[55] 採用おめでとう
命を狙われていても、太陽は昇って沈み、お腹も減るし、仕事もある。
警備は強化される中、私はここ数日、執務室の人員探しに奔走していた。
カイルが用意してくれた資料をもとに、これぞという人を選び打診する。
ようやく、昨日までに法律顧問と補佐官秘書が決まった。
法律顧問は、何人か打診を手配した所で、なんと先方から押し掛けてきた。
しかも、リストに名前のなかった人が。
ユリウスの執務室に呼ばれて出向くと、二人が苦い顔をして待っていた。
部屋には、白髪で顔中に皺を幾重にも刻みながらも、かくしゃくとした老人が座っていた。
ユリウスと学友でもあるカイルの法律学の先生で、法知識はもちろん、裁判官を長年務めた経験もあり判例にも詳しい。
ユリウスに対して不要にへつらうわけでもなく、かといって高圧的でもない、率直な物言いをする人なのが気に入って、彼にお願いすることにした。
月に一度顔を出してもらい、後は自宅で過ごしてもらい何かあれば相談に乗って欲しいと伝えると、暇だから週1で顔を出すと言ってくれた。
それを二人が必死に月1でいいと説得する。
後で聞くと、知性に優れ人柄も確かだけど、好奇心が強すぎて今まで散々な目にあってきたらしい。
今回の募集の件も、打診した元裁判官が茶飲み友達で、話を聞いて面白そうだとすっ飛んできたらしい。
私としては、王子の教師を務めるような優秀な人がついてくれて大満足だった。
補佐官秘書は、食糧庁の事務官長補佐を6年務めてきたミラーさんに決まった。
貴族ではないけど、古くから続く貿易商の四男で、流通に関する豊富な知識を武器に実績を積んだ出世頭だった。
ところが、子爵なのを鼻にかける事務官と折り合いが悪く、彼の失策の責任を被され降格。地方の開墾政策室長に転任する所だったのを、運良くカイルが知って声をかけてくれた。
面接の為に私の許を訪れたのは、黒髪で理知的な群青色の瞳の男性だった。
歳は32で背格好はカイルに似ているけど、顔立ちも性格も柔和で、常に微笑みを浮かべている。
私と同じ歳の妻と4歳の息子がいるらしい。
私が彼にこの国の穀物価格の変動や属国など関係諸国との比較、国内の食糧受給状況、そして地方の特産やその流通についてなど質問を投げかけると、数字から予測、考察まで次々に答が返って来る。
しかも私が感心したのは、彼の知識は食糧や流通関係だけでなく、産業や気象、地理など幅広い分野にも精通していた。
そして私が最後に出した問いかけの答を聞いて、彼に即決した。
彼がこの国の未来の為に望むこと、それは「全ての子どもが笑える未来」だった。
ここまでは順調だったのだけど、肝心のミラーさんの上司、私の補佐官が決まらなかった。
既に8人も面接したけど、条件にあてはまる人には出会えない。
野心がなさすぎても困るけど、自分が実権を握るのだと思われても困る。
私の補佐でありながら、かつ柱になってくれる人がいい。
知識や実務はミラーさんがいるから、かけひきがうまく、貴族社会に通じ、かつ政治的判断にたけた人。
6院の院長と渡り合ってもらうためには、やはり貴族の出、しかも爵位が高いほうがいい。
何より、信頼しあえて、私に対しきちんと厳しいことを言ってくれる人がいい。
ところが、もともと王妃候補の娘を持つ家も多く私を良く思わない貴族が多い現状から候補は絞られ、私に好意的な貴族の城で働く子弟達でこれぞという人には出会えなかった。
そんな時に、珍しくユリウスの口利きで客がやってきた。
執務室に入ってきた顔を見て、私は微笑んだ。
「お久しぶりね」
「ユカ様にはご機嫌うるわしく、相変わらず夜露のようにお美しい」
半年前に会った時には長めだった茶色の髪は短くなって後ろになでつけられ、言葉が軽いのは相変わらずだけど随分雰囲気が落ち着いていた。
「相変わらずですね、リック」
「まずは、このたびは王子とご婚約なさったそうでおめでとうございます。なにぶん田舎に籠っていましたので先日都に戻った折りにこの吉報を耳し、お祝いに馳せ参じました」
「わざわざありがとう。サント侯爵はお元気ですか?」
「御陰さまで毎朝窓から『私はまだまだ現役だ!』と叫んでいますよ。いつになったら隠居してくれるのやら、まだ不肖な息子に椅子を渡す気はないようです」
私は笑いを噛み殺しながら椅子を勧めた。
サント侯爵の長男リックは、以前夜会で悪友と私に絡んでユリウスを激怒させた。
一線を越えた悪友は厳しい処罰を受けたが、リックは心からの反省を示し、半年間領内で謹慎生活を送っていた。
「あの時は本当に申し訳ありませんでした」
「もう終ったことでしょう、いいの」
「ええ、でもやはりもう一度謝罪しておかねばと思いまして」
「ところで、今日はどんなご用件?婚約のお祝いだけじゃないでしょ」
「さすがお見通しでしたか。父の使いで来たのですが、王子にユカ様へは僕からお話するようにと命じられたんですよ」
「どんなことかしら」
「ユカ様が王妃になっては困る連中のことです」
「王妃候補の方々のことはほとんど話しはついてると思うんだけど。あと後宮に残ってるのは3人だし」
「そっちのじゃありませんよ。先日襲われたでしょ?」
「どうして知ってるの?あれは後宮の中で内密に処理されたって…」
「侯爵ともなると、城の中で起こってることはだいたい耳に入るんですよ。という父の伝言を伝えに来たのが本当の用件です」
「サント侯爵が?じゃあ刺客を差し向けた人達のことも知ってるの?」
「具体的な顔ぶれまではわからないけど、だいたいどのへんの一派ってくらいなら。やつら、父に誘いをかけたんですよ」
「侯爵に?そんなことに与する方には思えないのに」
「いやあ、嫡子の僕がユカ様のことで王子の不興を買って謹慎になったのは有名ですからね。勝手にユカ様に恨みを持っているはずと思い込んだみたいですよ。あの人も狸だから、適当に相手をして色々聞き出したらしいです。詳しくは王子に伝えてありますから」
「ねえリック、どうして私が王妃になると困るの?」
「えっ?」
「娘を王妃にしたい人達ではないのよね。ということは私が彼らの脅威だからよね。私が王妃になることで何がまずいのかしら。まさか、異世界の女が王妃なんて許せないってことじゃないわよね」
「何を言ってるんですか。ユカ様がこの部屋にいることが脅威なんじゃないですか」
「ここ?王妃の執務室が脅威?ああっ」
私は思わず叫んで立ち上がった。
「そっか、そっちが目的だったのね」
「本気で今頃気付いたんですか」
リックはため息をついた。
私は彼に指摘されるまで、以前頭をよぎった懸念をすっかり忘れていたことを恥じた。
彼らは、誰が花嫁になろうと今まで通りの王妃であれば構わなかったんだ。
印判を押し、慈愛を国民にふりまく王妃なら。
ノリノリで改革に乗り出そうとしていた私を、邪魔に思う人達がいてもおかしくない。
「つまり貴族の皆さんは、私のやることが自分達の利権なり思惑を邪魔されて困ることになるから、私を排除しようとした?」
「いや、ちょっと違いますよ。貴族のことを分かっていないユカ様を恐れた。あなたがこれからしようとしていることが読めないんですよ。貴族は変化を嫌うもの。益が見えなければ、それは害でしかない」
「貴族、かあ」
私は国のことを考える時、平民と貴族をひとつの国民としてしか見ていなかった。
身分というものに縁のない人生を過ごしてきたせいで、特に支配者階級への意識がスコンと抜けてしまう。
よくエリス夫人に、平民に気安く接するのは構わないけど、貴族には貴族の扱いをしなければいけないと言われる。
礼儀のことだとしか思っていなかったけど、それは全てに置いて、平民のことを考える時に同時に貴族のことを考えないといけないってことだったのね。
「私は貴族をないがしろにするつもりはないのよ、ただ、平民と貴族のことを同時に考えることに慣れていないの。そこは致命的よね」
「僕には、平民と貴族を同じように考えることが出来るあなたが不思議ですけどね」
「こればっかりは、努力はするけど慣れるまでに時間がかかりりそうね。ところでリックは戻ってきた後はどうするの?侯爵にる為の準備でもはじめるのかしら」
「うちの弟は素直で出来も良い、両親と僕のお気に入りでね。放蕩息子としては弟に面倒な侯爵を継いでもらって、働こうかと。でも文官は面倒そうなんですよね。そうそう、ユカ様が王妃になった時の親衛隊員募集の話を聞いたんですけど、まだ空いてます?」
「リックって剣が仕えたの?」
「嗜む程度で得意な方じゃないですね。身体を動かすのはあんまり好きじゃないし。でも、騎士には憧れていたから王子かユカ様にお願いすれば入れてもらえるかなと」
「分かったわ、働いてもらいましょう」
「本当ですか?いやあ、ほとんど、いや半分駄目もとだったんだけどね。嬉しいな。王族の親衛隊といえば制服がかっこよくて騎士よりモテるんですよ、知ってました?それにユカ様のお側でお守りできるなんて本望ですよ」
リックは、うきうきと立ち上がり、私にオーバーな感謝の礼をしてみせる。
私が机の中から雇用契約の書類を取り出しペンを渡すと、優雅な手つきでサインした。
「あなたは私の補佐官として側にいてもらうわ。親衛隊員よりずっと近くにいられるわよ」
「え、補佐官?」
「ユリウスもそのつもりであなたをここに寄越したんだと思うわ。私の背中を守るんじゃなくて右腕になってちょうだいね」
リックは若くて頼りない所もあるけど、私に欠けてるものを持っていて補ってくれる存在になるはず。
サント侯爵はユリウスと私に味方してくれていて、彼の息子なら問題ない。
カイルと比べると色々不安になってしまうけど、有能な秘書官もいることだし、これからしっかり成長してもらおう。
ただ、ナナやシュリには狼注意報は出しておかなきゃね。
「採用おめでとう。よろしくね、補佐官さん」
目の前で騙されたとぼやくリックに、私は手を差し出した。




