[6] 王様は黒髪がお好き
「はっはっはっ、面白い娘だ。なぜ自ら言う」
王の一言で、広間の中の蜂の巣をつついたような騒ぎがぴたりと止まった。
「事実を述べたまでですわ。私は異世界の人間で、あなた方と全く異なる文明と価値観の中で育ちました。婚前交渉は未成年であれば公には認められていませんが、成人後は個人の意志に任されています。我が国の1000年以上の歴史の中で処女性が重視された時期も一時ありましたが、その短い期間を考えるときっと合理的ではなかったのですね。王妃となるとそういったことが重視されることは理解も出来ますから否定もしません。ただ私が処女でないことに異論がある方は、私ではなく私を選んだ神におっしゃってください。そしてその方が責任をもって私の世界へ送り返してください」
詭弁なのは分かってる。
だけどたかが処女じゃなかっただけで、城から放り出されたり、存在をなかったことにされても困る。
強引な内容を努めて穏やかに言い切ると、その場に重い沈黙が流れた。
もしかして、言い過ぎたかな?
「では、もし仮にそなたが元の世界に戻ったとして、再度召還をして我々が求めているような乙女はくると思うか?」
「正直、私の国の者も、大半の国でも確率的に難しいと思いますよ。私が乙女だった少女の年頃でも、現在は乙女は稀少になっているほどですから」
もちろん、地球には結婚まで処女でなければ一族の恥として父親に殺されてしまうような国もある。日本でもそれに価値を見いだす人もいるし、純粋に守る人も、機会のない人もいる。
世の中の処女の皆さんごめんなさい。
自分に都合の良い言い方をしたことに罪悪感を感じながら、私は笑顔を貼付けたまま周囲を見回した。
ユリウスが青息吐息でいまにも倒れそうな顔をしていたが、あえてスルーをし王に微笑む。
「よろしいのですか?処女でない私が王妃となっても。私、裏で色々言われて後から状況が変わるのは嫌ですわ。この問題に異論のある方は今この場で遠慮なくおっしゃってください」
「娘よ、そのあたりで許してやれ。そもそも王妃審問は茶番だ。神の選んだ花嫁に異を唱えるなら、神に異を唱えねばならぬ。わしはこの娘が王妃になることは依存ない。ユリウスよ」
「はい。父上、ここに」
「頭も良いようだし度胸もある。容姿も悪くないうえに、何よりその黒髪が良い。わしはこの娘を気に入った。この者をお前の花嫁であり将来の王妃になることを認めよう。ただし、条件はある」
「条件でございますか?」
「既に王妃教育を初めておると聞いた。それは結構。ただ、この者は処女ではないと申したので措置はとらねばならん。この者と半年の間は閨を共にしてはならぬぞ。その間に成した子は嫡子とは認められん」
「父上、それはどういう」
公の場での「閨を共に」という言葉でユリウスは真っ赤になった。
そこでもじもじしてどうする!
「私が妊娠している場合に備えて、ですね」
私が助け舟を出すと、王は深く頷いた。
「そうだ。そなたは正直な娘のようだが、その全てを信じる術を我々は持たぬ」
「ごもっともです。私でも同じ策をとりますわ」
「あっはっはっ、実に愉快だの。このような娘、息子にはもったいないわ。どうじゃ、余の後宮に入らぬか?」
王様、息子の嫁になる女を公然と口説くってどんだけですか。
皆どんびきしてるじゃないですか。
「ありがとうございます。私は王子のために遣わされたそうなので、残念ですが他の方ではご利益がなくなってしまいますわ」
「そうか、ではしかたがないな。では最後にこの場の皆に改めて問う。この審問に不服のあるものはおらぬか」
王が立ち上がり、轟くような威圧的な声が部屋に満ちた。
その声に臆したように、誰一人声をあげるものはいない。
「では、これにて審問を終える。ごくろうであった」
私は他の人々に倣い再び礼をとると、王はユリウスや侍従を伴い皆の前から退室していった。
あれから、私を遠巻きにしたまま誰も近寄ってこないので、外で待機していた侍女達と合流し部屋に戻った。
すると、ひと足先にカイルとユリウスが部屋で待っていた。
「ユカ様お疲れさまでした。大丈夫ですか?」
私のためにナナが冷えた水を持って来てくれた。
一口飲むと、実はひどく喉がかわいていたのがわかり、一気に飲み干す。
「さすがにきつかったわ。今頃になって緊張で震えてきちゃった。これ、ひとつ貸しだからね」
座るとほっとしたのか、私はがくがくと震えはじめた手で自分の肩を抱いた。
必死だった。
必死すぎて虚勢を張って吠える犬に見えなかったかな。
もしかしたらあの男は見抜いてたかもしれない。
私は、獰猛に爛と輝く眼差しを思い出し身をすくませた。
「ユカ……すまなかった。皆の前であのようなことまで言わせてしまって」
いつのまにか王子が私の足下にひざまずいて私の手を握っていた。
「あのことは別に構わないわ。事実なんだもの。だけどユリウス、あなたはどうなの?私の過去は気になる?」
「私は……」
ユリウスは言葉につまった。