達が駆け込んできた。
ターニャ様を押さえてきた騎士があわてて彼女から手を離し、剣を抜こうとするが抜ききる前に斬られ倒れた。
「何者だ」
「父上、なにをしているのです!ユカを、そこから離してください」
「ユリウスか、何故ここにいる。後宮への入り口は誰も通すなと厳命で封じておいたはず」
「お忘れですか、ユカは王妃代理ですよ」
ユリウスは、胸元から銀の鍵を取り出して見せた。
王は不思議そうにそれを見つめ、自分の後頭部をぽんぽんと叩きながら顔をくしゃりとさせて笑った。
いつもの傲慢な笑いではなく、こんな笑い方も出来る人だったんだ。
「そうか、そうだったのか。これはユカにしてやられた。散々噛み付いておったのも時間稼ぎか」
「その手を、今すぐユカから離してください」
「そういきりたつな。見ての通り、お前の花嫁の検分をしているところよ。あとは良き王妃になるよう仕上げをな。だから大人しく待っておれ」
「父上でもそれ以上の狼藉は許さない。彼女から離れろ」
「王子の分際で王に命令するかっ!」
ユリウスの叫びにかぶせるように王の怒号が響く。
「俺は父上に言っている。その汚らわしい手を離してそこからどけ」
ユリウスは手にした輝く剣を王に突きつけた。
「では王が王子に命じよう、その剣をおろせ」
「断る。さあ、ユカを解放してもらおう」
ユリウスは一歩前に詰め寄り、王は私をベッドに押し付けたまま彼を忌々しげに睨みつけた。
「ではそこの二人よ、王が命ずる。王子を取り押さえよ。どうした、王が命じておるのだぞ」
男達、カイルとイーライはその言葉に従うことはなくユリウスの後で剣を手にしたまま立っている。
王はそれを見て舌打ちした。
私の身体はベッドの枕元に強引に押しやられ、その前で王は中腰になって構えた。
「よかろう、ユリウスよ。ユカを取り戻したければ余を倒すがいい。だが父は強いぞ、お前のその鈍らな腕なら素手で充分だ」
睨み合う二人の間で火花が散った。




